第022話 転生ヒロイン
その時だった。
教室の扉が勢いよく開かれた。
まず入ってきたのは、銀髪の美少年――事前資料にあった、この国の筆頭公爵令息・ユリウスだ。
だが、その足取りはどこか機械的で、虚ろな瞳は焦点が合っていない。
彼が教室に足を踏み入れた、その直後。
「きゃあ! ユリウス様、待ってぇ!」
甘ったるい声と共に、一人の少女が背後から飛び込んできた。
ピンクブロンドのふわふわした髪、庇護欲をそそる大きな瞳。
あざといまでに装飾された純白の制服を翻し、彼女は何もない平坦な床で、わざとらしくつまずいた。
「あっ、転んじゃう~!」
その瞬間、前を歩いていたユリウスが、まるでプログラムされたかのような正確さで振り返り、倒れ込む少女の体を片手で抱きとめた。
カッ!
周囲に控えていた取り巻きの男子生徒たちが、タイミングを合わせて照明魔法の光を放ち、どこから出したのか薔薇の花びらを撒き散らす。
少女はユリウスの腕の中で上目遣いになり、頬を赤らめて静止した。
まるで、「一枚絵」として画面に表示されるのを待っているかのように、不自然なほどの長さを、微動だにせずにポーズを取り続けているのだ。
(……なによ、今の三文芝居は)
わたしは呆れ果ててその光景を見ていた。
抱きとめているユリウスの表情は死んでいるし、周りの取り巻きたちは舞台装置のように背景に徹している。
彼女にとって、これは教室への入室ではなく、「登校時のラッキーイベント」の回収作業なのだ。
数秒間の「静止」の後、少女は満足げに動き出し、ユリウスからパッと離れた。
「ふぅ、『朝のドキドキハプニング』、回収完了っと♪」
彼女は教室を見渡し――そして、わたしの席で視線を止めた。
その瞬間、彼女の顔から「ヒロインの可憐な笑み」が消え、素の驚愕が張り付いた。
「あーっ!! 悪役令嬢レヴィーネだ! なんで!? 帝国追放イベントはもっと先のはずなのに!」
教室中が静まり返る。
わたしは眉をひそめた。
(……なるほど。「そういう」タイプね)
彼女はツカツカとわたしに歩み寄り、上目遣いで睨みつけてきた(身長差があるので見上げることになるのだが)。
「ちょっとあなた! ここは私のイベントスチル回収場所なのよ? バグキャラはさっさと退場してくれない?」
彼女の言葉には、微量の、しかしねっとりとした強制力が込められていた。
なるほど、事前資料にあった「聖女の祈り」と呼ばれている精神干渉魔法だろう。
確定した。
隠そうともしないメタ発言。
明らかに転移者か転生者だ。
そして世界を「なんでも自分の思い通りになるゲーム」としか認識していない、典型的な暴走プレイヤー。
前世の転生小説の中でも一番タチが悪いタイプだ。
周囲の生徒たちが「そうだ、出て行け」「聖女様を困らせるな」と敵意を向けてくる。
だが。
パチン。
わたしは鉄扇を開き、その風圧だけで、彼女の練り上げた貧弱な魔力を霧散させた。
「……なんですの? 耳障りな羽音ですわね」
「は、はぁ!? なんで魅了が効かないのよ!? 設定ミス!?」
少女が狼狽える。
わたしは彼女を見下ろし、冷酷に微笑んだ。
「バグキャラ、と仰いましたわね。……あら、光栄ですこと。あなたの脚本にない登場人物というのは、つまり『あなたの想像力が及ばなかった存在』ということでしょう? 随分と、脚本家としての力量を露呈なさいましたのね」
言葉の刃は、優雅な笑みの下に隠して差し込む。
オルガ先生仕込みの、相手の神経を逆撫でする淑女の話し方だ。
「な、なにそれ、意味わかんな……!」
少女が言葉に詰まる。
効いている証拠だ。
「設定? イベント? ……戯言は寝て言いなさい、お嬢ちゃん。ここはゲーム盤の上じゃない。――わたしのリングよ」
わたしから放たれる圧倒的な「圧」に、少女が一歩後ずさる。
彼女の背後にいた四人の攻略対象たちが、主を守ろうと殺気立った。
「下がるんだアリス。キミを傷つける者は私が排除する」
「俺のアリスを睨みつけるなんて大した度胸だな――殺してやるよ」
(……フフッ。いいわね、その敵意――でもなんだか空虚な殺気ね……?)
