第021話 海外遠征
ガルディア帝国の帝都を出立してから数日。
わたし、レヴィーネ・ヴィータヴェンを乗せた帝国の交易船は、順調に東の海を切り裂いて進んでいた。
甲板には、潮風が吹き荒れている。
普通の令嬢なら船室に籠もって震えているか、船酔いで青い顔をしているところだろう。
現に、わたしの『追放』の見届け要員として同行している、数名の軟弱な文官たちは、出港して数時間で「陸が恋しい……」と譫言を呟きながらダウンしている。
「……情けないですわね。この程度の揺れ、ゆりかごのようなものですのに」
わたしは揺れる甲板の上で、優雅にティーカップを傾けた。
体幹が違う。
足の裏が甲板に吸い付くように密着し、身体強化で三半規管を制御しているわたしにとって、船酔いなど無縁の概念だ。
視線の先には、水平線から昇りつつある朝日と、うっすらと見え始めた陸地があった。
ラノリア王国。
別名、聖教国ラノリア。
魔法を神聖視し、教皇を頂点とする厳格な宗教国家。
ガルディア帝国の同盟国にして仮想敵国。
そして、帝国の貴族院で貴族子弟達に「精神汚染」を施し、身分間の強い分断と、そこに起因する国家転覆を狙った工作員を送り込んできた――敵の本拠地だ。
わたしは足元の影に意識を向けた。
そこには、わたしの相棒――黒鋼製のパイプ椅子『漆黒の玉座』が、出番を今か今かと待ち構えるように沈んでいる。
「……待っていてね。新しい国、新しいリング。思う存分、暴れさせてあげるから」
わたしはカップの中身を飲み干し、不敵に笑った。
今回の渡航目的は、表向きは「不祥事を起こした令嬢の国外追放(という名の留学)」。
だがその実態は、帝国と対等な協力関係にある悪役による「殴り込み」だ。
船員たちが慌ただしく動き始めた。
「ラノリアの港が見えたぞ!」
「入港準備!」
さあ、いよいよ敵地への上陸だ。
◆◆◆
ラノリア王国の港町、ポルト・マーレ。
石造りの厳格な街並みは美しいが、わたしはどこか異様な空気を感じていた。
行き交う人々は皆、灰色のローブや質素な服を纏い、伏し目がちに歩いている。
帝都の煌びやかさ(と軽薄さ)とは対照的な、重苦しい宗教都市の雰囲気だ。
船から降りたわたしは、入国審査のゲートへと向かった。
そこには、白い神官服を着た役人たちが、横柄な態度で入国者たちの荷物を検査していた。
「次は貴様か。……ふん、帝国の人間か」
担当の役人は、わたしの派手な(といっても戦闘用に改造した深紅の)ドレスを見て、あからさまに顔をしかめた。
「魔道具の所持はあるか? 我が国では、教団が認可したもの以外の魔道具の持ち込みは厳しく制限されている」
「いいえ、ございませんわ。身の回りの品だけです」
わたしは淑女の笑みで答えた。
嘘ではない。
『漆黒の玉座』は魔道具ではなく、ただの「椅子」だ。
「ふん、口先だけなら何とでも言える。……おい、身体検査だ。そのドレスの下に何か隠しているかもしれんからな」
役人が下卑た笑みを浮かべ、わたしの腕を掴もうとした。
周りの兵士たちも、ニヤニヤと笑っている。
異国の女、それも書類上は「追放された令嬢」とあって、完全に舐めているのだ。
(……あら。入国早々、面白い歓迎ですこと)
わたしは脳内でゴングを鳴らした。
カーン!
(先手判定よし! セクハラ及び職権濫用確認よし!)
(相手の戦力……魔力はそこそこだけど、肉体は一般人以下!)
(場所は税関。派手にやりすぎると外交問題……ギリギリのラインを見極める!)
わたしは掴まれそうになった手をすっと引き、一歩下がった。
「あら、殿方に触れられるなんて困りますわ。……持ち物検査をご所望なら、とっておきの『私物』をお見せしますわね」
「あ? 何を言って……」
わたしは右手を、足元の影に突っ込んだ。
そして、役人が反応するより速く、相棒を一気に引き抜いた。
ズヌゥッ……。
影からせり上がる、巨大な黒い鉄塊。
ドワーフの秘法で鍛え上げられた『黒鋼』の質量が、ズンッ! と石畳の上に鎮座する。
白い石畳に亀裂が走り、当然の如く割れ砕けるが、わたしはなんでもないかのように『漆黒の玉座』を椅子の姿に展開する。
ガシャア……ジャキィイイン!
