↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
46/87

第046話 魔力を捨てろ

 それから、わたしはノアの病室に近づくことをやめた。


 代わりに、庭の隅から、窓越しに彼の様子を伺うことしかできなかった。


 窓の向こうで、ノアは日に日に痩せ細っていく。


 ミリアやアリスが(魔力を極力抑えて)甲斐甲斐しく世話をしているが、その表情は暗い。


 わたしは、庭のベンチに座り込み、空を見上げた。


 影の中の『玉座』が、主の不在を嘆くように冷たく脈打っている気がする。


「……情けないわね」


 独り言が漏れる。


 武器がなければ戦えないのか。


 魔力がなければ何もできないのか。


 前世のわたしは、動かない体で、それでも心だけは戦っていたはずなのに。


 健康な体を手に入れた今世のわたしは、いつの間にか「力」に依存し、「心」の戦い方を忘れてしまったのではないか。


 カツ、カツ、カツ……。


 静寂を破り、力強い足音が近づいてきた。


 その足音だけで、誰だかわかる。


 大地の底から響くような重低音。


「……辛気臭い顔をしておるな、レヴィーネ」


 頭上から降ってきたのは、雷鳴のような、けれどどこか温かい声。


 見上げれば、そこには巨岩のような男が立っていた。


 白い髭、丸太のような腕、全身から放たれる圧倒的な武のオーラ。


「……お祖父様」


 北の辺境から駆けつけた、祖父マラグ・ハニマルだった。


 弟の誕生祝いに来たはずだが、その目は今のわたしの苦境を見透かしているようだった。


「孫の顔を見に来たが、随分と湿っぽい空気じゃ。……あの坊主のことか?」


 祖父はわたしの隣にドカリと腰を下ろした。


 ベンチが悲鳴を上げる。


「……ええ。わたしには、何もできません。近づくことさえ、彼を傷つけてしまう」


 わたしは俯き、弱音を吐いた。


「最強を目指して、誰にも負けない力を手に入れたつもりでした。でも……その力が、あの子を殺す毒になるなんて」


 祖父はしばらく無言で髭を撫でていたが、やがて静かに口を開いた。


「レヴィーネよ。……『最強』とは何だ?」


「え?」


「敵を殴り倒すことか? 誰も持ち上げられない重い物を持つことか? 魔力で天候を変えることか?」


 祖父は首を横に振った。


「違う。それはただの『現象』だ。……本当の強さとは、『在り方』だ」


 祖父の大きな手が、わたしの頭に置かれた。


「武器が使えぬなら、素手で戦え。素手が使えぬなら、心で戦え。……お前が目指した『最強の悪役』とうやらは、力がなければ何もできぬような半端者だったのか?」


 ハッとした。


 前世の記憶。


 わたしが憧れたプロレスラーたちは、リングを降りてもスーパースターだった。


 怪我で試合ができなくても、マイク一つで観客を沸かせ、病室の子供たちを勇気づけていた。


 彼らの武器は、筋肉や技だけではない。


「不屈の魂」そのものだったはずだ。


「あの子は今、死という最強の敵と戦っておる。……お前は、あやつと共に戦うと約束したのだろう?」


 祖父がニカッと笑い、わたしの背中をバシッと叩いた。


「ならば、最後まで逃げずに傍にいてやれ! 武器など捨てて、魔力など空っぽにして、ただの『レヴィーネ』として、あやつの魂に吼えてやるのじゃ!」


「……ッ!」


 視界が開けた気がした。


 そうだ。


 わたしは何を迷っていたんだ。


 魔力が邪魔なら、全部吐き出せばいい。


 武器が毒なら、置いていけばいい。


 わたしにはまだ、この身一つがあるじゃないか。


「……ありがとう、お祖父様。目が覚めました」


 わたしは立ち上がった。


 そして、足元の影に向かって、強く念じた。


(しばらくお別れよ、相棒。……今回は、お留守番していなさい)


 わたしは『漆黒の玉座』へのリンクを、意図的に遮断した。


 そして、屋敷の宝物庫から「あるもの」を取り寄せた。


 かつて「獣の穴」で修行時代につけていた『封魔の首輪』。


 それだけではない。


 手首、足首にも装着する、黒鉄の重厚な枷――『封魔の拘束具』一式だ。


 ガチャリ。


 首輪をはめる。


 呼吸が重くなる。


 ガチャリ。


 手枷をはめる。


 指先が鉛のように重く、痺れる。


 ガチャリ。


 足枷をはめる。


 立っているだけで精一杯の、圧倒的な倦怠感。


 魔力回路が強制的に閉ざされ、身体強化が霧散する。


 今のわたしは、ただの重い肉体を持った、無力な少女だ。


「……重いわね」


 わたしは壁に手をつき、荒い息を吐いた。


 一歩踏み出すだけで、脂汗が出る。


「でも……これがあの子の感じている『日常』なのよね」


 わたしは顔を上げた。


 体が重い。


 風が冷たい。


 けれど、心は軽い。


「行ってきます」


 わたしは祖父に一礼し、ノアの病室へと向かって歩き出した。


 鎖の音を響かせながら。


 かつてないほど無防備で、そして誰よりも強い足取りで。



 ◆◆◆



 病室の扉を開ける。


 ベッドの上で、ノアが浅い呼吸を繰り返していた。


 その顔は白く、死相が漂っている。


「……姐、さん……?」


 わたしが入ると、ノアが薄く目を開けた。


 わたしはベッドの脇に椅子(普通の木製椅子だ)を引き寄せ、重い体を沈めるように腰掛けた。


「遅くなってごめんなさいね。……少し、着替えに手間取っていたの」


 わたしはノアの手を握った。


 魔力を完全に消したわたしの手は、以前よりも温かく感じられたのか、ノアが安堵したように息を吐く。


「その、恰好……」


「ちょっと不格好、かしらね? ……でも、これで対等に話せるわ」


 わたしは枷を見せびらかすように笑った。


「ふふっ……でも……僕、もう、ダメみたいです」


 ノアが掠れた声で言う。


「悔しいな……。もっと、生きたかった。姐さんみたいに、強くなりたかった……」


 その目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。


 わたしは彼の手を両手で包み込み、真っ直ぐに見つめ返した。


「まだ終わっていないわ。……終わりの鐘(ゴング)は、まだ鳴っていない」


「え……?」


「見せてあげるわ、ノア。……貴方が憧れた『悪役(ヒール)』の、一番の見せ場を」


 わたしはニヤリと笑った。


 それは、彼を励ますための優しい嘘ではない。


 これから始まる、一世一代の興行への招待状だ。


「明日の朝、窓の外を見ていなさい。……特等席を用意させるわ」


「……何を、するんですか?」


「決まっているでしょう? 『バトルロイヤル』よ」


 わたしは宣言した。


 武器も魔法も使わない。


 小細工なしの、魂と魂のぶつかり合い。


 この消えゆく命の灯火に、最後の燃料をくべるための、熱狂のステージ。


「ヴィータヴェン家総出で、あなたのために戦ってあげる。……目に焼き付けなさい。これが、『生きる』ということよ」


 ノアの瞳に、最期の、そして一番強い光が宿った。


「……はいッ! 見ます! 絶対に……!」


 約束は交わされた。


 さあ、忙しくなるわよ。


 リングの設営、選手の招集、そして何より――わたし自身の、魂の仕上げ。


 待っていなさい、死神。


 アンタがこの子を連れて行く前に、一生忘れられない『名勝負』を見せつけてやるわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。