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悪役令嬢の凶器はドス黒いパイプ椅子です ~目指すは最強の悪役、あらゆる理不尽はこのパイプ椅子でぶっ飛ばしますわ~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第10部】東の島国・トヨノクニ開国(物理)編 ~悪役令嬢、黒船になる。鎖国? ならば「開国(物理)」して、美味しいお米と温泉をいただきますわ~
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第073話 賄賂とデコピン

 カツン、とヒールの音が響く。


「お役人様。わたくしたちは争いを望んでおりませんの」


 わたしは淑女の笑みを浮かべ、優雅に一歩近づいた。


「ただ、船旅で疲れましたので……少しの間、ここを休息の地としてお借りしたいだけですわ」


「黙れ! 神州の土は、穢れた金などで買えるものではない!」


 奉行はズカズカと歩み寄り、わたしの胸ぐらを掴もうと、汚れた手を伸ばしてきた。


「その薄汚い口を閉じろ! この南蛮のアマが!」


 ピキッ。


 わたしのこめかみに青筋が浮かぶ。


 薄汚い? アマ? レディに対してその口の利き方は、万死に値する。


「……汚いのは、あなたのその手よ」


 わたしは奉行の手が届くより速く、彼の鼻先へと中指を親指で弾く構えを取った。


「空の旅へご招待してあげるわ。……頭を冷やしてらっしゃい」


「――デコピンッ!!」


 バチンッ!!!


 乾いた破裂音が、港に響き渡った。


 奉行の体は、まるでゴムボールのように軽々と宙に舞い、物理法則を無視した弾道を描いて空の彼方へ消えていった。


 シーン……。


 侍たちが、口をポカンと開けて空を見上げている。


「……さて。他に、空を飛びたい方は?」


「ひ、ひぃぃぃぃッ!?」


 侍たちが悲鳴を上げて武器を取り落とす。


 戦意喪失。


 当然の結果だ。


「ふふっ、ご理解いただけて嬉しいわ。……ミリア、仕事よ」


「はいッ!」


 ミリアが巨大リュックから革袋を取り出し、中身を無造作に地面へぶちまけた。


 チャリン、チャリーン!


 太陽の光を反射して輝く、黄金の山。


 カジノやダンジョンで回収した金貨や宝石だ。


「あ、あれは……金!? 小判じゃねえ……全部、純金か!?」


 この国は鎖国中で経済的に困窮している。


 そこへ、一生かかっても拝めないような大金が転がってきたのだ。


「これらは『入港税』および『施設修繕費』、そして皆様への『心付け』ですわ。……わたくしたちは、この一角を当面の間、拠点として使用させていただきます。文句のある方は?」


