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悪役令嬢の凶器はドス黒いパイプ椅子です ~目指すは最強の悪役、あらゆる理不尽はこのパイプ椅子でぶっ飛ばしますわ~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第10部】東の島国・トヨノクニ開国(物理)編 ~悪役令嬢、黒船になる。鎖国? ならば「開国(物理)」して、美味しいお米と温泉をいただきますわ~
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第075話 呪われた土地

 カエデの案内で山を越えた先にあったのは、地図には「豊かな穀倉地帯」と記されているはずの場所だった。


 だが、現実は残酷だった。


 峠から見下ろしたその村は、まるで巨大な何かに精気を吸い尽くされた抜け殻のように、灰色に沈んでいた。


 水田は干上がり、亀の甲羅のように無惨にひび割れている。


 あぜ道には枯れた雑草だけが茂り、風が吹くたびに乾いた土埃が舞い上がる。


 家々の屋根は落ち、壁は崩れかけている。


 そして何より、音がなかった。


 人の話し声も、家畜の鳴き声も、生活の音が一切しない。


 ただ、乾燥した風がヒューと吹き抜ける音だけが、耳障りに響いている。


 死の静寂だ。


「……ひどい。ここ、人が住んでいるの?」


 アリスが不安そうに声を震わせる。


「生き物の気配が……薄すぎます」


 ミリアもリュックのベルトを握りしめ、表情を曇らせる。


 わたしたちが村の広場に入ると、ようやく人の姿が見えた。


 だが、それは「生きている」というよりは、「死んでいないだけ」の存在だった。


 骨と皮だけになった老人たちが、軒先で虚ろな目を空に向けて座り込んでいる。


 彼らの体は枯れ木のように細く、呼吸をしているのかどうかも怪しい。


 泥と垢にまみれた子供たちが、動かなくなった母親らしき女性の側で、力なく座り込んでいる。


 彼らの目は、わたしたちを見ても反応しない。


 希望も絶望も通り越した、感情のない「無」の瞳。


 今日を生き延びることすら諦め、ただ終わりの時を待つだけの目だ。


 その中の一人、まだ五歳にも満たないであろう幼い少女が、地面を這うようにして井戸の方へ近づいていた。


 しかし、井戸のつるべは壊れ、中を覗いても枯れ果てているのは明らかだ。


 少女は諦めず、その横にある、雨水が溜まった水桶に手を伸ばした。


 中には、ボウフラが湧き、藻が浮いた濁った泥水がわずかに残っているだけだ。


 少女は震える手でその泥水を掬い、乾いた唇に運ぼうとしている。


「……っ!」


 わたしの心臓が、早鐘を打った。


 脳裏に、鮮烈なフラッシュバックが走る。


 真っ白な病室。


 無機質な天井。


 喉が渇いても、水を飲むことさえ許されなかった日々。


 点滴の管に繋がれ、ただ「生かされている」だけの時間。


『お水……飲みたい……』


『だめよ鷹乃ちゃん、誤嚥しちゃうから……唇を湿らせるだけにしましょうね』


 看護師さんの優しくも残酷な言葉。


 渇き。


 圧倒的な渇き。


 生きるために必要なものを取り込めない、根源的な恐怖と無力感。


 胸が締め付けられる。


 この子は、戦ってすらいない。


 戦うためのリングに上がる前に、大人の都合で、国の都合で、理不尽に命を削られている。


 こんなことが、許されていいはずがない。


 わたしは馬から飛び降りた。


 ドレスの裾が汚れるのも構わず、疾風のように駆け寄って少女の腕を掴む。


「ダメよ! そんなものを飲んだら体を壊すわ!」


 少女はビクリと震え、怯えた目でわたしを見上げた。


 その瞳には、光がない。


 ただ、飢えと渇きへの本能的な恐怖だけがある。


「……みず……のみたい……」


 カサカサの声。


 枯れ枝のような腕。


 その感触が、わたしの記憶を鋭利な刃物のようにえぐる。


「ミリア! 清潔な水と、おじやを! 今すぐ!」


 わたしの悲痛な叫びに、ミリアは即座に反応した。


 彼女もまた、サン・ルーチャでの経験から、飢餓状態の子供への対応を心得ている。


「はいッ! 直ちに!」


 ミリアが巨大リュックを下ろし、手早く水筒と、保存していた温かい流動食を取り出す。


 アリスが駆け寄り、少女の背中をさすりながら、優しく治癒魔法をかける。


「大丈夫だよ。……ゆっくり飲んで。もう怖くないから」


 アリスの聖なる光が、少女の痩せた体を包み込む。


「……ああ……」


 少女の喉が鳴り、命の水が染み渡っていく。


 瞳に、わずかに生気が戻る。


 それを見ていた周囲の村人たちも、のろのろと顔を上げ、信じられないものを見る目でこちらを見つめ始めた。


 その時だった。


 ドカドカと、静寂を切り裂く乱暴な足音が近づいてきた。


「おいコラ! 何をサボっている! 年貢の米はまだか!」


 村の奥から現れたのは、立派な着物を着た代官の手下たちだった。


 この飢饉の中で、彼らだけが不自然なほど丸々と太り、肌は脂ぎっている。


 手には革鞭を持ち、腰には立派な刀を差している。


 その後ろには、村長らしき老人が土下座をして泣いていた。


「お、お代官様……ご慈悲を……。もう、種籾(たねもみ)しか残っておりませぬ……。これ以上持っていかれたら、来年は種を撒くことすらできず、村は全滅してしまいます……」


