第035話 スキル強奪
正門前での騒ぎを筋肉と威圧(と魔道具の自壊)で強引に鎮圧した後、わたしは親衛隊のメンバーたちを引き連れて、ひとまず学園内のサロンへと移動した。
「……まずは、その胸のふざけたプレートを外しなさい。見ていて不愉快よ」
わたしが命じると、彼らは安堵したように、あるいは忌々しそうに、胸元の金属板を取り外した。
『Fランク』『ゴミ』。
そんな言葉が刻まれた呪いのアイテムが、テーブルの上に積み上げられる。
「この数ヶ月、生きた心地がしませんでした……。自分の価値が、こんな薄っぺらい板一枚で決めつけられるなんて」
親衛隊の一人が涙ぐむ。
彼らは本来、地味ながらも真面目に努力を重ねる生徒たちだったはずだ。
それが「数値が低い」というだけで人格まで否定される。
「ねえレヴィちゃん。あのケビンって男……やっぱりおかしいよ」
隣で紅茶(とミリアが出した聖都まんじゅう)を口にしながら、アリスが深刻な顔で呟いた。
「ラノリアの『運営』は、世界を管理するために人々を洗脳していたけど……あいつは違う。もっと個人的で、欲望にまみれた『チート』の匂いがする」
「チート?」
「うん。ゲームで言えば、改造コードを使って、ありえない数値やスキルを無理やり書き換えているような……そんな違和感」
アリスの言葉に、わたしは眉をひそめた。
努力も過程も無視して、結果だけを書き換える。
それは、わたしが最も嫌悪する「近道」だ。
その時、サロンの扉がノックされ、一人の侍従が入ってきた。
見覚えがある。
わたしのスポンサーである第二皇子殿下の側近だ。
「レヴィーネ・ヴィータヴェン嬢。殿下がお呼びです。……至急、王宮の『離宮』へお越しいただきたいとのこと」
侍従の顔色は優れない。
ただ事ではない雰囲気だ。
「……わかったわ。挨拶回りに行く手間が省けたというものね」
わたしは立ち上がり、ミリアとアリスに目配せをした。
嫌な予感がする。
この「数値至上主義」の裏には、もっとおぞましい何かが隠されている。
◆◆◆
案内されたのは、王宮の奥深くにある、静まり返った離宮だった。
そこは本来、病人の療養などに使われる場所だ。
部屋に入ると、そこには第二皇子と第一皇女、そしてベッドに横たわる一人の青年の姿があった。
痩せこけ、虚ろな目で天井を見つめるその青年を見て、わたしは息を呑んだ。
「……まさか、第一皇子殿下、ですか?」
以前会った時は、次期皇帝としての覇気と威厳に満ちていたはずの人物だ。
それが今は、まるで魂を抜かれた人形のように変わり果てている。
「……帰国早々すまない、レヴィーネ嬢」
第二皇子が苦渋に満ちた顔で口を開いた。
「兄上は……『奪われた』んだ」
「奪われた?」
「ああ。兄上は王家の血筋特有のユニークスキル『王の威光』を持っていた。人心を掌握し、国を導くための強力なスキルだ。だが……」
第二皇子が、ベッドの脇に置かれた「鑑定プレート」を指差す。
そこには無慈悲にも『スキル:なし』『ランク:測定不能(低下)』と表示されていた。
「ある日、あの転入生――ケビンと接触した後、兄上は突然倒れ、目覚めた時にはこの状態だった。スキルを失い、それまでの記憶や経験、覇気までもがごっそりと抜け落ちてしまったんだ」
わたしはベッドに歩み寄り、第一皇子の顔を覗き込んだ。
生きている。
呼吸もしている。
けれど、その内側にあるはずの「積み上げてきたもの」が空っぽだ。
「……他にも被害者が?」
「ああ。近衛騎士団の剣術指南役、宮廷魔導師団の筆頭……いずれも『Sランク』判定を受けていた実力者たちが、ケビンと接触した後に廃人同然になっている」
第一皇女が、震える声で付け加えた。
「そして翌日には、ケビンが得意げに発表するの。『新しいSランクスキルに目覚めた』ってね。……兄上の『王の威光』も、剣聖の『剣技』も、すべて奴のステータス画面に並んでいるわ」
確信した。
あの男の能力は、単なる「鑑定」ではない。
他者の能力を数値化し、優れたものを根こそぎ奪い取る「強奪」だ。
「……ふざけているわね」
わたしの中で、どす黒い怒りが湧き上がった。
ゴォォォ……と、魔力が漏れ出し、部屋の窓ガラスがビリビリと震える。
「努力して、血を吐くような思いで身につけた技術や精神性。それを、ただのデータ移動みたいに『奪う』ですって?」
わたしは知っている。
一つの技、一つの筋肉、一つの魔法を身につけるために、どれほどの時間と代償が必要かを。
それは人生そのものだ。
それを、あの男はゲームのアイテム拾いのような感覚で掠め取り、自分の飾りとして身につけている。
「……泥棒猫にも劣るわ。他人の人生を食い荒らす害獣よ」
わたしは鉄扇をきつく握りしめた。
鋼鉄の骨組みが軋む音がする。
「アリス、わかる? 奴のあの能力の正体が」
後ろに控えていたアリスが、青ざめた顔で頷いた。
「うん……。たぶん『モデリングツール』か『チートコマンド』の具現化だと思う。他人のパラメータをコピー&ペーストするんじゃなくて、『カット&ペースト』してるんだわ。だから奪われた側はデータが欠損して、廃人になっちゃう」
「……最悪ね。修復は?」
「あいつを倒して、データを解放させれば、もしかしたら……」
ならば、やることは一つだ。
わたしはベッドの上の第一皇子に一礼し、第二皇子たちに向き直った。
「殿下。契約の更新ですわ」
わたしはニヤリと、凶悪な笑みを浮かべた。
「あの害獣、帝国の法律では裁けないのでしょう? 『スキルが移動しただけ』なんて、証拠にもなりませんものね」
「……その通りだ。奴は今や、帝都の英雄扱いだからな。手出しをすれば暴動が起きかねない」
「結構。ならば、わたしが『私闘』として処理いたします」
わたしは鉄扇を開き、口元を隠した。
だが、その瞳に宿る殺気は隠しようもない。
「奴が積み上げてきた偽りのステータスごと、その腐った性根をへし折って差し上げますわ。……物理でね」
第二皇子は深く頷き、一枚の書類を差し出した。
「頼む。……これは来週行われる、皇帝陛下御前試合の招待状だ。ケビンはそこで優勝し、帝国の実権と、レヴィーネ嬢……君を『賞品』として要求するつもりらしい」
「あら、光栄ですこと」
わたしは招待状を受け取り、指先で弾いた。
「最高の処刑台じゃない。……震えて待っていなさい、コソ泥くん。アンタの集めたオモチャが何の役にも立たないことを、教えてあげるから」
部屋を出るわたしの背中には、もう迷いはなかった。
対戦相手は決まった。
ルールは無用。
チート能力者vs北の撲殺令嬢。
帝都を揺るがす大一番の幕が上がる。




