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悪役令嬢の凶器はドス黒いパイプ椅子です ~目指すは最強の悪役、あらゆる理不尽はこのパイプ椅子でぶっ飛ばしますわ~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第7部】黄金の都・カジノ&地下闘技場編 ~借金1億? ならば筋肉とプロレスで倍返しですわ~
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第055話 負け役

 試合後、VIPルーム。


 ゴルドーは、今にも血管が切れそうな形相でわたしに怒鳴り散らしていた。


「貴様ァッ!! 勝ちすぎだと言っているんだ!! これ以上勝たれては、胴元が破産する!!」


「あら、勝てるもんなら勝てと言われたから勝っただけですわよ?」


「黙れ! これはショーだ! ビジネスだ! お前が勝つだけの試合など、誰も望んでいないんだよ!」


 ゴルドーはバンと机を叩いた。


「次のメインイベント。相手は絶対王者『獣王ガルフ』だ。……いいか、この試合、貴様は負けろ。無様に、一方的に痛めつけられてな!」


 彼はモニターを指差す。


 そこには、どうやってもちこんだのか魔導暖房付き座卓(コタツ)に肩までもぐって、すっかり堕落しきってくつろぐアリスたちの姿があったが、ゴルドーはそれに気づいていないのか、あるいは無視しているのか、脅し文句を続けた。


「断れば、人質の命はない。……指の一本ずつから送ってやろうか?」


 来た。


 わたしは扇子で口元を隠し、内心で喝采を叫んだ。


(キタキタキタァァ! 卑怯な運営による理不尽な敗北命令! これぞヒールが最も輝くための土壌!!)


 わたしは震える声(演技)で答えた。


「……わかりましたわ。人質の命には代えられませんもの」


「フン、分かればいい。……ガルフは強いぞ。手加減などできんからな」


「ええ……。仰せのままに」


 うつむくわたしの顔は、絶望ではなく、歓喜に歪んでいた。


 さあ、最高の「負け役(ピエロ)」を演じてあげようじゃないの!



 ◆◆◆



 メインイベント。


 会場は、これまでにない異様な熱気に包まれていた。


 これまでの連勝でわたしのファンになった者たちと、金を吸われ続けてわたしを憎むアンチたち。


 その両方の視線が突き刺さる。


 わたしは再びデカゴンのマットに立った。


 対面に立つのは、身長三メートルはある巨漢、獣王ガルフ。


 全身が剛毛に覆われ、目は赤く光っている。


 ゴングが鳴る。


 ガルフが咆哮と共に突っ込んでくる。


「グォオオオオッ!!」


 丸太のような腕が振り下ろされる。


 いつもならデコピンで迎撃するところだが、今回は違う。


(――受けるッ!)


 わたしは身体強化の出力を極限まで落とし、筋肉の鎧をあえて緩めた。


 そして、その一撃を身一つで受け止めた。


 ドガァッ!!


 派手な音が鳴り、わたしは後方へ大きく吹き飛んだ。


 金網に激突し、がっくりと膝をつく。


「ぐっ……! な、なんて重い一撃……!」


 わたしは口の端を切って(自力で噛んで)血を流し、苦悶の表情を浮かべた。


 観客が沸く。


「おい見ろ! あの女が吹っ飛んだぞ!」「ざまあみろ!」「ガルフ、もっとやれ!」


(ふふっ、いいわ。今の受け身、完璧だった! ダメージはゼロだけど、見た目のインパクトは十分!)


 ガルフが追撃してくる。


 蹴り、踏みつけ、投げ。


 わたしはそれら全てを「あえて」食らい、悲鳴を上げ、ボロボロになっていく(フリをする)。


 コスチュームが破れ、バンダナが飛び、美しい金髪が乱れる。


 ガルフがわたしの髪を乱暴に掴み、強引に引き起こす。


「これ以上ない屈辱的な負け方をさせろというオーダーでな。まだまだ嬲らせてもらうぞ」


 ガルフが嗜虐的な笑みを浮かべて囁く。


 ああ、なんて三流な悪役台詞。


 最高だわ。


 わたしは涙目で、震える唇を開いた。


「……くっ……! 私(わたくし)を……辱める気……? くっ、殺せ……! 辱めを受けるくらいなら、いっそひと思いに……殺しなさい!」


 会場が一瞬、静まり返る。


 そして次の瞬間、爆発的な歓声と罵声が渦巻いた。


 観客たちは、強者が地に落ち、プライドをへし折られる瞬間に酔いしれている。


 最高だ。


 このドロドロとした欲望の渦こそが、わたしが求めていた「熱」だ。


(完璧……! 今のわたし、最高に「悲劇の悪役(ヒール)」してるわ! もっとブーイングを! その野次がわたしのエネルギーになるのよ!)


