↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の凶器はドス黒いパイプ椅子です ~目指すは最強の悪役、あらゆる理不尽はこのパイプ椅子でぶっ飛ばしますわ~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第4部】聖教国ラノリア・殴り込み編 ~聖女の「運営」システム、ちゃんこ鍋で破壊しました~
PR
25/87

第025話 筋肉には飯

 ちゃんこの具材を求めて、わたし達は王都ルミナリスの市街地へと繰り出した。


 メインストリートは、白亜の石畳が敷き詰められ、整然として美しい。


 だが、わたしは歩き始めて五分で、不機嫌そうに鉄扇で肩を叩いた。


「……なんなのよ、この街は。死んでいるわ」


「えっ? 人は結構歩いていますけど……」


 ギルベルトが巡礼者の列を見ながら首をかしげる。


「活気の話よ!」


 わたしは通りに立ち並ぶ店を指差した。


 どこの店も、看板は地味で、商品は埃を被り、店主はやる気なさそうに欠伸をしている。


 とにかく活気がない。


 唯一、立派な店構えをして客が入っているのは、魔法薬(ポーション)や魔石を扱う店だけだ。


「帝都の、あの着飾った砂糖細工のような、胃もたれしそうな煌びやかな文化もどうかと思ったけれど……。この街の、枯れ木のようなやる気のなさも、大概ね」


 わたしは呆れ果てた。


 ラノリア大聖堂は、大陸中から巡礼者が訪れる聖地だ。


 そして大聖堂につながるこのショッピングストリートは、申し訳程度のやる気で作られた「巡礼者のため」のものなのだろう。


 だというのに、観光客向けの店が一つもない。


 ついでに精肉店もなければ、青果店にも求めるレベルのものがない。


 買い物に行くとだけを伝えて、ギルに案内を任せたのが間違いだった。


 あとでしばく。


 それにしても。


「普通、こういう場所には『参道ビジネス』というものが自然発生するものでしょう?」


「参道……ビジネス?」


「ええ! たとえば、『元祖・聖都まんじゅう』とか! 『本家・聖都せんべい』とか! 『聖都クッキー本舗』とか! 『銘菓・聖都の月』とか!!」


 わたしは存在しない土産物の名前を列挙した。


 薄皮の中にたっぷりの餡が詰まった饅頭。


 パリッと焼けた香ばしい煎餅。


 カスタードクリームが詰まったふわふわのスポンジケーキ。


 それらが山積みになり、売り子の威勢のいい声が飛び交う――それが、わたしの知る「聖地」の姿だ。


「なんで無いのよ!? 巡礼に来た田舎のおばあちゃんが、孫のために買うお土産はどこ!?」


「あ、あの……姐さん。この国では、清貧こそが美徳とされていて……。食事や娯楽にお金をかけるのは、あまり推奨されていないんです」


 ギルベルトが申し訳なさそうに説明する。


「それに、巡礼者は教団に多額の寄進をしますから、お土産を買う余裕なんて……」


「教団が吸い上げているだけじゃないの!」


 わたしは憤慨した。


 民衆から楽しみを奪い、金と魔力を搾取して、自分たちは裏では洗脳魔法という非人道的な実験をしている。


 改めて、ろくでもない国だ。


「食文化が発展しないわけだわ。食べる喜びも、買う楽しみも、全部『魔力』という物差しの下で窒息している」


 わたしは無駄に上品に見える虚無パンが申し訳程度に並んだショーウィンドウを睨みつけた。


「これ以上ここにいても無駄ね。来る場所を間違えたわ」


 わたしは無駄に腹を立てて踵を返した。


「ミリア、地元住民が使うような市場は調べてある?」


「はい! 港の方は肉体労働者が多いので、そこそこの市場があります!」


「探すわよ! この食文化が死んだ街に埋もれている、まだ死に絶えていない『旨味』の種を!」



 ◆◆◆