 老人の額が割れ、血が流れている。


 何度も地面に頭を擦り付けたのだろう。


「知ったことか! 将軍様の命令だ! 武力と食糧はすべて献上せよとな!」


 手下のリーダー格の大男が、老人の頭を足蹴にする。


 その足には、新しい革の草履が履かれている。


 裸足の子供たちの前で。


「米がないなら金を出せ! 金がないなら……そうだな、そこのガキを連れて行け!」


 男が指差したのは、水を飲んで少し落ち着いたばかりの、あの少女だった。


「人買いに売れば、多少の金にはなるだろう。……ほら、よこせ!」


 男がズカズカと歩み寄り、少女の髪を乱暴に掴もうとする。


 少女は悲鳴を上げる気力もなく、されるがままになっている。


 アリスが守ろうと立ちはだかるが、男はアリスをも突き飛ばそうとした。


 ビキビキッ。


 わたしのこめかみに青筋が浮かぶ。


 この国に来てからというもの不快なことばかりだ。


 だが、その中でもずば抜けて許しがたい。


 生きることは、尊い。


 食べることは、生きることそのものだ。


 それを奪う? 子供を売る? 種籾という未来さえ奪い取る?


 それは政治じゃない。


 統治でもない。


 ただの「殺戮」だ。


 しかも、自分たちは安全圏で腹を膨らませながら行う、最も卑劣な殺戮。


 わたしは知っている。


 食べたくても食べられなかった苦しみを。


 生きたくても生きられなかった無念を。


 その願いを踏みにじる奴は――誰であろうと、絶対に許さない。


「……離しなさい」


 わたしの声は、絶対零度のように冷たく、そして地獄の底から響くように重かった。


 周囲の空気が、ピリリと凍りつく。


 カエデが息を呑み、リョウマが「おっと」と言って一歩下がる。


「あぁ? なんだ貴様は。……部外者はすっこんでろ! 怪我するぞ!」


 男が鬱陶しそうに、持っていた鞭をわたしに向けて振り上げた。


 威嚇ではない。


 本気で顔を打つつもりだ。


 ヒュンッ!


 鞭が風を切る。


 だが、わたしの肌に触れることはなかった。


 パシィッ。


 乾いた音が響く。


 わたしは振り下ろされた鞭の先端を、素手で掴み取った。


 ピクリとも動かない。


 男が慌てて引こうとするが、万力で固定されたように微動だにしない。


「な、なんだこの女!? 離せ! 力が……!」


「離せと言ったり、よこせと言ったり……忙しい男ね」


 わたしは鞭を掴んだまま、一歩、踏み込んだ。


 ドォン、と地面が揺れる。


 わたしの内側から、制御しきれない魔力と怒りが噴出する。


 ドレスの下で、筋肉が怒張し、血管が浮き上がる。


「お米の国の危機ですって? 種籾まで奪い、あまつさえ子供を売ろうとする? ……許せないわね」


 わたしの背後に、ゆらりとドス黒いオーラが立ち上る。


 それは物理的な圧力(プレッシャー)となって、男たちを押し潰す。


「ひ、ひぃッ!? なんだこの殺気は!?」


「ば、化け物……!」


 男たちが後ずさる。


 本能が告げているのだ。


 目の前の「これ」は、決して触れてはいけないタブーだと。


 生物としての格が違う。


 捕食者と被食者の関係だ。


「いいえ、化け物じゃないわ。……地獄からの『監査官』よ」


 わたしは鞭を強く引いた。


 男の体がバランスを崩し、こちらへ飛んでくる。


 無防備になったその顔面めがけて、わたしは鉄扇を持っていない左手の拳を――正確に、慈悲深く、全力で叩き込んだ。


「ご退場願いますわッ!!」


 ドゴォォォォォンッ!!!


 人体を殴った音ではない。


 岩盤を砕いたような音が響いた。


 顔面が陥没する感触。


 鼻骨が砕け、歯が飛び散る。


 男は悲鳴を上げる間もなく、人間砲弾となって後方の仲間たちを巻き込みながら吹き飛んだ。


 まるでボウリングのピンのように手下たちが弾け飛び、民家の壁を三枚ほど突き破り、遥か彼方の林の中へと消えていく。


「あ、兄貴ぃッ!?」


「て、てめぇ! 公儀に逆らう気か! 殺せ!」


 残った手下たちが刀を抜く。


 錆びついたなまくら刀。


 手入れもされていない、魂のない鉄屑。


 わたしはニヤリと笑い、鉄扇を広げた。


「逆らう? いいえ、これは『害虫駆除』よ。……衛生環境を整えるのも、淑女の嗜みですもの」


 そこからは、一方的な暴力の時間だった。


 斬りかかってくる刀を鉄扇でへし折り、蹴りで内臓を揺らし、ビンタで回転させる。


 身体強化を使ったわたしにとって、彼らの動きは止まって見える。


 ものの数分で、代官の手下たちは全員、地面に埋まるか、空の星になった。


 土煙の中、わたしは鉄扇を一振りして埃を払った。


 村長たちが、腰を抜かして震えている。


「お、おしまいじゃ……。お代官様に手を上げては、もうこの村は……」


「……終わり? 何を言っているの」


 わたしは村の中央に立ち、痩せ細った村人たちを見回した。


「あなたたち、諦めるにはまだ早いわよ。……腹が減っているなら、飯を食えばいい。米がないなら、作ればいい」


「む、無理じゃ……。この土地はもう死んでおる……」


 ミリアが『賢者アスケンの眼鏡』で土壌を分析し、悲痛な声を上げる。


「レヴィーネ様……この土地、呪われています。地脈から生気が吸い上げられ、普通の作物では育ちません。回復には数年はかかります……!」


 絶望的な事実。


 だが、わたしは不敵に笑った。

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