懸念
今朝方、スズさんが私宛の手紙を何通か届けてくれた。その中にあったお母さまからの手紙──それに目を通すと、私はなんだか暗い気持ちになってしまった。
『──ようやく藤峰家と花ノ井家主催のお食事会の日取りが決まりました。もちろん趣旨は、あなたと征之介さんの結婚が決まったことを皆様にお伝えすることです。あなた達が晴れて夫婦になる日が近づいていると思うと、私も胸が高鳴って──……』
ひと月後に決まった食事会が滞りなく済んだなら、私たちは正式な夫婦として扱われるだろう。私も雪子さんのように、きちんと気持ちを切り替えられたら良いのだけれど……。
さらに私の気持ちが沈んだ理由は、その日になればお父さまと顔を合わせなければならないことだ。
お見舞いに来てくれた日以来、お父さまとお母さまにはお会いしていない。もしも私が望めばまた会いにきてくれたであろうけれど、どうしても征之介さんから聞いたことが頭から離れなかった。
お父さまのことを尊敬する気持ちは変わらない。けれど、お父さまに私の知らない面があったことも確かなのだ。合理的で、冷徹とも捉えられかねない一面が。
そしてそれはきっと、私たち家族のため──……私やお母さまが、この不自由ない生活を送るためには仕方のないこと……。
けれどそうは思ってもとても複雑な心境で、もう少し考える時間が欲しかった。
私は卑怯にも、南さんのその後についても極力考えないようにしている。あの後、いったいあの人はどうなったのだろう──……知りたいけれど、知ってしまうことも怖い。
「……お顔色が優れませんが、ご気分がよろしくありませんか?」
食事の声かけに来てくれたスズさんが、心配そうに問う。
「ごめんなさい、考えごとをしていただけで……ありがとう、大丈夫です」
今日は、久しぶりに征之介さんと同席の夕食だ。しばらくはスズさんが部屋まで運んでくれていたけれど、いつまでもそうしてもらうわけにはいかない。
今度の食事会について、改めて征之介さんともお話ししたかった。
「お待たせいたしました」
征之介さんはすでに食事の席に着いていて、私を待ってくれていた。
初めの頃はただ張りつめていた食事の時間だけれど、今は不思議と穏やかに過ごすことができる。会話は今も多くはないけれど、征之介さんに対する恐怖心はもうほとんどない。
このところは悪夢を思い出す間もなく、征之介さんが出てくる夢もしばらくみていないからだろうか。
「──……来月のお食事会のこと、征之介さんもお聞きになりましたか?」
「はい。場所と日取りが決まったと、家から連絡を受け取りました」
「場所も決まったのですね。どちらに?」
「紫雲館だそうです」
それは、私でも聞いたことのある大きな建物だった。洋食と立派な広間が有名で、国内外の人々を集めてよく舞踏会が催されているところだ。
私は料亭などで開かれるこぢんまりとした席を想像していたので、その名前に萎縮してしまう。
「紫雲館……征之介さんは利用されたことがありますか?」
「父が舞踏会を主催した際には、付き合いで顔を出しております」
さすがは藤峰家で、紫雲館は慣れた場所のようだ。あの豪奢なつくりの建物は、たしかに治嗣さまによく似合う。
征嗣さまも征之介さんも洋装を着こなしているし、西洋の踊りもきっとお上手なのだろう。
「あの……お食事会の、詳しい内容もお聞きされていますか?」
「いえ、自分は場所と日取りしか聞いておりませんが」
もしかしたら……と、私の胸の中に一抹の不安が生まれた。
治嗣さまは、舞踏会を度々主催するくらい西洋趣味の方だ。食事会が西洋風の舞踏会形式であってもおかしくはない。西洋では正式な場であっても、立食をしながら踊りを踊るのだと聞いたことがある。
「……いかがされましたか?」
「い、いえ……! なんでもありません」
私は今まで舞踏会というものに出たことがなく、西洋の踊りを踊ったことがない。日本舞踊なら少しはできるけれど、ダンスというものはちっともわからないのだ。
そもそも洋食すら近頃ようやく慣れてきたところで、洋装はいまだ着慣れていない。
お食事会は、藤峰家と花ノ井家の婚約を大々的に発表する場だ。私がみっともない洋装姿や、おぼつかない踊りを披露したら──征之介さんをはじめ、みんなに恥をかかせることになってしまう。
もしも本当に西洋式のお食事会に決まったなら、お母さまが連絡をくださるはずだ。私が踊れないことをご存知だから、急いで踊りを習うように言われるかもしれない。
けれどもうひと月しか時間がないし、私は運動が苦手なのだ。お稽古をするなら、早いに越したことはない──……。
「……無理はなさらないでください」
「えっ?」
「まだ心身ともに本調子ではないでしょうから、無理して同席する必要はありません。今までのように自室で食事をとっていただいて構いませんよ」
私が先日の事件について考え込んでいるのだと思ったようで、征之介さんはそんなことを言った。
少し前までであれば、私は喜んでその提案を受けていたと思う。けれどなぜか、今はそうは思えない。
「いえあの──……私は征之介さんと一緒にいただきたいです。こうしてお話しできることが、とても嬉しいので」
しばらく一人で食事をとっていたからだろか。交わす言葉は少なくても、誰かと食べる食事の方が美味しいと感じる。
「あっ、もちろんその……征之介さんのご迷惑でなければ、ですが──……」
「迷惑では…………ありません」
征之介さんの言葉にほっと胸をなでおろす。あんなことがあったから私に気を遣ってくれているのかもしれないけれど、そうであるならば尚のこと、征之介さんのために食事会で粗相のないようにしなければ──……。
私は頭の中に浮かんだ考えを、一つ実行に移してみようと思った。




