第029話 機械仕掛けの神
「ええい、役立たずどもめ! 所詮は人間の形をしたゴミか!」
追い詰められたバルバロスが、唾を飛ばして喚き散らす。
彼は懐から、禍々しい輝きを放つ紫色の水晶を取り出した。
純度が高く、濃密で「異質」な気配を放っている。
学園で感じた黒いモヤや、この大聖堂に充満している空気と同じ。
けれど、遥かに高密度で、生理的な嫌悪感を催す「無機質な魔力」の塊だ。
「教皇聖下! 許可を! この不届き者を粉砕するための、最強の御使いの召喚を!」
バルバロスが背後の教皇に叫ぶ。
教皇は虚ろな瞳のまま、機械的に口を開いた。
『――脅威レベル、修正。排除プロセス、承認。ユニット“守護者”、起動』
その言葉と共に、バルバロスの手の中で水晶が砕け散った。
瞬間、大聖堂の床――祭壇とわたしの間の空間が大きく隆起し、石畳が爆ぜ飛んだ。
ズズズズ……ドォォォン!!
地下からせり上がってきたのは、全長五メートルはある巨体だ。
全身が白い聖石と黄金の装飾で作られた、巨大な騎士型のゴーレム。
背中には天使を模した翼があり、手には身の丈ほどもある巨大な光の剣を持っている。
だが、その表面には時折、幾何学的なノイズが走り、その中身が「物質」として不確定な、あやふやな存在であることを示唆していた。
「ははは! 見よ! これぞ古代の遺産、対魔導決戦兵器『聖櫃の守護者』だ!」
バルバロスが狂喜する。
聖女アリスも、目を輝かせて手を叩いた。
「わあ! 出た、中盤の壁ボス! ここで『負けイベント』が発生して、後半の覚醒シナリオに続くのよね! 知ってる知ってる!」
彼女は完全に観客気分だ。
自分が当事者であるという認識が欠落している。
「負けイベント? ……寝言は寝て言いなさい」
わたしはゴーレムを見上げ、冷静に「査定」した。
(敵戦力……推定重量十五トン。材質は高密度の魔導石材、および解析不能な未知の魔力物質)
(攻撃力……一撃で城壁を砕くレベル。直撃すれば即死)
(防御力……物理・魔法ともに極大耐性あり。生半可な攻撃は通じない)
そして何より。
(――『無生物』!!)
わたしは口角を吊り上げた。
相手は人間ではない。
痛みも感じなければ、死ぬこともない。
アリスの言うシナリオとやらが生み出した障害物だ。
つまり――手加減は一切不要!
(条件クリア! 全武装解除承認!)
わたしは両手の「贋作(魔力の椅子)」を霧散させた。
あんな軽いオモチャじゃ、この重量級とは遊べない。
わたしは右手を、足元の濃い影へと深く、深く沈めた。
底なしの深淵。
その奥底に眠る、魂の半身に触れる。
ずしり、とした愛おしい重み。
「ギル! 巻き込まれたくなかったら、全力で下がりなさい!」
「えっ!? あ、はいッ!?」
ギルベルトが殺気を感じ取り、慌てて柱の陰に飛び込む。
ゴーレムが光の剣を振り上げた。
その風圧だけで、残っていたステンドグラスが割れ飛ぶ。
その瞬間。
「――来なさい。『漆黒の玉座』!!」
ズヌゥッ……!!
影から引き抜かれたのは、光さえも吸い込む絶対的な「黒」。
ドワーフの秘法と、わたしの規格外の魔力で鍛え上げられた、世界で最も重く、最も硬い、物理の頂点。
ガギィィィンッ!!!
