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悪役令嬢の凶器はドス黒いパイプ椅子です ~目指すは最強の悪役、あらゆる理不尽はこのパイプ椅子でぶっ飛ばしますわ~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第10部】東の島国・トヨノクニ開国(物理)編 ~悪役令嬢、黒船になる。鎖国? ならば「開国(物理)」して、美味しいお米と温泉をいただきますわ~
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第079話 天下人

 その時だった。


 ズズズズズズズ……ッ。


 微かな振動が、靴底を通して伝わってきた。


 最初は気のせいかと思ったが、次第にそれは明確な「音」となり、大地を揺るがし始めた。


 ドドドドドドドッ……!!


 地響きのような音が、街道の向こうから急速に近づいてくる。


「な、なんだ!? 山賊か!?」


 リョウマが懐の短銃に手をかけ、目を鋭くする。


 アリスも杖を構え、ミリアはフライパンを握りしめる。


 だが、カエデだけは違った。


 彼女は音のする方角を見据え、小さく、しかし誇らしげに呟いた。


「……来たか」


「カエデ、知っているの?」


「はっ。……あれこそが、我が主君の軍勢にございます」


 土煙を上げて現れたのは、派手な装飾を施した騎馬武者の一団だった。


 その数、およそ五十騎。


 彼らは全員、戦国絵巻から飛び出してきたような武者姿だが、その装備は一風変わっていた。


 南蛮渡来のマントを羽織る者、虎の皮を鞍に敷く者、長槍に派手な旗を掲げる者。


 ただの軍勢ではない。


「傾奇者(かぶきもの)」たちの集団だ。


 彼らは猛スピードで村に突っ込んでくると、わたしたちの目の前でピタリと馬を止めた。


 一糸乱れぬ停止。


 見事な馬術だ。


 そして、その先頭に立つ男が、馬から飛び降りた。


「……ほう。ここか」


 男は、異様な出で立ちをしていた。


 深紅の南蛮ビロードのマントを羽織り、髪は髷を結わずに茶筅のように縛り上げている。


 腰には身の丈ほどもある長大な太刀と、大きな瓢箪をぶら下げている。


 鋭い眼光。


 野獣のような覇気。


 そして何より、その口元に浮かべた不敵で傲岸不遜な笑み。


「カエデの忍鳥が知らせてきた時は、狐に化かされたかと思うたが……。貧村が黄金郷に変わったというのは、まことか」


 男はカエデに視線を向けることもなく、ズカズカと田んぼに近づいた。


 そして、実ったばかりの稲穂を一本、乱暴に引き抜いた。


 籾殻のついたままの生米を、ガリリと齧る。


「……!」


 男の目がカッと見開かれ、そしてニカッと笑った。


「美味い! 生でもわかる、この力強い甘み! 噛むたびに力が湧いてくる……! 妖刀の呪いを跳ね返すほどの生命力ぞ!」


 彼は満足げに頷くと、くるりと振り返り、ビシッとわたしを指差した。


「そこの女! 貴様がやったのか?」


 初対面のレディに対して、あまりに失礼な物言い。


 だが、不思議と不快感はない。


 その態度があまりに堂々としていて、裏表がなく、むしろ清々しいほどだ。


「……ええ。正確にはわたしの仲間が、ね。……で、あなたは?」


「余はオワリの領主、オダ・ノブナガ! ……世間では『うつけ者』などと呼ばれておるがな!」


 ノブナガ。


 その名を聞いた瞬間、わたしとアリスは顔を見合わせた。


 間違いない。


 歴史上の英雄の名を冠する、この国のキーパーソンだ。


「悪役か! ぶはははは! 気に入った! 正義面した腰抜け侍より、悪党の方が話が早い!」


 わたしが名乗ると、ノブナガは腹を抱えて豪快に笑った。


 彼は笑い収めると、懐から一通の書状を取り出し、手裏剣のように投げてきた。


「……これは?」


「招待状だ。レヴィーネよ。余が開催する『天下一大相撲大会』に出ろ」


「……は? 相撲?」


 あまりに唐突な提案に、わたしは目を点にした。


「うむ。余は無類の相撲好きでな。強い奴を見るのが大好きなのじゃ。……だが、最近の力士はどいつもこいつも覇気がなくてつまらん。妖刀に精気を抜かれ、死んだ魚のような目をしておる」


 ノブナガはわたしの体をジロジロと、武人が名刀を鑑定するような目で見つめた。


「だが、貴様は違う。……その細腕に秘めた、とんでもない『暴力』の匂い。プンプンするぞ。お前なら、この国の死にかけた魂を叩き起こせるかもしれん」


 なるほど。


 彼はただ遊んでいるわけではない。


 この閉塞した状況を打破するための「起爆剤」を探しているのだ。


「あら、淑女に向かって暴力だなんて。……エレガントと言っていただきたいわね」


「カカッ! 減らず口も一級品だ! ……どうだ、その剛力で優勝してみせれば、褒美をやろう」


 ノブナガは、わたしの背後の田んぼを指差し、そしてニヤリと笑った。


「余の領地で取れた、極上の米一俵。……さらに、極上の味噌と醤油もつけてやろう」


 ピクッ。


 わたしの耳が動いた。


 米一俵。


 この飢饉の時代、それはダイヤモンドの山よりも価値がある。


 しかも、味噌と醤油まで?