 侍たちは顔を見合わせ、一斉に武器を捨てて平伏した。


「あ、ありません!」「どうぞお使いください!」「奉行様? はて、そんな人いましたっけ?」


 現金なものだ。


 恐怖と利益。


 この二つを同時に与えれば、大抵の交渉は成立する。


 港の一角が、あっという間にわたしたちの「領土」と化した。


 パチ、パチ、パチ……。


 乾いた拍手の音が、瓦礫の陰から聞こえてきた。


「……こりゃあ痛快じゃき! 役人をあそこまで綺麗に飛ばすとは、黒船の大砲より凄まじいぜよ!」


 崩れた倉庫の屋根の上に、ボサボサの黒髪を後ろで束ね、着流しに革のブーツという奇妙な出で立ちの男が座っていた。


 腰には刀ではなく、南蛮渡来の短銃が一丁。


「怪しいもんじゃあないきに。……わしはリョウマ。この港で、しがない海運業を営んじゅうもんじゃ」


「……用は?」


「おんしたち、この先どうするつもりじゃ?」


「どうするも何も、観光よ。美味しいご飯を食べて、温泉に入るの」


 リョウマは目を丸くし、腹を抱えて笑い出した。


「観光!? ぶははははッ! こりゃ傑作じゃ! ……けんどな、お嬢さん。今のこの国は、おんしが思うような楽しい場所じゃあないぜよ?」


 彼の表情が、ふと真面目なものに変わった。


「飯? 温泉? ……そんな余裕のあるもんは、今のトヨノクニには残っちゃおらん。あるのは飢えと、恐怖と、諦めだけじゃ」



 ◆◆◆



 リョウマに案内されて足を踏み入れた城下町は、わたしの予想を超えて荒廃していた。


 建物は古びて傾き、壁には「贅沢は敵」といった高圧的な布告がベタベタと貼られている。


 行き交う人々は皆、痩せこけ、死んだような目をしていた。


 帝国のスラム街よりも酷い、重く淀んだ絶望の気配が街全体を覆っている。


「……ひどい」


 アリスが絶句する。


「都だけじゃない。国中がこうじゃ。……『米狩り』と『刀狩り』。公儀の政策によって、民は食い物を奪われ、侍は魂を奪われ、ただ生かされているだけの家畜に成り下がっちまった」


 リョウマが悔しげに吐き捨てる。


「……許せないわね」


 わたしは不快感を隠さずに呟いた。


 権力維持のために民を犠牲にする。


 生産力そのものを破壊するやり方は、狂気の沙汰だ。


 そんな中、リョウマが一軒の古びた定食屋の前で足を止めた。


「ここじゃき。……公儀の目を盗んで、こっそりと『まともな飯』を出しゆう数少ない店じゃ」


 無愛想な老人が運んできたお盆には、白く輝く米と、糸を引く茶色い豆の発酵食品――納豆があった。


「……!」


 わたしの目が釘付けになる。


 前世の記憶が鮮烈に蘇る。


「い、いただきます……!」


 箸で納豆をかき混ぜ、ご飯の上に乗せ、一口、口に運ぶ。


 決して上等な品ではない。


 だが、今のわたしにとって、これ以上の御馳走はこの世に存在しない。


「合格よ。……臭いけど、最高に美味いわ」


 その時だった。


 バンッ!!


 入り口の戸が乱暴に蹴り開けられた。


「おい! 誰かいるのか! 『米狩り』だ! 隠している米を出しやがれ!」


 土足で踏み込んできたのは、この飢饉の中で不自然なほど丸々と太った役人――代官だった。


 彼はテーブルの上の食事を無造作にひっくり返し、まだ少し残っていた納豆の小鉢を宙に蹴り飛ばした。


 プツン。


 わたしの中で、決定的な音がした。


 せっかくの余韻が、故郷の味が、生きるための糧が、土足で踏みにじられた。


「……拾いなさい」


 わたしの声は、地獄の底から響くように低かった。


「あ? なんだその目は。……ええい、捕らえろ!」


 手下たちが十手を持って襲いかかってくる。


 パァン! ドゴッ! バキィッ!


 一撃必殺。


 わたしは最小限の動きで、襲いかかる手下たちを次々と迎撃し、壁を突き破って外まで吹き飛ばした。


 腰を抜かした代官の襟首を掴み、わたしは冷酷に告げた。


「誰の命令? なぜ米を奪う?」


「し、将軍様だ! 代々『剣聖』としてこの国を統べる、最強の武人アシカガ・ムネノリ様の『武力・食糧没収令』だ!」


「剣聖、ねぇ……。民を飢えさせる剣に、何の価値があるのかしら」


 わたしは代官を店の外へ放り投げた。


「わたしの食事を邪魔するなら、将軍だろうが神だろうが、城ごと更地にしてあげるわ!」


 わたしの宣言が、静まり返った通りに響き渡る。


「……行くわよ、リョウマ。まずはその将軍とやらに、挨拶《カチコミ》に行かなくちゃね」


 最強の悪役令嬢の、国盗り物語が本格的に始まった。

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