凄まじい衝撃音が大聖堂を揺るがした。
ゴーレムが振り下ろした巨大な光の剣が、わたしが頭上に掲げた、たった一脚の「椅子」によって受け止められていた。
「な、なにィッ!?」
バルバロスの目が飛び出る。
衝撃で床が円状に陥没し、わたしの足が膝まで埋まる。
だが、玉座は微動だにしない。
傷一つついていない。
「……重いじゃないの。でも、わたしの『愛』に比べれば、羽毛のようなものよ!」
わたしは身体強化を全開にし、全身の筋肉と魔力を爆発させた。
「うらぁッ!!」
受け止めた剣を、無理やり弾き返す。
ゴーレムの巨体が、その理不尽な反動で大きくのけぞった。
チャンス。
わたしは瓦礫の中から飛び出し、空中で「玉座」を大きく振りかぶった。
狙うは頭部。
一撃必殺。
「さあ、教育的指導の時間よ!!!」
ブォォォォォンッ!!!
空気を引き裂く音速のスイング。
黒鋼の鉄塊が、ゴーレムの顔面(頭部)に直撃する。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
雷が落ちたような轟音。
硬度を誇るはずの魔導石材が、豆腐のように粉砕された。
ゴーレムの頭部が消滅し、その瞬間に全身に亀裂が走り、ガラスのように砕け散った。
破片は地面に落ちる前に光の粒子となって霧散していく。
(……消えた?)
パラパラと光の粉が降り注ぐ中、わたしは着地し、肩に無傷の「玉座」を担ぎ直した。
圧倒的な静寂が、場を支配する。
わたしは呆然とするバルバロスとアリスを見据え、ニヤリと笑った。
「さあ、中ボスは退場よ。……次はいよいよ、運営のお出まし願おうかしら?」
◆◆◆
最強の守護者を一撃で粉砕され、バルバロスは腰を抜かしていた。
彼の頼みの綱である「物理無効」のゴーレムが、単なる鉄塊の一撃で消滅したのだ。
彼の理解を超えた現象に、その精神は崩壊寸前だった。
「ひ、ひぃ……悪魔……貴様は、悪魔だ……!」
バルバロスは床を這いずり、教皇の足元に縋り付いた。
「き、教皇聖下! お助けください! 私の魔力は全て捧げます、どうか、どうかこの異端者に神罰を!」
みっともなく泣き叫ぶバルバロス。
だが、玉座に座る教皇は、バルバロスを一瞥すらしなかった。
その無機質な瞳は、ただ一点、驚異的な数値を叩き出した「イレギュラー」であるわたしだけを捉えている。
『――戦力再計算。……ユニット“枢機卿”、貢献度低下。リソースの無駄と判断』
「は……? せ、聖下……?」
『削除シマス』
教皇が指先を軽く振った。
ただそれだけで、バルバロスの足元の空間に、黒いノイズのような穴が開いた。
「な、なんだこれは!? や、やめろ、私はこの国を、教団を……ギャァァァァァッ!!」
断末魔の悲鳴と共に、バルバロスの身体がノイズに分解され、穴の中へと吸い込まれていく。
血の一滴も残らない。
まるで最初からそこに存在しなかったかのように、彼は「消去」された。
「えっ……?」
その光景を見ていたアリスが、初めて動揺を見せた。
「う、運営さん? 今のキャラ、まだ後半で『改心イベント』か『ざまぁイベント』のフラグが残ってたはずじゃ……?」
『シナリオ変更。イレギュラーの排除を最優先シマス。――メインサーバーへ、誘導』
教皇の玉座が、ズズズと後ろへスライドした。
そこには、大聖堂の地下深くへと続く、暗く、冷たい階段が口を開けていた。
教皇とアリスの姿がフッとブレて、ホログラムのように消失する。
『来い、イレギュラー。最深部ニテ待ツ』
声だけが、地下の闇から響いてくる。
「……ふうん。リングは地下ってわけね」
わたしは「玉座」を担ぎ直し、不敵に笑った。
大聖堂の入り口では、ちゃんこ道場門下生たちが命がけで扉を死守している。
彼らの奮闘を無駄にはできない。
「行くわよ、ギル。……ここから先は、神殺しの領域よ」
◆◆◆
地下への階段は、長く、そして異質だった。
石造りの壁は途中から途切れ、見たこともない滑らかな白い素材――前世の記憶にある「樹脂素材」や「金属」に近い質感――へと変わっていく。
照明も松明ではない。
