第020話 追放
「な、なにィッ!?」
「……なんというか、あまりにも見え見えすぎると、興醒めするわね」
わたしは冷めた目で男を見下ろし、ギリギリと手首を締め上げた。
「が、あああああっ!?」
手首の骨が悲鳴を上げる。
男が短剣を取り落とした。
「……はぁ。同じ穴のなんとかになりそうだから、あんまりこういう使い方はしたくないのだけれど……」
わたしはため息をつき、周囲を見渡した。
洗脳された生徒たちは影縫いで動けない。
目撃者は……遠くの物陰に、心配そうにこちらを覗き込んでいるミリアの姿が見えた。
あの子、やっぱりついてきていたのね。
(……まあいいわ。特等席で見せてあげる)
「素直にお話したくなるように『躾』……いいえ、『教育』が必要なようね」
わたしは男の手首を離し、一歩下がって『詠唱』を始めた。
「――『リング』」
わたしの影から、膨大な闇の魔力が瞬時に滲み出した。
それはタールのように広がり、旧校舎の裏庭を侵食していく。
「な、なんだこれは!? 何をする気だ!?」
工作員が恐怖に叫ぶ。
闇の魔力は物理的な質量を持ち、『舞台』を作り上げた。
高さ90センチ、そして6メートル四方のキャンバス。
四隅には鋼鉄の支柱が立ち、支柱同士は舞台の四面を三本の黒いロープで結んでいる。
その『結界』の中央に、わたしと工作員は押し上げられた。
「さあ、『教育』の時間よ」
わたしは『玉座』をキャンバスに突き立て、仁王立ちした。
「試合形式はノーDQ、アイクイットデスマッチ。あなたが偽りの上っ面だけではなく、心の底から『参った』と言うまで――この結界は解かれない。誰も入れず、誰も出られない」
何が起こっているのか、一体この舞台は何なのか。
全てが理解できず、混乱と恐怖で顔を引きつらせる工作員に、わたしは最高の笑顔を見せた。
淑女のそれではなく、リングを支配する最高の悪役のそれを。
「さあ、始めましょうか。レディ……ゴング!!!」
カーン!!!
わたしの心の中にあのなんともいえない高揚をもたらす鐘の音が響いた。
……そこからのことは、あまり詳細には語りたくない。
淑女の品位に関わるからね。
ただ、一つだけ言えるのは、彼はプロ工作員としての矜持を、肉体よりも先にへし折られたということだ。
◆◆◆
深夜。
わたしは再び、オルガ先生の手引きで、第二皇子と第一皇女の前にいた。
場所は王宮の隠し部屋だ。
「……報告いたしますわ、殿下。学院内の工作員は排除しました」
わたしは流れるような所作でカーテシーをし、工作員から(物理と精神の限界を超えた尋問の末に)聞き出した情報をまとめた書類を差し出した。
仮想敵国ラノリアの組織図、学院内での協力者リスト、そして資金の流れ。
全てが網羅されている。
「……迅速な仕事ぶりね。期待以上だわ」
第一皇女が書類に目を通し、満足げに頷く。
「それで、実行犯の男はどうした?」
第二皇子が尋ねた。
「ああ、彼でしたら……オルガ先生にお引き渡ししましたわ。少々、『教育』が行き過ぎてしまったようでして」
わたしは扇子で口元を隠し、視線を逸らした。
彼は今、『宮家の影』の隠し牢獄にいる。
回復魔法で治したので外傷こそないが、精神が完全に崩壊しており、闇魔法を使って思考を誘導しなければ、何を問いかけても「参った……参った……」としか言わなくなってしまったのだ。
「……まあ、情報は全て吐かせたようですし、これ以上彼から聞くことはないでしょう。廃人同然ですが、何かの役には立つかもしれませんわ」
わたしの言葉に、皇子と皇女は顔を見合わせ、少しだけ引きつった笑みを浮かべた。
「……君を敵に回さなくて、本当によかったよ」
皇子の本音が漏れた。
こうして、学院の裏側で蠢いていた陰謀は、『北の撲殺令嬢』の圧倒的な暴力と、少しやりすぎた『教育』によって、完全に粉砕されたのだった。
◆◆◆
学年末のパーティー会場は、異様な熱気に包まれていた。
煌びやかなシャンデリアの下、わたしが姿を現すと、着飾った生徒たちがいつものように左右に割れて、中央に一本の道ができる。
その道の先に立つのは、この国の第二皇子殿下。
そして、その対面に立つのが、悪役であるわたしだ。
(……フフッ。舞台装置は完璧ね)
わたしは漆黒のドレス(もちろん戦闘用だ)を纏い、鉄扇で口元を隠して優雅に微笑んだ。
これは、帝室とわたしが共同で脚本を書いた、貴族院最後の『興行』なのだから。
「レヴィーネ・ヴィータヴェン辺境伯令嬢! 前へ!」
