第031話 決着
「んっ、ふぅッ!!」
ブチブチブチブチィッ!!!
大聖堂全体から、何かが千切れる音が響いた。
末端から重心へ。
外部への接続、魔力の供給路、防衛機構。
管理者を管理者たらしめていた手足を、影魔法による物理干渉で、全て切断・消滅させていく。
『ア、アアアア……ッ!? 接続ガ、切レル……! 我ガ、縮小シテイク……!?』
世界を覆うほど巨大だった管理者の気配が、急速に萎んでいく。
逃げ場を失い、手足を削がれた古代の遺物は、アリスという核周辺のみに押し込められていく。
「そろそろ頃合いね」
わたしは瓦礫と化した部屋の中央で、両手を広げた。
周囲の闇が質量を持ち、わたしの記憶にある「形状」へと組み上がっていく。
「――アリーナ!!!」
ゴゴゴゴゴゴ……!
闇が椅子になり、バルコニーになり、照明になり、熱気となる。
再現されたのは、収容人数二千人弱。
決して広くはない。
だが、世界中のどのドームよりも熱く、濃密で、数々の伝説が生まれた「あの聖地」。
わたしが前世で憧れ、夢に見続けた場所。
『ドコだ……ココは……!?』
重心に向かって物理的存在を次々に消滅させられ、丸裸にされた管理者の「コア」は、いまやアリーナの中心に収まるサイズにまで零落していた。
わたしは、その中心に向かって、高らかに宣言する。
「――リング!!」
バンッ!!
闇が高さ九十センチ、六メートル四方の四角いキャンバスを形成し、四本の鋼鉄の支柱が立つ。
三本のロープが張られ、逃げ場のない四角いジャングルが完成する。
その中央で、わたしとアリスと、その背後に実体化した管理者の本体――醜悪な肉塊のようにうごめくサーバーが対峙した。
『キ、危険……! 隔離領域ノ発生ヲ検知! 退避、退避……!』
サーバーはあがくように、おぞましいケーブルの触手をリング外に伸ばして、存在を拡張し、この空間から逃れようとする。
だが、遅い。
「――させないわよ。金網ッッ!!!」
ズドォォォォォンッ!!
わたしの魔力で形成された、高さ六メートル、総重量五トンの黒い「金網」が、轟音と共に天井から落下し、リング全体を覆い尽くした。
アリーナ、リング、そして金網。
対魔力・耐物理の強力無比な三重結界だ。
何者であっても、この場からは逃れられない。
全ての決着がつくまで――。
「いまさら宣言するまでもないわね。試合形式は! ノーDQ」
わたしは「漆黒の玉座」を構え、逃げ場を失って震える肉塊を見据えた。
「参ったさえも認めない。相手を完全に『破壊』し、戦闘不能にした勝者だけが、この金網地獄から出られる――金網デスマッチよ!!」
『ア、アアア……ッ!!』
管理者が絶叫し、無数のケーブルを槍のように突き出してくる。
だが、今のわたしには止まって見える。
「無駄よッ!!」
わたしは身体強化を限界まで開放し、迫りくるケーブルを「玉座」の一振りで薙ぎ払った。
ブチブチブチッ! と千切れたケーブルが、光の粒子となって霧散していく。
「これがアンタの『痛み』よ! 管理者気取りで、安全圏から他人を操ってきたツケを払いなさい!」
わたしは踏み込んだ。
アリスを傷つけないよう、ミリ単位の精密さで、その背後のサーバー本体だけを狙う。
ガゴォォォォンッ!!!