 牢屋のモニターで見ていたアリスが「レヴィちゃん、ノリノリだなぁ……」と呟き、ミリアが「あの角度! 一番美しく、かつ儚げに見える計算された倒れ方です! さすがレヴィーネ様!」と絶賛しているのが目に浮かぶようだ。


 さあ、溜めに溜めたヘイト。


 そろそろ、解放の時が近い。



 ◆◆◆



 わたしがマットに倒れ伏していると、VIP席からドン・ゴルドーが降りてきた。


 勝利を確信した彼は、わたしにとどめを刺す命令を下すため、わざわざリングサイドまでやってきたのだ。


「ハッハッハ! どうだレヴィーネ! これが敗北の味だ!」


 ゴルドーは金網の外からわたしを見下ろし、嘲笑った。


 そして、彼の足元にあったもの――わたしが入場時に設置した『漆黒の玉座(軽量化状態)』に目を留めた。


「なんだこの薄汚い椅子は。……目障りだ」


 ゴルドーは邪魔そうに、椅子を蹴り飛ばそうと足を振り上げた。


 その瞬間。


 わたしの目から、演技の色が消えた。


(……今、わたしの相棒を。……ガラクタと言ったか?)


 解除。


 わたしは遠隔で魔力を操作し、椅子の「軽量化」を解いた。


 黒鋼本来の質量。


 数百キロの鉄塊へと戻る。


 ゴルドーの革靴の爪先が、椅子に直撃した。


 ゴキィッ!!!


「ふんッ! ……ギャアアアアアアアッ!!??」


 鈍い音と共に、ゴルドーの絶叫が地下闘技場に響き渡った。


 椅子は微動だにしない。


 代わりに、ゴルドーの足がありえない方向に曲がっている。


「い、痛いッ! 足が、足の指がぁぁッ!!」


 のたうち回るゴルドー。


 わたしはむくりと起き上がった。


 乱れた髪をかき上げる。


 その表情は、もう「悲劇の令嬢」ではない。


 全てを凍らせるような、絶対零度の冷笑。


「……あら。随分と『重い』蹴りでしたわね? 私(わたくし)の相棒への挨拶にしては、無作法じゃなくて?」


「き、貴様……! まだ動けるのか!?」


「ええ。演技(ショー)は終わりよ」


 わたしはガルフに向き直った。


 獣王が戸惑いながらも拳を振り上げる。


「ガァァァッ!」


 わたしは右手を掲げた。


 影から取り出すのではない。


 魔力で、その場に「凶器」を形成する。


「――『教育的指導(オーバーキル)』の時間よ」


 カッ!


 わたしの手の中に、魔力で構成された『贋作パイプ椅子(フェイク)』が顕現した。


 わたしはガルフの懐に飛び込み、無慈悲な連撃を開始する。


「腹ァッ!」


 ズドンッ!!


 強烈な前蹴り――腹砕き(ガットショット)。


 内臓を突き上げる衝撃に、ガルフが声もなく「く」の字に折れ曲がる。


「背中ァッ!」


 バギィッ!!


 前屈みになった無防備な背中に、パイプ椅子をフルスイング。


 背骨がきしむ音と共に、ガルフが膝をつく。


 そして。


 ガラ空きになった後頭部へ、三撃目。


「飾りなさいッ!!」


 ガシャアアアンッ!!!


 脳天への直撃。


 パイプ椅子の座面が衝撃で貫通し、ガルフの首にすっぽりとはまる。


 彼は白目を剥き、ひしゃげたパイプ椅子のフレームを悪趣味なネックレスのようにぶら下げた。


 これぞわたしの黄金コンボ。


『恐怖の首飾り《ネックレス・オブ・フィアー》』の完成だ。


 だが、まだ終わらない。


 これではただの「オブジェ」だもの。


 片付けなくては。


「ふぅ……。いい角度でハマったわね」


 わたしは手ぶらになった右手を振ると、すかさずもう一脚、新たな『贋作パイプ椅子(フェイク)』を生成し、握りしめた。


 目の前には、椅子の残骸を首から下げて膝立ちになっている巨体。


 まるで、ティーバッティングのボールだ。


 わたしは足を大きく広げ、腰を落とし、パイプ椅子をバットのように構えた。


「さあ、場外へ飛んでいきなさい! 『断罪のフルスイング《レヴィーネ・ホームラン》』ッッ!!!」


 ズドォォォォォォォォンッ!!!!!


 出力一割ながらも全身全霊のスイング。


 わたしの椅子が、ガルフの首にある「椅子のネックレス」ごと、その巨体を真横に叩き抜いた。


 椅子と椅子が激突する金属音と、肉が弾ける音が重なり、衝撃が増幅される。


 ガルフの巨体は水平に吹き飛び、金網を紙細工のように突き破り、そのまま観客席の奥深くまで突き刺さった。


 さらに、その衝撃の余波で、頑丈に組み上げられていたはずのデカゴンの金網が、支柱ごと根こそぎひしゃげ――まるで安い舞台の書割が倒れるように、四方八方へと全て倒壊した。


 もう、リング(檻)すら存在しない。


 あるのは、瓦礫の山と化したステージに立つ、わたしだけ。


「う、うわぁあああぁあッッ!! 闘技場の最高傑作が!! ガルフーーーーッッ!!!」


 VIP席から、ゴルドーの絶叫が響き渡った。


 彼は顔面蒼白になり、手すりにしがみついて泣き叫んでいる。


「嘘だろ!? 金も時間も魔力も注ぎ込んだ、私の最強の商品が!! なんであんな鉄屑の一撃でェェェッ!!」


 自分の足の痛みも忘れ、資産の喪失に泣き崩れるゴルドー。


 わたしは倒れた金網の上を悠然と歩き、外へ出て、彼の方へと歩み寄った。


「契約破棄よ。……ここからは『教育的指導(オーバーキル)』の延長戦(デスマッチ)だわ」

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