第039話 ケビンの過去
夜。
ちゃんこ道場の一室。
わたしは、ミリアから渡された一束の報告書に目を通していた。
それは、ミリアが独自の情報網(実家の農産物ネットワークと、道場生たちの口コミ、そして持ち前の異常な潜入スキル)を駆使して調べ上げた、ケビンの「過去」についてのレポートだ。
「……呆れたわね。予想以上のクズだわ」
報告書によると、ケビンは帝国の片田舎にある貧しい村の生まれだった。
農家の三男坊。
特別な才能もなく、努力も嫌いな怠け者。
だが、ある日突然、彼は「目覚めた」。
『――ある日、村の古井戸に落ちたケビンは、そこで「何か」と接触したようです。以来、彼は人の頭上にステータスが見えるようになったと言いふらし始めました』
ミリアが補足説明をする。
彼女は今、忍者装束(なぜか頭には手ぬぐい)を身にまとい、天井の梁からぶら下がって報告している。
降りてきなさい。
「最初の犠牲者は、村一番の剣の使い手だった幼馴染の少年です。ケビンは『友情の握手』と称して彼に触れ、スキル『剣術の才能』を強奪。才能を失った幼馴染は、オークに襲われて命を落としました」
胸糞が悪い話だ。
その後も、ケビンの足跡は被害者の山だった。
街で評判のパン屋から『神のパン焼き』を奪って店を潰し、旅の薬師から『調合』を奪って治療中の患者を見殺しにし、通りすがりの冒険者から『剛力』を奪って再起不能にする。
彼は、自分より優れた者を見つけるたびに、その才能を「欲しい」という欲望だけで奪い取ってきたのだ。
努力も、感謝も、対価もなく。
「そして、地方都市で『天才』の名をほしいままにした彼は、より大きく、よりレアなスキルを求めて帝都へやってきました。……まるで、新しい玩具を買い漁りに来た子供のように」
「……そうね。彼にとって、人間は『宝箱』でしかないのよ」
わたしは報告書をテーブルに叩きつけた。
「許せないわ。……他人の人生を、自分のコレクションにするなんて」
わたしは知っている。
一つの技術、一つの筋肉を手に入れるために、どれだけの時間を費やし、どれだけの痛みを乗り越える必要があるかを。
前世の病床で、動かない体を呪いながら、それでも諦めきれずにリハビリを続けた日々。
今世の「獣の穴」で、血反吐を吐きながら修練を積み上げた七年間。
それら全てを、「データだから」と掠め取る行為。
それは、生きるということへの最大の冒涜だ。
「レヴィーネ様。……奴は今、御前試合に向けて、さらに強力なスキルを持つ生徒を物色しています。特に、決勝で当たるであろうレヴィーネ様に対する手段を狙っているのは間違いありません」
「上等よ。……返り討ちにして、その薄汚い手をへし折ってやるわ」
わたしは立ち上がり、窓の外――ケビンのいる寮の方角を睨みつけた。
「ミリア。明日から、仕上げにかかるわよ。……道場生たちにも伝えなさい。『最高のショーを見せてやるから、涙を拭いて待っていろ』とね」
「はいッ! 御意に!!」
ミリアが音もなく姿を消す。
静まり返った道場に、ちゃんこの残り香と、わたしの殺気だけが漂っていた。
ケビン。
貴様には、敗北以上の絶望をプレゼントしてあげる。
楽しみにしていなさい。
◆◆◆
皇帝陛下御前試合、当日。
帝都の中央に位置する巨大な石造りの大闘技場は、異様な熱気に包まれていた。
円形に掘り下げられた広大な闘技スペースを囲むように、階段状の観客席が聳え立っている。
その九割は、ケビンを支持する「数値信者」たちで埋め尽くされているが、片隅の一角だけは、ミリア率いる親衛隊が陣取り、手作りの横断幕『物理最強』『筋肉は裏切らない』などを掲げて孤軍奮闘していた。
わたしは選手控え室の通路で、出番を待っていた。
そこへ、一人の剣士が歩いてくる。
「……レヴィーネ」
ジンだ。
以前のボロボロの制服ではなく、清められた道着を纏い、腰には一振りの刀を差している。
その顔つきは、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「あら、いい顔になったじゃない」