わたしは扇子で口元を隠し、目だけで彼らを威圧した。
「遊びたいなら相手になってあげるけれど……今は授業中よ? 躾のなっていない駄犬は、ハウスにお戻りなさい」
教室の窓ガラスが、わたしの殺気でビリビリと震える。
同時にアリスと呼ばれた少女の前に立っていた四人の男達から、殺気や敵意が消え失せたどころか、力が抜けたようにそれぞれが手にしていた魔法杖を取り落とした。
「えっ!? ちょっと! なにしたのよ! やだ、なにこれ!? バグっちゃったの!?」
アリスは慌てた様子で彼らの前に回り込むと、顔を覗き込んだり頬を軽く叩いたりしたが、反応は芳しくないようだ。
「運営に報告しなきゃ……! お、覚えてなさいよ! 私の『逆ハーレムルート』を邪魔するなら、断罪イベントを早めて処刑してやるんだから!」
顔を真っ赤にして、そう捨て台詞を吐くと、彼女は取り巻きを引き連れて教室を出て行った。
わたしはため息をつき、空いている席に座った。
……やれやれ。
思った以上にレベルが低い。
差詰め、アリスにとってこの世界は、攻略対象が戦闘ユニットを兼ねるタイプの乙女ゲームなのだろう。
殺気にあてられた程度で動作不良を起こす戦闘ユニットなんてあるわけがない。
単純にわたしの殺気による恐怖が、彼らにかけられた洗脳を上回っただけにすぎない。
ただ、アリスが言い残した「運営」という言葉だけがひっかかった。
事前資料では「聖女」と呼ばれている少女を教団に「迎えて」以降、ラノリア王国は各国に工作員を送り込んでいるようだとあった。
ことはアリス一人の精神干渉魔法の力だけではない。
この問題は意外と根深そうだ。
◆◆◆
放課後。
わたしはオルガ先生から託された紹介状を手に、学園の裏手にある旧校舎へと向かっていた。
「現地の協力者」は、そこにいるらしい。
廃墟同然のその場所からは、ドスン、ドスンという、何かが何かにぶつかるような鈍い音が聞こえてくる。
「……?」
崩れかけた石壁の隙間から中庭を覗くと、一人の少年が、上半身裸で巨大な岩と格闘していた。
金髪に碧眼、整った顔立ちだが、その体は細く、筋肉も薄い。
必死に岩を持ち上げようとしているが、ビクともしていない。
手は血だらけだ。
彼が、ラノリア王国第三王子、ギルベルトだ。
この国では「魔力を持たざる欠陥品」として蔑まれ、王位継承権も事実上剥奪されている不遇の王子。
「くそっ……! なぜだ、なぜ上がらない! 筋肉さえあれば……魔法などなくとも……!」
彼は血の滲む拳で岩を殴りつけ、悔し涙を流していた。
その姿に、わたしはかつての自分――病室で動かない体を呪っていた前世の自分を重ねた。
(……ああ。この子は、「こちら側」ね)
わたしは茂みから歩み出た。
「――腰が入っていませんわ」
「なっ!? 誰だ!」
ギルベルトが驚いて振り返る。
わたしは優雅にカーテシーをしてから、彼が格闘していた岩(大人の胴体ほどの大きさ)の前に立った。
「物には持ち方というものがあります。そして、力任せでは動きません」
彼の問いには応えず、わたしは岩に向き合うと、両腕で抱え込み、岩肌にフィットさせた臍下丹田との三点で岩の重心を制御する。
そして身体を捻ってそのまま反り投げる。
岩を人に見立てたベリートゥーベリーだ。
こんなこと程度は身体強化を使わずとも「獣の穴」出身者ならできて当然だ。
ズゥン……!!
「なっ、ななな……!?」
ギルベルトの目が飛び出る。
「あ、あなたは……一体……魔法を使ったのか? いや、魔力の波動を感じなかった……純粋な、腕力で……?」
「ええ、魔法は一切使っておりません。それと『腕力』ではなく全身の『筋力』ですわ。そしてそれ以上に必要なのは重心を感じ取り、制御する力です。闇雲に筋肉だけを鍛えても、到達できる高さはたかが知れておりましてよ?」
わたしは彼の前に立ち、淑女の笑みを浮かべると、懐から封筒を取り出す。
「紹介状を持って参りました。オルガ先生の使いです」
「オルガ……! あの『鉄の淑女』の!?」
どうやらオルガ先生は、この国でも伝説になっているらしい。
ギルベルトはわたしの手を取り、目を輝かせた。
「教えてくれ! その強さを! 僕は……僕は、魔力がないと馬鹿にする奴らを、この手で見返してやりたいんだ! 魔法が全てだというこの国の腐った常識を、ぶん殴ってやりたいんだ!」
彼の魂の叫びに、かつての前世で「持たざるもの」だった、わたし(鷹乃)の記憶が「共鳴」した。
魔力至上主義のこの国で、物理の力を求め価値観の変革を志す者。
この国で活動する上の協力者とするには、悪くない。
「いいでしょう。わたしの荷物持ち兼、パシリになるのなら、鍛えて差し上げますわ」
わたしは扇子で彼の顎を持ち上げた。
「やります! 何でもします! 師匠!」
「師匠はやめなさい。……そうね、『姐さん』でよろしくてよ」
こうして、現地の協力者に会いに来たはずが、何故か舎弟ができた。




