第033話 数値至上主義
ラノリア王国での「聖地巡礼(という名の殴り込み)」を終え、わたし、レヴィーネ・ヴィータヴェンは数ヶ月ぶりに帝国の土を踏んだ。
到着したのは、我がヴィータヴェン領にも近い、帝国の東端に位置する貿易港だ。
海鳥の声、荷揚げをする男たちの掛け声、そして市場の喧騒。
ラノリアの、あの死んだように静かで無機質な街並みとは大違いだ。
「……ふぅ。やっぱり、故郷の空気は美味しいわね」
わたしはタラップを降りながら、大きく伸びをした。
潮風には、活気という名のスパイスが含まれている。
これこそが、人間の営む街の匂いだ。
「ここが帝国……! うわぁ、活気がある! それに、なんだかみんな強そう!」
わたしの後ろで、目をキラキラさせてはしゃいでいるのは、ラノリアから「短期留学生」として連れてきた元・聖女のアリスだ。
彼女は今、ピンクブロンドの髪を三つ編みにし、地味な眼鏡をかけた変装姿だ。
かつての「あざといヒロイン」の面影はなく、初めての異国に興奮するただの田舎娘といった風情である。
「はしゃぎすぎよ、アリス。ここはまだ辺境の港町よ。帝都に着いたら腰を抜かすんじゃないかしら」
「むぅ、田舎者扱いしないでよ、レヴィちゃん。……でも、本当にいいのかな。私みたいな元・犯罪者が、こんな堂々と」
アリスは少しだけ不安そうに、けれど親しげにわたしの腕をつついてきた。
彼女は今、わたしのことを「レヴィちゃん」と呼んでいる。
かつては敵対していたが、地下迷宮での一件以来、互いに前世の記憶を持つ「同郷のよしみ」とでも言うべきか、今ではこうして軽口を叩き合う友人のような関係になっていた。
「気にすることないわ。あなたは被害者で、更生のための留学。書類上は完璧よ」
わたしはアリスの背中をバンと叩いて励ました(少し力が入りすぎて彼女は前のめりに吹っ飛んだが)。
その様子を後ろからじっとりと睨みつけている視線があった。
自分の背丈ほどもある巨大なリュックを軽々と背負ったミリアだ。
「……レヴィーネ様にお気安く触れるなんて。元・敵国の洗脳兵器のくせに」
ボソリと呟くミリアの声には、隠しきれない嫉妬が滲んでいる。
彼女にとってレヴィーネ様は絶対的な崇拝対象。
ラノリアでアリスと敵対していた経緯もあり、急に距離を詰めてきた「ポッと出」のアリスのことが、どうにも気に入らないらしい。
「まあまあミリア。仲良くしなさいな。……それにしても、その荷物。行きよりも増えていない?」
わたしが話題を変えるようにリュックを指差すと、ミリアはパァッと表情を明るくして、得意げに胸を張った。
「はい! 中身はラノリア復興の新名物、『聖都煎餅(焦がしショーユ味)』と『聖都まんじゅう(甘ミソあん)』です!」
リュックからは、香ばしい醤油と甘い味噌の香りが漂っている。
そう、かつてわたしがラノリアの死んだような商店街で嘆いた「参道ビジネス」の欠如。
それを解決するため、ギルベルトたちがわたしのアイデアを採用し、ミリアの実家から輸入した味噌と醤油を使って開発した新商品だ。
今やラノリアでは、巡礼者たちがこぞって買い求める大ヒット商品になっているらしい。
「私が持ち込んだお味噌とお醤油の売り上げで、買い占められるだけ買ってきました! レヴィーネ様親衛隊のみんなへのお土産にちょうどいいかと思いまして!」
「ちゃっかりしてるわね、あなた……」
たくましい限りだ。
さて、ここからは手配してあるヴィータヴェン家の馬車で帝都へ向かうことになるのだが――。
「レヴィーネ様! あちらをご覧ください! お迎えの方々が!」
ミリアが指差す先。
港の広場の一角に、見慣れた帝都貴族院の制服を着た集団が陣取っていた。
ミリアを筆頭とする「レヴィーネ様親衛隊」のメンバーたちだ。
彼らはわたしが留学している間、帝都に残っていたはずだが……。
「レヴィーネ様ぁぁぁ!!」
「ご無事で! ご無事で何よりですぅぅ!」
「お待ちしておりましたーーッ!!」
数十名の男女が、ハンカチで目元を拭いながら手を振っている。
相変わらず、泣き虫で善良な子たちだ。
わたしは少し表情を緩め、彼らの元へと歩み寄った。
「ただいま。……それにしても、随分と大掛かりな出迎えね」
わたしは彼らを見回し、呆れたように、しかし口元を緩めて言った。
「帝都からこの東の果ての港まで、馬車で何日かかると思っているの? 休暇中とはいえ、わざわざここまで来るなんて、あなたたちも物好きね」
「そ、そんな! レヴィーネ様が帰還されると聞いて、じっとしていられるわけがありません!」
「そうです! 私たちの希望の星が帰還されたのですから!」
代表の男子生徒が、鼻をすすりながら答える。
だが、わたしはすぐに、ある「違和感」に気づいた。