「ああ。おかげさまでな。妹の容体は安定した。……あらためて、礼を言う」
ジンは深く頭を下げた。
そして、顔を上げると、腰の刀の柄に手を添えた。
「この刀は、東の島国から流れてきた先祖が残した『カタナ』だ。数値の上ではSランクには届かない。だが……俺の魂だ」
「ええ。手入れが行き届いているわ。いい鋼の匂いがする」
「レヴィーネ。もし決勝で会えたら……今度はこの刀で、貴女と戦いたい。借り物ではない、俺自身の剣で」
ジンの瞳には、純粋な武人としての熱意が宿っていた。
わたしはニヤリと笑い、鉄扇で彼の肩を叩いた。
「いいわね。楽しみにしているわ。……あの泥棒猫、いえ、害獣なんかに遅れを取るんじゃないわよ?」
「当然だ。……行ってくる」
ジンは力強く頷き、反対側のブロックの控え室へと消えていった。
……惜しい人材だ。
この大会が終わったら、本格的にウチの道場にスカウトしよう。
その時、場内アナウンスが響いた。
『さあ、第一試合の開始だ! 青コーナー! 魔力数値9999! 学園最強の砲台、ルーク・バルドウィン!!』
『対する赤コーナー! 測定不能のイレギュラー! 辺境の暴れ馬、レヴィーネ・ヴィータヴェン!!』
「さて。……お仕事の時間ね」
わたしはドレスの裾を翻し、石畳の闘技場へと向かった。
◆◆◆
闘技場の中央。
対戦相手のルークは、これ見よがしに巨大な杖を掲げ、自身の胸にある『魔力:9999(カンスト)』と表示されたプレートを指差して誇示していた。
「見ろ、この圧倒的な数値を! 僕の魔法はお前ごときが防げる次元じゃない!」
観客席が「うおおお!」「最強!」と沸き立つ。
わたしは欠伸を噛み殺しながら、開始位置についた。
「……数値自慢は終わって? 早く始めましょうよ」
「フン、余裕ぶっていられるのも今のうちだ。開始と同時に、僕の最強魔法『アルテマ・バースト』で消し炭にしてやる!」
ルークが杖を構え、長ったらしい詠唱の準備に入る。
審判が手を振り下ろした。
「始めッ!!」
カーン!
「我は求め訴える! 根源なる――」
ルークが詠唱を始めた、その刹那。
ドンッ!!
床板の石畳が爆ぜた。
わたしは身体強化による初速全開でダッシュし、一瞬で間合いを詰めた。
「なっ……!?」
ルークが反応する間もない。
わたしは跳躍した。
両足を揃え、切っ先のように鋭く突き出す。
狙うは鳩尾ではない。
顔面だ。
「――『顔面ドロップキック』ッ!!!」
ドゴォォォォンッ!!!
肉と骨が軋む音が響いた。
わたしのブーツの底が、ルークの鼻梁を正確に捉え、顔面を深々と踏み抜く。
「ぶべェッ!?」
インパクトの瞬間。
わたしはその顔面を踏み台にして、空中で華麗に身を翻した。
クルリと一回転し、音もなく石畳に着地する。
ドレスの裾がふわりと舞う。
対して、蹴り飛ばされたルークは――。
ヒュルルルルル……ドォォォォン!!!
放たれた砲弾のように、きりもみ回転しながら空を裂いて吹き飛んだ。
闘技場の端まで一直線に飛び、石造りの壁に激突。
蜘蛛の巣状の亀裂を作りながらずり落ち、白目を剥いてピクリとも動かなくなった。
詠唱開始から、わずか二秒。
静まり返る会場。
わたしは着地した姿勢から優雅に立ち上がり、スカートの埃を払った。
「……馬鹿なの?」
わたしは遥か彼方で気絶したルークを見やり、呆れ果てて言った。
「数値が高ければ、相手が棒立ちで待ってくれるとでも思った? 実戦のリングで呑気に詩の朗読を始める間抜けがどこにいますの?」
わたしは観客席を見上げ、鉄扇を開いた。
「数値が9999だろうが1億だろうが、当たらなければ『0』よ。……出直してらっしゃい」
ワァァァァァッ!!!
親衛隊のエリアから、爆発的な歓声が上がる。
数値信者たちは、口をパクパクさせて言葉を失っていた。
これが「現実」だ。
さあ、次はどいつだ?
「詠唱二秒で終わる試合、お楽しみいただけて? 次はいよいよ本命ですわ。ブックマークと下の☆☆☆☆☆で、わたくしに声援を送りなさいな!」