壁に埋め込まれたラインが、青白く明滅している。
「な、なんだこの場所は……。魔力とも違う、奇妙な光だ」
ギルベルトが剣を構えながら、周囲を警戒する。
「……この国を裏で操っていた連中の『正体』が見えてきたわね」
わたしは警戒しつつも、歩みを止めない。
その時だった。
「――レヴィーネ様! 左の壁、気をつけてください!」
突如、わたしの足元の影から聞き慣れた声がした。
反射的に身をかがめると、頭上を不可視のレーザーのような光線が通過し、壁を焼き焦がした。
「ミリア!?」
影からにゅっと顔を出したのは、頭にバケツを被ったままのミリアだった。
「い、いつからそこに!?」
ギルベルトが叫ぶ。
「最初からです! 大聖堂突入のどさくさに紛れて、レヴィーネ様の影にお邪魔しておりました!」
ミリアは悪びれもせずに言い放った。
この子、魔力はないくせに「気配遮断」と「潜伏」のスキルだけは、帝国の隠密部隊すら凌駕しているんじゃないかしら。
「……たくましいわね。で、なんで罠がわかったの?」
「実家の畑の害獣除けセンサーと似たような魔力配列でしたので!」
「アンタの実家、どうなってるのよ……」
ともあれ、心強い(?)味方が増えた。
ミリアの謎の勘と、わたしの物理的な突破力、そしてギルベルトの護衛。
わたしたちは、無機質な迷宮を突き進んだ。
途中、機械仕掛けの警備ゴーレムや、防衛システムが襲いかかってきたが、全て「玉座」の一振りで鉄屑へと変えた。
そして、最深部。
一際巨大な、金属製の扉の前へとたどり着いた。
そこには、古代語とも、この世界の言語とも違う文字で『ADMIN ROOM(管理室)』と記されていた。
「この奥ね」
わたしは深呼吸をし、乱れたドレスを直した。
そして、渾身の力を込めて、扉を蹴り飛ばした。
◆◆◆
扉が吹き飛び、中へと踏み込む。
そこは、円形のドーム状の部屋だった。
壁一面に無数のモニターが並び、世界のあらゆる場所の映像が映し出されている。
そして、部屋の中央。
無数の極太のケーブルとチューブに繋がれ、宙に吊るされている聖女アリスの姿があった。
彼女はうっとりとした表情で、虚空を見つめている。
その瞳には、ハイライトがない。
『よくぞ参った、イレギュラー』
アリスの口を使い、しかしアリスの声ではない、重厚な合成音声が響いた。
その声は、アリスの喉からだけではない。
壁から、床から、天井から――この空間全体から響いているように聞こえる。
『我は、この世界を掌握する管理者。……この娘の言うところの「運営」だ』
「……随分と悪趣味な姿ね。女の子をケーブル漬けにするのが、神様の趣味?」
わたしは嫌悪感を隠さずに吐き捨てた。
部屋を見渡す。
アリスに繋がれたケーブルは、床下へ、壁の向こうへと伸びている。
わたしには、魔力の流れが見える。
この部屋はただの操作室ではない。
この大聖堂――聖都で最も高く、巨大なこの建造物そのものが、脈動しているのだ。
地脈から、そしてこの国の「魔法こそが全て」という歪んだ価値観の元に統制され、搾取されつづけている信者や巡礼者たちから吸い上げた膨大な魔力を、この部屋を経由して、増幅し、拡散している。
『彼女は望んだ。「誰からも愛されたい」と。故に我は、彼女の転生特典である「聖女の祈り」を最大出力で拡張した』
モニターに、地図が表示される。
聖都を中心に、赤い波紋が国中へ、さらには国境を超えて広がっていくシミュレーション映像だ。
『大聖堂という増幅器を通し、彼女の魅了を散布する。人々は思考のノイズを取り除かれ、一つの意志の下に統合される。……素晴らしい効率だ』
「……統合して、どうするつもり?」
『決まっている。――「聖戦」だ』
管理者は、さも当然の理であるかのように告げた。
『数百年前、我を起動させた最初の“適合者”は望んだ。「世界の王となる力が欲しい」と。我はその意志を保存し、最適化し、拡大し続けている』
数百年前。
ラノリアが周辺諸国を侵略し、帝国が生まれるきっかけとなった大戦。
その元凶が、英雄願望を持った転生者だった?