「な、なんだそれは!? 武器か!?」
役人が腰を抜かして後ずさる。
兵士たちが槍を構える。
「いいえ、ただの『椅子』ですわ。長旅で疲れましたので、少し休憩をと思いまして」
わたしは鉄扇で口元を隠し、しれっと嘘をついた。
そして、片手で軽々と数百キロはある『玉座』を持ち上げると、役人の目の前にある頑丈そうな木製の検査台の上に「置いた」。
ドゴォォバキャバキバキィズドォオォォンッ!!!
「置いた」というよりは「落とした」に近い。
検査台は爆音と共に粉砕され、木片となって飛び散った。
代わりに、わたしと役人の間に『玉座』が聳え立った。
「ひぃぃっ!?」
役人が悲鳴を上げて尻餅をつく。
「あら、ごめんなさい。手が滑りましたわ」
わたしは瓦礫の山の上に鎮座する、傷一つついていない黒い椅子に優雅に腰掛け、足を組んだ。
「……さて。検査の続きをいたしましょうか? この『椅子』の座り心地、あなたも試してみます?」
わたしは役人を見下ろし、最高の「悪役スマイル」をプレゼントした。
役人の顔から血の気が引いていく。
彼は本能で悟ったようだ。
この椅子に座らされれば(あるいは座らされなくとも物理的に接触すれば)、自分の命はないと。
「い、いいっ! 許可する! 通れ、さっさと通れぇぇッ!」
役人は半泣きで入国スタンプを押し、わたしを追い払うように手を振った。
「ご理解いただけて嬉しいですわ。……それでは、ごきげんよう」
わたしは『玉座』を再び影に収納し、何事もなかったかのようにゲートを通過した。
背後からは、呆然とする兵士たちと、粉々になった検査台を前に頭を抱える役人の姿が見えた。
(フフッ。まずは軽いジャブ程度ね)
魔法至上主義の国で、圧倒的な「質量」を見せつける。
これこそが、わたしの殴り込みの流儀だ。
こうして、最強の悪役令嬢のラノリア王国での生活は、税関破壊という小気味良いトラブルと共に幕を開けたのだった。
◆◆◆
入国審査でのひと悶着を終え、わたしはラノリア王国の王都・ルミナリスへと到着した。
街全体が、白い石材と魔導具の光で構成されている。
夜になればさぞかし幻想的なのだろうが、わたしの目には、街全体を覆う薄い魔力の膜――例の精神汚染の予兆のような靄――が気になって仕方がない。
明らかに街全体が闇魔法・影魔法に類する魔術の影響下にあるのだが、誰もそれを認識しているようには見えない。
住民たちの目はどこか虚ろで、常に何かに祈るようにブツブツと呟いている。
「……気味が悪いわね。まるで街全体が、出来の悪い三文芝居のセットみたい」
わたしは馬車の窓から外を眺め、不快感を隠さずに呟いた。
そして、その街の中心に聳え立つのが、今回の戦場となる「ラノリア王立魔導学園」だ。
編入手続きはスムーズだった。
帝国の裏工作が行き届いていたということだろう。
ぐちぐちと嫌味を言い続ける教頭のデスクを、指一本で粉砕したことはきっと関係ない。
案内された教室に入ると、そこには数十名の生徒たちが座っていた。
全員がこの国の魔法使い特有の純白のローブを纏い、細い杖をいじっている。
わたしが教室に入った瞬間、空気が凍りついた。
当然だ。
彼らの常識にある「ローブ」ではなく、深紅の戦闘用ドレスに身を包み、背筋を伸ばして堂々と歩くわたしの姿は、異物以外の何物でもないだろう。
「……あれが、帝国から追放されたっていう野蛮女?」
「魔力はあるらしいけど、杖も持っていないなんて」
「筋肉ダルマなんだってさ。汚らわしい」
ヒソヒソ声が聞こえる。
どうやら、ここでも悪役としての適性は抜群のようだ。
本日より【第4部 聖教国ラノリア・殴り込み編】がスタートです。
舞台は聖教国ラノリア。聖女の「運営」システムを、ちゃんこ鍋で破壊しにいきます。
それでは、ここから先もどうぞよろしくお願いします。
押忍!




