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悪役令嬢の凶器はドス黒いパイプ椅子です ~目指すは最強の悪役、あらゆる理不尽はこのパイプ椅子でぶっ飛ばしますわ~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第5部】帝都帰還・数値(ステータス)至上主義粉砕編 ~泥棒猫のチート能力、物理でへし折って差し上げます~
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第036話 帝都ちゃんこ道場爆誕

 ケビンとの全面対決が決まった翌日。


 わたしは学園の敷地外れにある、使われていなかった巨大な資材倉庫を(理事長である第二皇子の権限で)接収し、新たな拠点を築いていた。


 入り口には、ミリアが徹夜で書き上げた看板が掲げられている。


『帝都ちゃんこ道場 ~筋肉と醤油は裏切らない~』。


 ……達筆すぎて、逆に狂気を感じる。


 倉庫の中に入ると、そこはもう帝都ではなかった。


 もうもうと立ち込める湯気。


 充満する出汁と醤油の香り。


 そして、男たちの暑苦しい掛け声。


「腰が高いですよ! 四股(シコ)というのは、大地のエネルギーを吸い上げる神聖な儀式なのです!」


「は、はいッ! おかみさんッ!」


「誰がおかみさんですか! 私はレヴィーネ様の忠実な『下僕長』兼『親衛隊長』兼『ちゃんこ長』です! ……まあ、おかみさんという響きも悪くはありませんが」


 ミリアが割烹着に三角巾という、どこで手に入れたのか分からない完璧なスタイルで、巨大なお玉を振り回して指揮を執っていた。


 彼女の前では、かつて「Fランク」と蔑まれていた親衛隊の男子生徒たちが、涙と汗を流しながらスクワットや四股に励んでいる。


「いいですか! 今日のちゃんこは『鶏団子の生姜ミソ鍋』です! 食べた分だけ動く! 動いた分だけ強くなる! それが当道場の鉄則です!」


「うおおおおおッ!! 筋肉! 筋肉!」


 ……完全に宗教ね。


 まあ、ラノリアで実証済みのメソッドだから止める理由はないけれど。


 わたしは道場の隅に設置された特等席(玉座ではない普通のソファ)で、優雅に紅茶を啜った。


 その隣には、アリスが座っている。


 彼女もまた、ジャージ姿でくつろいでいた。


「すごいねぇ、ミリアちゃん。完全に『部屋』を掌握してるじゃん」


「ええ。あの子、妙なカリスマがあるのよね。……ところでアリス、そのお菓子なに?」


 わたしが視線を向けると、アリスは懐かしそうに焼き菓子をかじっていた。


「ん? これ? ミリアちゃんが作った『試作型・聖都まんじゅう(チョコ味)』。……レヴィちゃん、チョコってこっちの世界にもあるんだね」


「カカオ豆はあるものね。でも、その味付け……前世のコンビニスイーツを思い出すわ」


「でしょ? 私たち『あっち』の舌にはたまらないよね~」


 わたしとアリスは、「前世あるある」話に花を咲かせた。


 意外とリッチな味がするコンビニスイーツ、深夜アニメのリアタイ視聴、新作ゲームの発売日の高揚感。


 この世界にはない、けれどわたしの魂に刻まれた記憶。


 それを共有できる相手がいるというのは、意外と心地よいものだ。


 と、その時。


 ズン、ズン、ズン……と、重い足音が近づいてきた。


「……レヴィーネ様」


 振り返ると、お玉を持ったミリアが、般若のような形相で仁王立ちしていた。


 背後には、得体の知れない黒いオーラ(嫉妬の炎)が渦巻いている。


「楽しそうですね。……私には分からない、『ふたりだけの言葉』で盛り上がって」


「ひぃッ!? ミ、ミリアちゃん? 目が笑ってないよ?」


 アリスが怯えてわたしの後ろに隠れる。


「アリスさん。……貴女、レヴィーネ様と同郷だからって、調子に乗っていませんか? 私はね、レヴィーネ様のためなら海だって渡ったし、巨大リュックだって背負ったし、ちゃんこ鍋だって千回は作ったんですよ?」


