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悪役令嬢の凶器はドス黒いパイプ椅子です ~目指すは最強の悪役、あらゆる理不尽はこのパイプ椅子でぶっ飛ばしますわ~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第10部】東の島国・トヨノクニ開国(物理)編 ~悪役令嬢、黒船になる。鎖国? ならば「開国(物理)」して、美味しいお米と温泉をいただきますわ~
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第078話 絆の朝

 沈黙が落ちた。


 ミリアは、袖で目元を拭っていた。


 何度も、何度も。


 彼女はまっすぐにわたしを見ていた。


 憐れみではない。


 共感と、深い敬愛の眼差しで。


「……そう、だったのですね。レヴィーネ様が時折見せる、どこか遠くを見るような寂しい目。そして、誰もが諦めるような運命に、あんなにも激しく立ち向かう理由が……」


 彼女の中で、これまでのわたしの行動の点と線が繋がっていくのがわかった。


 なぜ、あれほどまでに健康にこだわるのか。


 なぜ、飢えという理不尽を許さないのか。


 その根源にあるのが、英雄的な正義感などではなく、個人的で切実な「痛み」の記憶だったことに、彼女は深く納得したようだった。


 わたしが話し終えると、隣にいたアリスも小さく手を挙げた。


「……私にも、あるんだ」


 アリスは膝を抱え、焚き火を見つめながら寂しげに笑った。


「私にも前世があるの。レヴィちゃんと同じ、『ニホン』っていう国で生まれて、育って……死んだ記憶が」


「アリスさんも……」


「時代はね、全然違うと思う。でもね、やっぱり似ているんだ、この国は。私たちの遠い遠い、故郷の空気に。お米の匂いも、人の優しさも。……だから、放っておけないんだよ。この国が『悲劇』で終わるなんて、絶対に見たくない」


 アリスの言葉に、わたしも頷いた。


 そうだ。


 ここは異世界だ。


 けれど、わたしたちの魂のルーツと共鳴する場所。


 味噌の香り、醤油の味、そして白米の湯気。


 それらは単なる食料ではなく、わたしたちがかつて失った「日常」の象徴なのだ。


「ミリア。わたしがこの国にこだわる理由。……それは、ここがわたしの『魂のふるさと』だからなの」


 やがて、ミリアはゆっくりと立ち上がり、わたしの正面に座り直した。


 そして、深々と頭を下げた。


「……ありがとうございます、レヴィーネ様。話してくださって」


 顔を上げたミリアの瞳は、涙で濡れていたが、そこには揺るぎない決意の炎が燃えていた。


「私、やっと腑に落ちました。貴女様の強さの根源も、優しさの意味も。……そして、私がなすべきことも」


 ミリアは、持っていた皿を恭しく差し出した。


 湯気を立てる、二つの塩むすび。


 具も海苔もない。


 ただ、ミリアが魂を込めて開発し、アリスが命を吹き込み、わたしが汗を流して育てた、結晶。


「どうぞ。……これが、レヴィーネ様の魂が求めていた味になっているか、確かめてください」


 わたしはおにぎりを受け取った。


 熱い。


 炊きたての熱が、指先から伝わってくる。


 震える手で、それを口元へ運ぶ。


 あの日の母の手の温もりが、重なる気がした。


「……いただきます」


 ガブリ。


 一口、大きく頬張る。


 瞬間。


 口の中に、優しい宇宙が広がった。


 噛み締めた瞬間に弾ける、お米の甘みと粘り。


 一粒一粒が立ち、口の中で踊るようだ。


 喉を通る瞬間の、確かな質量。


 胃袋に落ちた瞬間に広がる、熱い活力。


 拒絶はない。


 吐き気もない。


 ただ、全身の細胞が歓喜している。


 失っていたパズルのピースが、カチリとハマる音がした。


(……ああ。これだ)


