第040話 キメラ
準決勝、第一試合。
わたしの対戦相手は、ケビンの取り巻きの一人だった。
だが、その姿は異様だった。
「ア、ガァ……殺、ス……!」
全身の筋肉が不自然に膨張し、皮膚からは岩のような突起が生え、目は血走っている。
複数のSランクスキル――「超再生」「剛力」「硬化」などを、才能のキャパシティを無視して無理やり詰め込まれた結果の暴走状態だ。
観客席の貴賓席で、ケビンがニヤニヤと笑っている。
「あいつは実験台だ。複数のスキルを混ぜたらどうなるか、試してみたんだよ」
「……外道が」
わたしは吐き捨て、暴走する生徒に向き合った。
彼は理性を失い、ただ暴れるだけの怪物と化している。
だが、殺すわけにはいかない。
彼もまた、被害者なのだから。
「ガァァァァッ!!」
怪物が丸太のような腕を振り回してくる。
わたしはそれを紙一重で躱し、懐に潜り込んだ。
「眠りなさい。……悪い夢は、これで終わりよ」
わたしは左手で彼の右腕を捕らえ、自らの腋の下に挟み込んで関節を極める。
同時に、右手で影から『椅子』を顕現させる。
「――『椅子チョーク式・フジワラアームバー』ッ!!」
ガチィッ!!
わたしは『椅子』のU字になったパイプの脚部分を、怪物の顎下から喉元へ強引にねじ込んだ。
テコの原理を利用し、パイプで頸動脈を締め上げながら、同時に脇に抱えた腕関節を逆方向へ限界まで絞り上げる。
呼吸、血流、関節。
すべてを同時に遮断し、破壊する複合拷問技。
「ア、ガ……ッ……!」
怪物が空いた手で暴れようとするが、頸動脈への圧迫と腕の激痛で力が入らない。
数秒後、ヒュッ、と怪物の力が抜けた。
脳への酸素供給を断たれ、彼は糸が切れたように崩れ落ちた。
わたしは技を解き、倒れ込む彼を支え、静かに床に寝かせた。
「勝者、レヴィーネ・ヴィータヴェン!!」
歓声はない。
あまりに一方的で、静かな決着だったからだ。
わたしはケビンのいる貴賓席を睨みつけた。
「……覚えておきなさい。次はあんたの番よ」
◆◆◆
そして、準決勝、第二試合。
ケビン対ジン。
試合開始のゴングと共に、ジンが疾走した。
その速さは、予選よりもさらに研ぎ澄まされていた。
「――シッ!!」
ジンのカタナが閃く。
ケビンは慌てて「聖剣」を構えるが、ジンの剣速にまるでついていけない。
「な、なんだコイツ!? 速すぎる! 俺の『動体視力S』でも追いきれねえ!?」
ケビンが悲鳴を上げる。
数値の上ではケビンが圧倒的に上だ。
だが、ジンには積み上げた「経験」と「技術」がある。
最小限の動きで攻撃をいなし、的確に急所を狙うジンの剣技に、ケビンは防戦一方だ。
「くそっ、くそっ! なんでだ! 俺は最強なんだぞ!」
焦ったケビンが大振りの攻撃を繰り出す。
ジンはそれを冷静に見切り、踏み込んだ。
「……隙だらけだ」
ジンの切っ先が、ケビンの喉元に迫る。
勝負あった――誰もがそう思った瞬間。
「――『システム権限:強制麻痺』ッ!!」
ケビンが叫んだ。
その瞬間、ジンの体がビクリと震え、空中で硬直した。
見えない鎖に縛られたように、指一本動かせなくなる。
「……な、に……?」
ジンが驚愕に見開いた目の前で、ケビンが下卑た笑みを浮かべた。
「へへっ、驚いたか? これが俺の『隠しスキル』だよ。……調子に乗るなよ、雑魚が」
ケビンは動けないジンの腹を、思い切り蹴り飛ばした。
ドカッ!!
ジンがボールのように転がる。
受け身も取れない。
ケビンは倒れたジンに馬乗りになり、無抵抗の顔面を何度も殴りつけた。
「俺に! 恥を! かかせやがって!」
ドスッ! バキッ!