「あ、うん、すごいね……(この子、重い……! 物理的にも感情的にも!)」


「ミリア、嫉妬は見苦しいわよ。ちゃんこの火加減は大丈夫なの?」


 わたしがたしなめると、ミリアはハッとして表情を崩した。


「ああんっ! レヴィーネ様に冷たくされた! でもその冷徹な視線もゾクゾクします! ……はい、すぐに戻ります! 野郎ども! 休憩終わり! 腕立て伏せ五百回追加です!!」


 ミリアは嵐のように去っていった。


 残されたアリスが、深いため息をつく。


「……レヴィちゃん。あの子、将来とんでもない大物になるか、ラスボスになるかのどっちかだよ」


「否定はしないわ。……でも、頼もしいでしょう?」


 わたしは湯気の向こうで躍動するミリアを見つめ、小さく笑った。


 この日常があるからこそ、戦える。


 守るべき場所は、ここにあるのだ。


 そして、守るべき人はもう一人いる。



 ◆◆◆



 道場での喧騒から一転。


 わたしとアリスは、人目を忍んで王宮の離宮――第一皇子の病室を訪れていた。


 ベッドの上には、依然として虚ろな目のままの第一皇子が横たわっている。


 スキル「王の威光」を奪われ、廃人同然となった帝国の至宝。


「……アリス。やれる?」


 わたしの問いに、アリスは真剣な表情で頷いた。


 いつもの軽薄な態度は消え、そこにはかつて「聖女」として祭り上げられた少女の、本来の気高さがあった。


「うん。……『魅了』は、私の望みが生んだ歪んだ力だったけど……本来の『光魔法』の適性は本物だから」


 アリスは静かに両手をかざした。


 彼女の手のひらから、温かく、澄んだ光が溢れ出す。


 それは、ラノリアで見たような強制力を伴う毒々しい光ではない。


 傷ついた魂を包み込み、癒やすような、純粋な祈りの光だ。


「……戻ってきて。あなたの魂は、まだここにあるはずだから」


 光が皇子の体を包み込む。


 奪われたスキルそのものは戻らない。


 欠損したデータは、ケビンを倒して解放するしかない。


 だが、アリスが行っているのは、欠損した部分から漏れ出す生命力を繋ぎ止め、傷ついた精神の回路をバイパスする処置だ。


「う……、あ……」


 数分後。


 皇子の瞳に、微かな光が戻った。


 焦点が合い、わたしたちの姿を認識する。


「……レヴィーネ……嬢、か……?」


 掠れた、弱々しい声。


 だが、確かに意識がある。


「兄上! 気がつかれましたか!」


 控えていた第二皇子が駆け寄る。


「……ああ。体が、軽い。……彼女が、やってくれたのか?」


 皇子はアリスを見て、感謝の眼差しを向けた。


 アリスは額の汗を拭い、照れくさそうに笑った。


「応急処置ですけどね。……完全に治すには、泥棒から盗品を取り返すしかありません」


「……そうか。私は、奪われたのか。あのような男に、誇りを……」


 皇子は悔しげに拳を握りしめようとしたが、力が入らない。


 だが、その瞳の奥には、決して消えない炎が灯っていた。


「レヴィーネ嬢。……頼みがある」


「何でしょう?」


「来週の御前試合……。私も、連れて行ってくれ」


 周囲がざわめく。


「無理です」「お体に障ります」と侍従たちが止める。


 だが、皇子は首を横に振った。


「見届けなければならないんだ。……私の『威光』が、悪意を持って振るわれる様を。そして……君がそれを、へし折ってくれる瞬間を」


 皇子は、わたしの目を真っ直ぐに見つめた。


 スキルはなくとも、その精神性はまさしく王者だった。


「……自分の不甲斐なさを噛み締め、君の勝利を目に焼き付ける。それが、今の私にできる唯一の戦いだ」


 わたしは、その覚悟に震えた。


 これこそが、人の強さだ。


 数値やスキルでは測れない、魂の輝き。


「……承知いたしました」


 わたしは深く一礼した。


「特等席をご用意させますわ。……ご安心ください。貴方様の『威光』、必ず取り戻してご覧に入れます」


 アリスも、ガッツポーズを作ってみせる。


 これで、舞台は整った。


 あとは、主役(悪役)が暴れるだけだ。

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