 わたしの目から、自然と涙がこぼれ落ちた。


 悔し涙でも、怒りの涙でもない。


 ただ、満たされたことへの感謝の涙。


「食べられる」ということが、こんなにも幸せなことだったなんて。


 お母さん。


 わたし、今、食べてるよ。


 美味しいよ。


 すごく、美味しいよ。


 あの時残してしまったおにぎりの味、やっとわかった気がするよ。


「……本当に美味しいわ。ミリア」


 涙が止まらなかった。


 前世の母に、「美味しかったよ」と伝えられなかった後悔が、今、この味を通じて浄化されていく気がした。


 あの時食べられなかったおにぎりを、今、別の形で受け取り、命に変えることができた。


「レ、レヴィーネ様……」


 ミリアがもらい泣きをして、鼻をすする。


 アリスも目を潤ませて、自分のおにぎりを齧っている。


「……このお米に、名前をつけましょう」


 わたしは涙を拭い、食べかけのおにぎりを愛おしそうに見つめて微笑んだ。


「トヨノクニの飢えを満たし、新しい活力となる、このお米に。……名を残す価値があるわ」


 すると、ミリアが真剣な眼差しで、おずおずと提案した。


「……それなら……『タカニシキ』はどうでしょう?」


「え?」


「先ほど教えていただいた、レヴィーネ様の前世のお名前……『タカノ(鷹乃)』様。……その魂の記憶を、このお米にいただけないでしょうか?」


 ミリアは、わたしの目を真っ直ぐに見つめた。


「空を舞う鷹のように高く飛び、故郷に錦を飾る。……そして、過去の悲しみを乗り越えて、未来を生きる糧にする。そんな願いを込めて」


 タカニシキ。


 わたしの過去(タカノ)と、未来(ニシキ)を繋ぐ名前。


 前世のわたしへの鎮魂歌であり、今世のわたしへの応援歌。


 これ以上ない名前だ。


「……フフッ。最高ね。採用よ」


 わたしは心からの笑顔で頷いた。


 三人の心が、本当の意味で一つになった夜だった。


 わたしは、タカニシキのおにぎりをもう一口頬張った。


 塩気が、涙の味と混ざって、しょっぱくて、最高に甘かった。


 そして、その光景を。


 村はずれの巨木の梢から、静かに見つめる影があった。


 カエデだ。


 彼女は、荒れ果てた村が黄金色に染まる奇跡と、異国の令嬢が見せた涙を、その目に焼き付けていた。


 それは、ただの異邦人の気まぐれではない。


 この国の根幹に関わる、巨大な情熱の奔流だと、忍びの勘が告げていた。


「……なんと。……鬼神の如き強さと、菩薩の如き慈悲。……これは、ただ事ではない」


 カエデは懐から一羽の小さな鳥を取り出した。


 伝書鳩ならぬ、忍鳥だ。


 彼女は震える手で文をしたため、鳥の足に結びつけた。


『主君、急がれたし。……この国を変える風が、今まさに吹き始めました』


 カエデが手を放すと、鳥は一直線に、夜空へと舞い上がった。


 目指すは中央、オワリの方角。


 この一通の文が、眠れる獅子を呼び覚ますことになる。



 ◆◆◆



 翌朝。


 村は、久しぶりの明るい朝を迎えていた。


 昨夜の収穫祭の熱気は冷めやらず、村人たちは早朝から生き生きと動いている。


 黄金色の稲穂が風に揺れ、あちこちから朝食の炊き出し(おじやと塩むすび)の良い匂いが漂っている。


 子供たちの頬には赤みが戻り、老人たちの目には確かな光が宿っていた。


「レヴィーネ様、本当に行ってしまわれるのですか……?」


 村の入り口で、村長が名残惜しそうに頭を下げる。


 わたしたちは荷造りを終え、出発の準備を整えていた。


 カエデも身支度を整え、わたしの横に控えている。


「ええ。ここはもう大丈夫よ」


 わたしは、たわわに実った田んぼを見渡した。


『タカニシキ』は強い。


 妖刀の呪いすら栄養に変え、痩せた土地でもたくましく育つ生命力を持っている。


 種籾さえ残せば、この村はもう飢えることはない。


「このお米を育て、増やしなさい。そして、周りの村にも分けてあげるのよ。……それが、あなたたちの戦いよ」


「は、はいッ! 必ずや……! このご恩は、孫子の代まで語り継ぎます! このお米は、村の宝として守り抜きます!」


 村人たちが涙ながらに手を振る。


 わたしは鉄扇を軽く振り、背を向けた。


 別れは湿っぽくなくていい。


 次の目的地があるのだから。


 それに、あまり長く留まると、情が移りすぎて「定住」したくなってしまう。


 それはまだ、早い。

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