「……極上、と言いましたわね?」


「ああ。余の舌に狂いはない。オワリの水と土が育んだ最高傑作だ。貴様の作ったこの米にも負けん自信があるぞ」


 わたしの目が、ベルマークならぬ米マークになった。


 それに何より、この男――ノブナガ。


 ただのうつけ者ではない。


 常識に囚われず、面白いことには貪欲に飛びつく。


 そして、民のためなら泥をかぶることも厭わない。


 彼となら、この国の腐ったシナリオを書き換える共犯者になれるかもしれない。


「……なるほど。乗ったわ」


 わたしは立ち上がり、鉄扇を開いた。


 パァン! と小気味よい音が響く。


「その大会、優勝いただきよ! ……うちの『タカニシキ』と、どっちが美味しいか勝負ね!」


「タカニシキか。良い名だ! ……待っておるぞ、南蛮の黒鬼!」


 ノブナガは高笑いを残し、馬上の人となった。


 そして、嵐のように去っていった。


「行くわよ、みんな! オワリへ! 米一俵は、誰にも渡さないわ!」


 こうして、最強の悪役令嬢は、食欲と野望を原動力に、新たな戦い(相撲)へと挑むことになった。



 ◆◆◆



 オワリ領への道中、わたしたちは国境を越えた瞬間に、空気の変化を感じ取った。


 それまでの荒れ果てた街道とは違い、オワリの領内は比較的整備され、道ゆく人々の顔にもわずかながら生気があった。


 オワリの中心都市、ナゴヤの城下町に到着したわたしたちを迎えたのは、独特の香りだった。


 煮込まれた豆の香り。


 濃厚で、少し渋みのある、力強い香り。


「こ、これは……味噌の香り!? それも、色の濃い……!」


 ミリアが鼻をひくつかせ、興奮する。


「赤味噌ね。……前世の記憶にある、あのパンチの効いた味だわ」


 早速、相撲大会への準備を始めることにした。


 まずは衣装だ。


 宿の女将が用意してくれた美しい絹の着物に袖を通し、気分が良くなったわたしは、シミュレーションとして軽く四股を踏んでみることにした。


「どすこい、ですわ!」


 ビリッ。


 不吉な音がした。


 ビリビリビリビリィッ!!!


 盛大な裂帛の音が響き渡った。


 太もも部分の布が弾け飛び、背中の縫い目が筋肉の膨張に耐えきれずに爆散する。


「き、絹が……最高級の絹が、筋肉の圧力(物理)に負けました……」


 ミリアが呆然とする。


「……この国の布は、少し軟弱ね」


 気を取り直して、特製ウェア(和風アレンジのスパッツ&法被スタイル)に着替えたわたしは、リョウマの案内で、街の相撲部屋――「道場破り」ならぬ「体験入門」へと向かった。


 道場の中には、巨漢の男たちが汗を流しながらぶつかり合っていた。


「おお、リョウマか。……なんだ、その嬢ちゃんたちは?」


「いいえ。……相撲大会の参加者よ」


 わたしが一歩前に出ると、力士たちが一斉にドッと笑った。


「ぶははは! 女が相撲だと? 嬢ちゃん、怪我しないうちに帰りな」


「……笑止ね」


 わたしは冷ややかに笑い、土俵の縁に立った。


「口より先に、体が動くのが力士でしょう? ……誰でもいいわ。少しかかってらっしゃい」


「へっ、ナメられたもんだな。……おい、テッポウ山。軽く相手してやれ」


 身長二メートル、体重は百五十キロはあるだろう岩のような巨体――テッポウ山が、ドスドスと足音を立てて突進してくる。


(……遅い)


 わたしは一歩も動かず、彼を待ち受けた。


 ドォォォンッ!!!


 激突音が響く。


 しかし、吹き飛んだのはわたしではない。


 わたしの体にぶつかったテッポウ山が、見えない壁に激突したかのように静止していた。


「な、なんだ!? びくともしねえ!?」


 わたしはニッコリと笑い、テッポウ山のまわしを片手で掴んだ。


 ブンッ!


 わたしは腕一本の力だけで、百五十キロの巨体を軽々と持ち上げ、そのまま背負い投げの要領で土俵の外へと放り投げる。


 ドッゴォォォォンッ!! バッシャァアァァンッ!!


 テッポウ山が道場の壁を突き破り、中庭の池へと着水する音が聞こえた。


「……ルールは確か、『足の裏以外が地面につく』か『土俵の外に出る』と負け、でしたわよね?」


 わたしはパンパンと手を払い、凍りついている力士たちを見回した。


「シンプルでいいルールだわ。……さあ、次は誰?」


 その日、オワリの相撲界に激震が走った。


 美しき怪物、レヴィーネ・ヴィータヴェン。


 彼女の噂は、風よりも速く城下町へと広がっていった。

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