玉座がサーバーの肉にめり込む。
物理的な衝撃と、闇魔法の侵食。
二つの破壊の力が、システムの中枢を食い荒らす。
『イ、タ……イ……!? データガ、欠損スル……! 存在ガ、消エル……!?』
「まだよ! まだ終わらない!」
わたしは攻撃の手を緩めない。
一撃、二撃、三撃。
金網に反響する打撃音。
飛び散る火花とノイズ。
醜悪な肉塊が削げ落ち、剥がれ落ち、さらさらとした光の粒子へと還元されていく。
「これでぇぇぇッ! ラストォォォッ!!」
わたしはコーナーポストに駆け上がり、そこから金網の天井付近へと跳躍した。
そのまま前宙しつつ「玉座」を振り下ろす。
重力と回転を加えた、渾身のダイビング・チェアショット。
ズドォォォォォォォンッ!!!!!
世界が白く染まった。
サーバーの核が粉砕され、管理者の断末魔すら残さず、膨大な光となって弾け飛んだ。
静寂。
光が収まると、そこにはもう、醜悪な管理者は存在しなかった。
あるのは、崩れかけた瓦礫と、空中に舞う美しい光の塵だけ。
わたしは、支えを失って倒れ込むアリスを、優しく抱きとめた。
彼女は糸が切れたように眠っている。
その顔は安らかだった。
「……お疲れ様。メインイベントは終わったわよ」
わたしはアリスを横抱きにし、立ち上がった。
役目を終えた金網とリングが、黒い霧となって消滅していく。
同時に、周囲の空間――大聖堂の地下全体が、ゴゴゴゴと音を立てて崩落を始めた。
管理者を失い、物理的な支柱も失ったこの場所は、もう保たない。
「帰りましょうか」
わたしはアリスを抱えたまま、崩れ落ちてくる天井の瓦礫を、ステップ一つで軽やかに躱した。
走る。
崩壊する迷宮を、光の射す方へ。
ドガァァァン!!
背後で爆発音が響く。
熱波が背中を押す。
わたしは前だけを見据え、最後の扉――地上への出口を蹴り破った。
バァァァァンッ!!
視界いっぱいに広がる、眩い白。
そして、頬を撫でる冷たくも心地よい風。
瓦礫と土煙を突き破り、わたしは外の世界へと飛び出した。
背後では、ラノリアの象徴であった大聖堂が、巨大な音を立てて崩れ落ちていく。
数百年の歴史と妄執が、土煙となって空へ還っていく。
その崩壊を背に、わたしは朝日の中に着地した。
腕の中には、糸が切れたように眠る一人の少女。
支配による強制から解放されたその寝顔は、聖女でもヒロインでもない、ただの年相応の少女のものだった。
(……紙一重、だったのかもしれないわね)
ふと、そんな思いが脳裏をよぎった。
わたしには、愛してくれる両親がいた。
導いてくれる師匠がいた。
そして何より「筋肉」という確かな現実の重みがあったからこそ、今のわたしでいられた。
けれど、彼女はどうだったのだろう。
もしも、転生した場所や境遇が違っていたら。
孤独な闇の中で、甘い夢を見せてくれる「運営」の声だけが救いだったとしたら。
「……わたしも、あなたのようになったかもしれない」
虚構の揺り籠に囚われ、その能力を骨の髄まで利用されるだけの哀れな人形。
そう考えると、さっきまで敵意を向けられていた少女に対し、胸の奥からどうしようもない同情めいた気持ちが湧き上がってくるのを止められなかった。
「……重いわね」
わたしは、腕の中の少女を、少しだけ強く抱き直した。
それは物理的な重さではない。
彼女が背負わされていた、数百年の亡霊の重みだ。
でも、もう終わりだ。
この重みは、わたしが断ち切った。
周りを見渡せば、ギルベルトやミリア、そしてちゃんこ道場門下生の面々が、泥だらけの顔で、しかし晴れ晴れとした笑顔でこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「姐さん!!」
「レヴィーネ様ー!!」
歓声が響く。
わたしは大きく息を吸い込み、朝日を全身に浴びた。
空気が美味い。
勝ったのだ。
理不尽な運命に。
物理と筋肉で。
「……ふぅ。いい運動だったわ」
わたしは心地よい疲労感と共に、笑みをこぼした。
全てが終わった。
あとは――この子にも、温かいご飯を食べさせてあげなくては。