「いいこと、ギル。ちゃんこの命は『出汁(スープ)』よ。ただお湯で煮るだけじゃ、野菜の青臭さが勝ってしまうし、なにより美味しくないわ」


 わたしは目を皿のようにして、露店を巡っていた。


 狙うは、この世界の食文化では見過ごされがちな「旨味」の源泉だ。


「姐さん、出汁って……肉の煮汁のことですか?」


「甘いわ! もっと深淵なる、海の恵みよ!」


 わたしは海産物を扱うエリアへ突撃した。


 ラノリアは海に面している。


 どこかにあるはずだ。


 アレとアレが。


「……見つけたわ!」


 わたしが掴み上げたのは、木箱の隅に追いやられていた、硬く乾燥した魚と、同じく乾燥した黒っぽい海藻だった。


 二つを握ったわたしは鼻へと近づけて確認する。


 勝った。


 十分に使える。


「おいおい嬢ちゃん、そりゃ売り物にならねえよ。日干しにしすぎて固くなっちまった魚と、ただの海草だ」


 店主が呆れたように言う。


 この国では、これらは「クズ」扱いらしい。


「これを全部いただくわ! 言い値でいいわよ!」


「へ? ま、まあいいけどよ……」


 わたしは勝利の笑みを浮かべた。


 煮干しモドキと、おそらくは昆布のような海藻。


 これさえあれば、黄金のスープが作れる!


「さすがです、レヴィーネ様! まさか捨て値同然の乾物に目をつけられるとは!」


 ミリアが感心したように拍手する。


「ええ。でも、まだ足りないわ。味のベースとなる塩気とコクが……」


 塩だけでは味が尖る。


 わたしの特製スパイスでもダメだ。


 もっとこう、奥深い発酵の力が欲しい。


 わたしが唸っていると、ミリアがおずおずと手を挙げた。


「あ、あの……味付けでしたら、心当たりがあります」


 ミリアは自分のリュックをゴソゴソと漁り、黒い液体の入った瓶と、茶色のペーストが入った壺を取り出した。


 あの、どこか懐かしい匂いが強く香った。


「……あら? それは?」


「はい! 実家で作っている『ショーユ』と『ミソ』です。母が昔、東の果ての島国から流れてきた旅人から製法を教わったそうで……」


 ミリアは瓶の蓋を開けた。


 ふわりと漂う、芳醇で香ばしい香り。


 それは間違いなく、わたしの魂に刻まれた「故郷」の香りだった。


「領地の豆や麦を使って特産品にしようと父が頑張ったのですが、風味が独特すぎて全く売れず、在庫の山でして……。もったいないので、留学のついでに売り歩こうと思って大量に持ってきたんです」


(……ビンゴ! まさかこんな所に供給源(ソース)があったなんて!)


 わたしは内心でガッツポーズをした。


 神よ、見たか。


 これが「ご都合主義」ではない、執念の引き寄せ(ドロー)だ!


「素晴らしいわミリア! その独特な風味こそが、疲れた筋肉を癒やし、魂を奮い立たせる秘薬になるのよ! これをベースにスープを作るわ!」


「ええっ!? これでですか!?」


「今ある分はわたしが全部買い取るわ! それからご実家に連絡を! わたしも父にかけあって船を出してもらうわ!」


 輸送の問題はこの際財力で解決させてもらう。


 貴族の力なんてこんなときくらいしか使いようがないのだから。


 それにこの世界で味噌と醤油が手に入るとわかった以上、前世日本人としては是非抑えておきたい。


「えっ、その、なんか、大事になっていませんか? うちとレヴィーネ様のご実家でお取引なんて……」


「そんな細かいことはいいのよ! この作戦の成否はショーユとミソにかかっていると言っても過言ではないのよ! 時間が惜しいわ! 急いで!」


「は、はいッ!!」


 出汁(旨味)と、醤油&味噌(コク)。


 最強の布陣が揃った。


「さあ帰るわよ、野郎ども! 今夜はパーティーよ!」


 こうして、ラノリア王国の片隅で、歴史的な食文化革命――「ちゃんこ鍋」の産声が上がろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。