(……変ね)
彼らは再会を喜んでくれている。
それは間違いない。
けれど、その表情の奥底に、どこか怯えるような、憔悴しきった色が浮かんでいる。
長旅の疲れだけではない。
もっと根本的な、自信や覇気といったものが削ぎ落とされているような顔だ。
それに何より――彼らの制服の胸元に、奇妙なプレートがぶら下がっているのが気になった。
「……ねえ。その胸のプレート、何?」
わたしが指差すと、彼らはビクリと肩を震わせ、恥じるようにプレートを手で隠した。
チラリと見えたその金属板には、『ランクF』『ゴミ』『無能』といった、およそ名札とは思えない侮蔑的な単語や数値が刻まれていた。
「……これはどういうこと?」
わたしの声が低くなる。
代表の生徒は、悔しそうに唇を噛み、俯いたまま震える声で答えた。
「……申し訳ありません、レヴィーネ様。お帰り早々、こんな無様な姿を……」
「謝罪はいらないわ。状況を説明なさい。わたしがいない間に、帝都で何があったの?」
彼は周囲の視線に耐えるように身を縮め、重い口を開いた。
「……変わってしまったんです、学園が。いえ、帝都全体が」
彼の説明によると、ここ数ヶ月の間に、帝都ではある「転入生」が持ち込んだ奇妙な魔道具が流行し始めたという。
それは、かざすだけで相手の潜在能力を数値化し、保有する才能を表示するという「鑑定プレート」なるものだった。
「最初はただの流行りのおもちゃだと思っていました。でも……いつの間にか、それが絶対的な評価基準になってしまったんです」
剣術の努力も、魔法の研鑽も、学問の積み重ねも。
すべてが「数値」と「レアリティ」の前には無意味とされた。
「僕たちのような、地道に努力するしか能がない者は『Fランク』の烙印を押され……。逆に、一度も剣を振ったことがないような奴でも、生まれつき高い数値を持っていれば、それだけで英雄扱いです」
彼らは、帝都に居場所をなくしていたのだ。
だからこそ、唯一の希望であるわたしを出迎えるために、逃げるようにしてこの東の港までやってきたのかもしれない。
そういえば、以前わたしがパイプ椅子で脳天をカチ割り、物理的に洗脳を解いた有象無象の貴族子弟たちはどうしているのだろうか。
第二皇子から事情を聞かされ、改心したはずだが。
「彼らもまた、鑑定の結果『Cランク』や『Dランク』といった平凡な数値しか出ず……今では『家柄だけの無能』と罵られ、かつての取り巻きたちからも見放されて、教室の隅で小さくなっています」
努力は無意味。
過程は不要。
生まれ持った「数値」という結果だけが全て。
それは、かつてわたしがラノリアで見た、管理者に支配された世界と似ている。
いや、個人の尊厳を数値という檻に閉じ込めている分、より悪質でタチが悪いかもしれない。
「……なにそれ。クソつまらない世界ね」
わたしは吐き捨てるように言った。
親衛隊のみんなが俯いているのも無理はない。
彼らは「数値が低い」という烙印を押され、努力することさえ否定されているのだ。
「その『転入生』というのは、何者なの?」
「ケビン、という男です。平民出身らしいのですが……『SSSランク』の数値を叩き出し、あっという間に学園の頂点に立ちました。今では生徒会も、教師たちさえも、彼と彼の持つ『鑑定プレート』の言いなりです」
「ケビン……」
その名前を聞いた瞬間、アリスが青ざめた顔でわたしの袖を引いた。
「レ、レヴィちゃん……。その名前、聞いたことがあるわけじゃないけど……なんだか、嫌な予感がする。私と同じ『におい』がするの。でも、もっと……腐ってる」
元・暴走転生者であるアリスの直感。
つまり、その男は自分の人生を「ゲーム」だと認識し、他人をNPCか経験値としか思っていない傲慢なプレイヤーの可能性がある。
わたしは鉄扇をパチンと鳴らした。
「なるほどね。留守の間に、随分とつまらない模様替えをしてくれたものだわ」
わたしは親衛隊のメンバーたちを見回し、不敵に笑いかけた。
「顔を上げなさい。アンタたちのボスが帰ってきたのよ?」
「レ、レヴィーネ様……」
「そんなふざけた数値の物差し、帝都に戻り次第、わたしの筋肉とパイプ椅子で、粉々にへし折って差し上げるわ。……さあ、出発よ!」
「は、はいッ!!」
彼らの目に、微かに光が戻る。
わたしたちを乗せた馬車は、不穏な空気が待つ帝都へ向けて、車輪を回し始めた。
待っていなさい、ケビンとかいう小僧。
その腐った性根、物理で叩き直してあげるから。
本日より【第5部 帝都帰還・数値至上主義粉砕編】がスタートです。
泥棒猫のチート能力を、物理でへし折りにいく回です。
それでは、ここから先もどうぞよろしくお願いします。
押忍!




