↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の凶器はドス黒いパイプ椅子です ~目指すは最強の悪役、あらゆる理不尽はこのパイプ椅子でぶっ飛ばしますわ~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第4部】聖教国ラノリア・殴り込み編 ~聖女の「運営」システム、ちゃんこ鍋で破壊しました~
PR
23/86

第023話 落ちこぼれ王子

 ギルベルト王子を舎弟(パートナー)にして数日。


 早朝の旧校舎裏庭で、わたしはギルベルトの基礎トレーニングを監督していた。


「ほら、腰が高いわよ! 屈伸(スクワット)はもっと深く! 勢いだけでやらない!」


「は、はいッ! ……うぐぐ、もう足が……」


 生まれたての子鹿のようにプルプルと震えるギルベルト。


 まだ基礎体力が足りない。


 これでは「漆黒の玉座」のメンテナンス(磨き上げ)を任せることすらできないわね。


 その時だった。


 背後の茂みから、ガサリと音がした。


「……誰?」


 わたしは瞬時に鉄扇を抜き、殺気を飛ばした。


 教団の監視者か? それともアリスの取り巻きか?


「ひゃうっ!?」


 茂みから飛び出してきたのは、小柄な人影だった。


 見覚えのある栗色の髪と、小動物のような瞳。


 そして、その背中には……異様に巨大なリュックサックを背負っている。


「……ミリア?」


 わたしは目を疑った。


 そこにいたのは、帝国の貴族院で「レヴィーネ様親衛隊」を率いていたはずの、ミリア・コーンフィールド男爵令嬢だったのだから。


「レ、レヴィーネ様ぁぁぁッ!!」


 ミリアは感極まった声を上げ、猛ダッシュでわたしに抱きつこうとした。


 わたしはそれを鉄扇で額を押さえて止める。


「ちょっと待ちなさい。なぜあなたがここにいるの? 貴族院はどうしたの?」


「えへへ……。レヴィーネ様がいない学園なんて、茶葉の入っていない紅茶のようなものですから!」


 ミリアは鼻息荒く言い放った。


「いてもたってもいられず、休学届を出して追いかけてきちゃいました! よいしょっと」


 ミリアは巨大なリュックを下ろしながら事もなげに言う。


 ズシン、と岩を落としたような音を立てて降ろされたリュックからは、どこか懐かしい匂いがした。


「追いかけてきたって……あなた単位は……いえ、それより国境はどうしたのよ? 海を渡るのよ?」


 帝国とラノリアを結ぶ航路には「魔の海域」がある。


 正規の交易船でさえ護衛が必要なのだ。


 それをどうやってすり抜けてきたのか――いずれ、この件で誰かに見咎められないとも限らない。


 頭の片隅にそう留めておく。


「貴族院の単位は全部取得済みです! それと海は貨物船の中に隠れて密航……あ、いえ、『非正規留学』してきました!!」


「……たくましいわね、あなた」


 わたしは呆れると同時に、感心した。


 魔力も腕力も乏しい彼女が、単身海を渡るなど正気の沙汰ではない。


 それを可能にしたのは、純粋すぎる信仰心(狂気)か。


 その一点だけを評価すると、ひょっとしたら彼女はかなりの「怪物」なのかもしれない。


「あ、あの……姐さん。この方は?」


 ポカンとしていたギルベルトが尋ねる。


 ミリアの目が光った。


「姐さん……? あなた、新入りですね?」


 ミリアはギルベルトに歩み寄り、ジロジロと値踏みするように観察した。


 その態度は、さっきまでの忠犬のようなものとは一変し、古参信者(ファン)としての貫禄(マウント)に満ちている。


「あ、ああ。ラノリア王国第三王子のギルベルトだ」


 ギルベルトが屈伸しながら応えた。


「王子殿下? ……ふうん。まぁ、身分なんて関係ありません。ここではレヴィーネ様への忠誠度と、筋繊維の太さが全てですからね」


 ミリアはリュックからジャージを取り出すと旅装の上から羽織り、堂々と言い放った。


 ジャージには「親衛隊長」と刺繍がされている。


「私はミリア。あなたの『姉弟子(先輩)』にあたります。……その屈伸、型が甘いですよ? 膝がつま先より前に出ています!」


「えっ、あ、ああ。そうだな」


「レヴィーネ様の美学を体現するには、指先一つの角度までこだわらなくてはなりません……ほら、こう!」


 ミリアが手本を見せる。


 得体の知れない重そうな荷物を背負っての長旅直後だというのに、そのフォームは深く、美しく、そして一切のブレがない。


 いつの間にか随分鍛えこんだようだ。


 帝都でわたしの行く先々に現れ、これみよがしにトレーニングをしながらチラチラ見てくるのを見かねて、何度かアドバイスをしたのが功を奏したらしい。


「す、すごい……! なんてリズミカルでしなやかなんだ……!!」


 ギルベルトが戦慄する。


 わたしはフッと笑った。


 使える手駒が増えた。


 それも、わたしの流儀を熟知している、最高の即戦力が。


「いいでしょう、ミリア。その根性に免じて、随伴を許可します」


「本当ですか!? やったぁ!」


「ただし! ギルの指導係と、身の回りの世話、マネージャー業務、そして……現地の情報収集。こき使うわよ?」


「望むところです! 一生ついていきます、レヴィーネ様!!」


 海外遠征先の裏庭で鍛錬をしていたら、舎弟(弟子)が二人生えたのだった。



 ◆◆◆



 その日の夕刻。


 三人での初めての食事は、学園近くの安宿の食堂で取ることになった。


 メニューを開いたわたしは、思わず眉根を寄せた。


「……パンと、具の少ないスープ。あとは干からびた葉野菜のサラダ、ですって?」


「ラノリアでは、質素倹約こそ美徳とされていますから。肉食は野蛮の証、贅沢は教義に反するとされているんです」


 ミリアが給仕からもらった案内板を見ながら説明する。


 わたしは運ばれてきたスープを一口すすり、こめかみを押さえた。


 味付けは塩のみ。


 出汁もなければ、旨味の欠片もない。


 ただ茹でた水に近い。


「……ギル。これで筋肉が育つと、本気で思っていて?」


「え……? いや、その、皆こうやって育つものだと……」


 ギルベルトが青い顔でパンをかじる。


 パサパサとした干からびたパンは、まるで前世の非常食のようだった。


「あり得ませんわ。筋肉の材料は食事から作られるのです。たんぱく質も、脂質も、糖質も足りていない。これでは、いくら鍛錬を積んでも土台が育たない」


 わたしは深いため息をついた。


 思えば、この国の住民たちは皆、どこか覇気のない、虚ろな表情をしていた。


 あれは精神汚染の影響だけではなく、単純な栄養不足も一因なのかもしれない。


「姐さん、でも……この国の食事情はどこもこんな感じです。市場を見て回りましたが、香辛料も、良い出汁になりそうな乾物も、ほとんど売られていません」


 ミリアの報告に、わたしは腕を組んだ。


(栄養不足の虚ろな瞳の住民たち。精神汚染の温床。そして、鍛錬しても育たない体……)


 これは、単なる食文化の違いでは片付けられない問題かもしれない。


「……いいでしょう。この国に足りないもの、わたしが持ち込んで差し上げますわ」


 わたしはナプキンをテーブルに叩きつけると、静かに、しかし確かな決意を込めて立ち上がった。


 ギルベルトとミリアが、揃って首をかしげる。


「レヴィーネ様……?」


「あなたたち、覚悟なさい。明日から、この国の食卓に――革命を起こしますわよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。