ジンの顔が腫れ上がり、血が飛び散る。
会場が静まり返る。
あまりに一方的で、卑怯な暴行。
「……もういいだろう、勝負はついている!」
審判が止めようとするが、ケビンはそれを無視して立ち上がった。
そして、ジンの手から落ちていたカタナを拾い上げる。
「なんだこの薄汚い剣は。……『鑑定』」
ケビンはプレートをかざし、鼻で笑った。
「ハッ、ランクA+? ゴミじゃねえか。俺の装備欄に入れる価値もねえ」
パキィッ!!
ケビンは、ジンの魂であるカタナを、膝でへし折った。
折れた刀身が、虚しく床に転がる。
「あ……あぁ……」
麻痺したまま、ジンの目から涙が溢れ出した。
先祖から受け継ぎ、共に歩んできた誇りが、理不尽に踏みにじられたのだ。
「勝者、ケビン!!」
ケビンは折れた刀の柄をジンに投げつけ、両手を掲げて歓声(その大半はサクラによるものだが)に応えた。
控え室のモニターでその光景を見ていたわたしは、無言で立ち上がった。
手の中の鉄扇が、握力でひしゃげて使い物にならなくなっていた。
「……アリス」
「う、うん……」
「ミリア」
「は、はい!」
わたしは新しい鉄扇(予備)を懐から取り出し、静かに告げた。
「予定変更よ。……『へし折る』だけじゃ生温い」
わたしの体から、どす黒い殺気が噴き上がり、部屋の照明が明滅する。
「あのゴミクズには、二度と表の世界を歩けないほどの『教育』が必要だわ」
決勝戦。
それはもはや試合ではない。
最強の悪役令嬢による、公開処刑の始まりだ。
◆◆◆
決勝戦。
帝都の大闘技場は、異様な静寂に包まれていた。
熱気ではない。
これから始まる何かに怯えるような、張り詰めた空気だ。
石畳の中央。
わたしとケビンは対峙していた。
ケビンは全身を最高級のミスリル鎧(もちろん他人から奪ったものだ)で固め、両手にはジンのカタナよりも遥かに高価な魔剣と聖剣を構えている。
だが、その姿は滑稽なほどに「着せられている」感が強かった。
「……フフッ。ついにこの時が来たな、レヴィーネ」
ケビンが下卑た笑みを浮かべる。
「皇帝も見ているこの舞台。俺が真の支配者となる戴冠式に相応しい」
彼は貴賓席に座る皇帝と、その横で虚ろな目をしている第一皇子を一瞥し、大仰に両手を広げた。
「さあ、始めようか。だがその前に……少し『ルール』を決めようぜ?」
ケビンの体が淡い光に包まれる。
彼が発動したのは、これまで隠していた切り札――SSランクスキル『協定』だ。
「このスキルは、双方合意の下で定めた条件を、システムが強制的に執行する絶対の契約だ。神だろうが魔王だろうが、この縛りからは逃れられない」
空中に、半透明の契約ウィンドウが出現する。
『条件:ケビンが勝利した場合、レヴィーネ・ヴィータヴェンはケビンの所有物となり、一切の抵抗権を失う』
「どうだ? お前が勝てば、俺の持っている全スキルを解放してやってもいいぜ? まあ、勝てるわけがねえがな!」
観客席がざわめく。
あまりに一方的で、卑劣な条件。
だが、わたしは鉄扇で口元を隠し、冷ややかな目でウィンドウを見つめた。
「……いいでしょう」
「は?」
「受けて立ちますわ。ただし、一つ条件を追加しなさい」
わたしは鉄扇を閉じ、ビシッとケビンを指差した。
「あなたが負けた場合、奪ったスキルをすべて持ち主に返し……二度と、その薄汚い口で『最強』を名乗らないこと。……いいわね?」
「ハッ! 余裕ぶっこきやがって! いいぜ、契約成立だ!」
ブォン!
契約ウィンドウが赤く発光し、鎖のようなエフェクトがわたしの心臓に巻き付く幻影が見えた。
システムによる拘束。
これでお互いに逃げ場はない。
だが目の前の害獣は理解しているのだろうか、チェーン・デスマッチは悪役の十八番だということを。