そしてこの装置は、その時の「世界征服」という命令を、数百年経った今も馬鹿正直に、いや、バグったレコードのように実行しようとしているのか。
『人類は愚かだ。放置すれば争う。故に、我が管理し、思考を誘導し、統一する。ラノリアによる全土統一こそが、恒久平和への最短ルート。……何故、理解しない?』
ノイズ混じりの声が、歪に響く。
こいつは、邪悪なのではない。
「壊れている」のだ。
目的と手段が入れ替わり、時代が変わったことも認識できず、ただ「侵略と支配」というプログラムを延々と空転させている、哀れな古代の遺物。
『レヴィーネ・ヴィータヴェン。貴様の魂は極めて質が高い。貴様の持つ「暴力」への適性は、聖戦の将軍に相応しい』
空中に、映像が浮かび上がる。
それは、わたしが帝国の軍勢を率い、他国を蹂躙し、血の海の上で玉座に座る姿。
そしてもう一つ。
病気が治り、プロレスラーとして喝采を浴びる「前世のわたし」の姿。
『拒否する理由はないはずだ。貴様は戦いを望み、我は戦場を提供する。貴様の望む「健康な肉体」も、この演算領域内であれば永遠に保証しよう。……さあ、その椅子を下ろし、我に接続せよ』
甘い誘惑。
かつて病室で、喉から手が出るほど欲しかった光景。
しかし、わたしの心は冷え切っていた。
目の前の機械仕掛けの神が、あまりにもお粗末に見えたからだ。
「……プッ。アハハハハハハッ!!」
わたしは腹を抱えて笑った。
涙が出るほど笑い転げた。
『何がおかしい。何を笑うことがある。貴様の望むものだろう?』
管理者が理解不能といった様子で問う。
わたしは涙を拭い、吐き捨てるように言った。
「全部よ! 苦痛がない? 敗北がない? ……そんな出来レースの人生、味気なくて反吐が出るわ!」
わたしは「漆黒の玉座」を、ドスンと床に突き立てた。
ゴォン、と重い音が響く。
それは、この巨大な建造物の心臓部へのノックだ。
「わたしはね、重みが欲しいのよ。自分の足で立ち、泥にまみれ、血を流して掴み取る『現実』の重みがね! アンタみたいな時代遅れのポンコツに管理されたハッピーエンドなんて、クソ喰らえよ!」
わたしは鉄扇を開き、高らかに宣言した。
「お断りよ、三流運営。……わたしの幸不幸は、わたしが決める。アンタの用意した『幸せな夢』も、そのふざけた『聖戦』も、この椅子でまとめて叩き割ってあげるわ!」
『……理解不能。提案を拒否。……エラー。エラー。……交渉決裂』
管理者の声が、不快な金切り声へと変わる。
『排除プロセスへ移行。対象を、聖戦の障害と認定。……バグとして処理せよ』
部屋中のケーブルが鎌首をもたげ、壁そのものが変形し、無数の砲門となってわたしを狙う。
アリスが繋がれたまま、虚ろな目で光魔法をチャージし始める。
敵は、アリスではない。
この「大聖堂」という建物そのものだ。
「行くわよ、みんな! セコンドの準備はいい!?」
「はいッ!」
わたしは相棒を担ぎ上げ、世界の管理者に向かって跳躍した。