皇子の凛とした声が響き渡る。
わたしはコツコツとヒールの音をさせながら、彼の御前に進み出た。
「貴様をこれより断罪する!」
皇子が声高らかに宣言する。
周囲の生徒たちが息を呑む。
特に、まだ事情を知らない中央貴族の子弟たちは、「ついにあの野蛮女が裁かれる!」と期待に目を輝かせている。
「貴様の罪状は、学院内における貴族子弟達に対する無差別的な暴力行為。そして、神聖なる貴族院の秩序を著しく乱したことだ!」
皇子がわたしの『罪』を読み上げる。
ええ、事実ですわね。
何人、いや何十人をパイプ椅子で殴打したか、覚えていないもの。
「本来ならば、帝国法に基づき厳罰に処されるべきところである。……だが!」
皇子が言葉を切り、会場を見渡した。
「一部の生徒たちから、『ヴィータヴェン辺境伯令嬢に窮地を救われた』という嘆願が多数寄せられていることも、また事実だ」
その言葉に、会場の隅にいた地方貴族や平民出身の生徒たちが、小さく、しかし力強く頷くのが見えた。
その中心には、祈るように手を組むミリアの姿がある。
彼らの目には、わたしへの感謝と、この茶番劇に対する複雑な感情が入り混じっている。
「よって、今回は帝国法や貴族院則ではなく、私、第二皇子の裁量により判決を下す!」
皇子がわたしを真っ直ぐに見据えた。
その瞳の奥には、共犯者としての色が隠されている。
「レヴィーネ・ヴィータヴェン! 貴様を、本国貴族院からの退学、並びに追放処分とする!」
会場がどよめく。
追放。
それは貴族社会からの抹殺を意味する。
だが、皇子はすぐに言葉を継いだ。
「……ただし! 貴様のその稀有な才を惜しみ、更生の機会と、貴族としての学びの機会を与えるものとする。同盟国ラノリアの学院への転校を、特別に許可する!」
(……はい、カット! お疲れ様でした!)
わたしは心の中で拍手喝采した。
完璧なシナリオだ。
『追放』という名の、公式な『国外任務への異動命令』。
わたしは鉄扇を優雅に閉じ、深く、これ以上ないほど美しいカーテシーを披露した。
「謹んで、お受けいたしますわ、殿下。……新天地にて、淑女の嗜みにさらに磨きをかけてまいります」
わたしの不敵な笑みに、事情を知らない生徒たちは戦慄し、事情を知る者たちは安堵のため息をついた。
◆◆◆
翌朝。
帝都の門の前には、ヴィータヴェン家の埃だらけの馬車が停まっていた。
見送りは少ない。
だが、その顔ぶれは濃かった。
まず、オルガ先生。
「向こうに着いたら、現地の協力者と接触なさい。……羽目を外しすぎないように」と、分厚い「裏の指令書」(と、大量の焼き菓子)を手渡された。
そして、少し離れた場所には、ミリアを筆頭とする『レヴィーネ様親衛隊(仮)』のメンバーが、涙目でハンカチを振っている。
さらに、その横には元・小悪党の貴族子弟たちの姿もあった。
わたしにパイプ椅子で殴打されて洗脳が解け、その後、皇子から真実を知らされた彼らは、気まずそうに、しかし深く頭を下げていた。
「レヴィーネ様……! お元気で……! 私、もっと強くなりますから!」
ミリアが叫ぶ。
その声は震えていたが、以前のような弱々しさはなかった。
石を投げられるどころか、静かな感謝と惜別の念、そして隠しきれない熱狂に包まれた出発。
わたしは馬車の窓からその光景を眺め、苦笑した。
「……まったく。『悪役の追放』らしからぬ雰囲気ね」
これではヒールの名折れだわ。
まあ、たまにはこういう善玉気取りのエンディングも悪くないかしら。
「お嬢様、出発いたしますぞ」
老御者の声に、馬車が動き出す。
わたしは遠ざかる帝都の街並みに、鉄扇を軽く振って別れを告げた。
(さようなら、帝都のリング。良い準備運動になったわ)
わたしは影の中に手を突っ込み、相棒の冷たい感触を確かめる。
次の舞台は同盟国にして仮想敵国である、ラノリア王国。
敵の工作員たちの本拠地だ。
これまで以上の強敵、魑魅魍魎が待ち受けていることだろう。
「……フフッ。楽しみじゃない!」
最強の「悪役令嬢」を乗せた馬車は、新たな、より巨大で危険な興行へと向けて、意気揚々と街道を駆けていった。
【第3部 帝都貴族院・学園無双編】、これにて完結です。
次章では聖教国ラノリアへ舞台を移し、聖女の「運営」システムに切り込みます。
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それではまた次の部でお会いしましょう。
押忍!!




