第010話 運命の出会い
オルガ先生に弟子入りしてから一年が過ぎ、わたしは十一歳になっていた。
昼は総帥にしごかれ、夜はオルガ先生にしごかれる。
そんなある日、総帥が珍しく「今日は遠出の課外実習だ」と言い出した。
向かったのは、ハニマル領の北限に近い山岳地帯にある、古代の遺跡だ。
かつてドワーフだか古代魔法文明だかが築いたとされる場所で、今は魔獣の巣窟になっている危険地帯だという。
「今日の課題は、ここの遺跡内部の探索と魔獣の駆除だ。……無論、実戦になる。死ぬ気でやれ。死んだらそこまでだ」
総帥の物騒な訓示の後、わたしたち内弟子一同は、数人の班に分かれて遺跡内部へと突入した。
わたしは、中級クラスのゴツい兄弟子二人と組むことになった。
彼らは最初は「お嬢様のお守りかよ」と不満を隠しもしなかったが、わたしが身体強化フルパワーの前蹴りで岩トカゲを粉砕したのを見てからは、急に大人しくなり、「姐さん、露払いは任せてください」と敬語を使うようになった。
現金なものだ。
遺跡の内部は、崩れかけた石造りの迷宮だった。
埃っぽく、カビ臭い。
時折、天井から魔物が襲いかかってくるが、ハニマル流の修行の成果で難なく撃退していく。
そして、最深部と思われる広い空間にたどり着いた時だった。
そこは、何かの工房跡らしい。
壊れた炉や、錆びついた工具が散乱している。
その片隅、崩れた瓦礫の山の中に、奇妙なものが埋もれているのが見えた。
「ん? なんだありゃ? ただの鉄屑にしちゃ形が残っているな……」
兄弟子の一人が興味なさげに呟いた。
確かに、それは埃と錆にまみれた、歪な金属の塊にしか見えなかった。
けれど。
わたしの魂が、激しく警鐘を鳴らした。
いや、違う。
これは警鐘じゃない。
歓喜の歌だ。
(……呼んでる)
わたしは引き寄せられるように瓦礫の山に近づき、その『鉄塊』を引っ張り出した。
ずしり、とした重み。
掌に伝わる、冷たく無骨な金属の感触。
埃を払うと、その全貌が明らかになった。
奇妙な継ぎ目と関節を持った、黒い金属のフレームと、座面らしき鉄板で構成された物体。
前世の記憶がフラッシュバックする。
リングの上で、凶器として振るわれるパイプ椅子の、あの無骨で凶悪な美しさ。
「これよ……! わたしの求めていた『相棒』は、これだったのよ!」
わたしはその場で、その薄汚れた鉄の椅子を抱きしめた。
愛おしさが溢れかえってたまらない気持ちになる。
しかし、よく見ると背もたれ部分を中心にひしゃげている箇所がいくつかあり、関節部分も噛み合わせが悪くなっていた。
これでは完全な形では使えない。
「……姐さん、マジで言ってるんすか? それ、ゴミっすよ?」
「うるさい! これはゴミじゃないわ、原石よ!」
わたしは兄弟子の呆れ顔を無視して、その「相棒」を大事に抱えた。
◆◆◆
「ただいま戻りました!」
ドゴンドゴン……ドゴゴゴゴンッ!!
とんでもない地響きのような音を立てる質量を引きずったまま、わたしは遠征キャンプへと帰還報告をした。
総帥マラグが、椅子に座って茶を飲んでいた手を止める。
「お前さんらの班も無事帰ったか。重畳、重畳……レヴィーネ、そりゃなんじゃ?」
「遺跡で見つけたんです!」
「それはわかった。で、それはなんじゃ?」
総帥が眉をひそめる。
ドス黒く、見た目からは考えられない重量を持った鉄塊。
板のようであり、棒のようでもあり、盾のようでもある。
わたしは目をキラキラさせながら、引きずってきた鉄塊を持ち上げると、棒と板の部分を展開させて、地面に据えた。
ズゥゥン……!
ドラゴンの足音もかくやという重低音とともに、地面がわずかに沈み込んだ。
そこには無骨な椅子が顕現した。
「椅子です!」
「椅子じゃな」
「折りたためるんです!」
わたしは展開した座面と背もたれをもって、今度は畳む。
ガチャン!
「畳めたのう」
「でもこれ、ここが壊れているんです!」
わたしはひしゃげた背もたれを指差し、悲痛な声を上げた。
そのせいできっちりと折りたためないし、椅子として設置してもガタガタしてしまっている。
あの遺跡に何故パイプ椅子があったのかはともかく、悪役として魂の相棒に出会えた以上、わたしはもうこのパイプ椅子を手放すつもりはなかったし、手に入れた以上はしっかりとした形で「使いたい」。
だからわたしは総帥、いや、敢えて『お祖父様』におねだりをした。
パイプ椅子と出会えた興奮そのままに。
「お祖父様! わたしたちの班が調査した場所は古い時代のドワーフの工房跡のようでした。お祖父様はドワーフ族の工房に伝手はございませんか? わたし、この椅子を直してもらいたいのです! 費用がかかるようでしたら魔獣の素材を沢山集めます! どうか、どうかお願いします!」
一気にまくしたてて、土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。
総帥は呆気にとられたように瞬きをした後、不思議そうに首をかしげた。
「……直してどうする?」
「使います!」
「レヴィーネ、おまえさんの部屋にそんな鉄塊を置いたら、屋敷の床が抜けるぞい。座り心地も最悪だろうに」
総帥の言葉に、わたしはキョトンとした。
何を言っているのだろう、この人は。
(……ああ、そうか。『家具』としての話をしているのね)
決定的なすれ違いが発生している。
彼にとって椅子は座るものだが、わたしにとって椅子は『振り回すもの(凶器)』だ。
だが、ここで「いえ、これで人を殴るんです」と正直に言えば、即座に取り上げられるだろう。
「だ、大丈夫です! 床の補強は自分でやりますし、座布団を敷けば快適ですわ!」
「ふうむ……。まあ、お前さんがそこまで言うなら構わんが」
総帥は顎鬚をさすりながら、しぶしぶ了承してくれた。
「ハニマル領の西の山に、昔馴染みのドワーフの親方がいる。偏屈だが腕は確かだ。……紹介状を書いてやるから、自分で行ってこい」
「ありがとうございます! 大好きですお祖父様!」
◆◆◆
数日後。
わたしは兄弟子たちに代金代わりの大量の魔獣素材の運搬を手伝ってもらい(さすがに重すぎるパイプ椅子はわたし一人で担いだ)、山奥にあるドワーフの工房を訪ねた。
熱気と硫黄の匂いが充満する工房の奥から、頑固そうなドワーフの親方が現れた。
「ああん? なんだそのふざけた鉄屑は。俺は家具屋じゃねえぞ」
最初は門前払いを食らいかけたが、総帥の紹介状と、わたし達が持ち込んだ大量の魔獣素材、そして何よりこの椅子の材質を見た瞬間、親方の目の色が変わった。
「……こりゃあ、たまげた。失われた古代技術の結晶、『黒鋼』じゃねえか。現代の技術じゃ、精製はおろか、傷一つつけられねえ代物だぞ」
親方は興奮気味に椅子の表面を撫で回した。
「だが、歪んでやがるな。……これを直すには、一度熱して叩き直すしかねえが、こいつを溶かすほどの火力なんて、古代龍のブレスでも持ってこないと無理だ」
「火力の問題ですか?」
わたしが尋ねると、親方は工房の奥にある巨大な炉を指差した。
「ああ。うちには古代の魔導炉があるが、燃料となる魔力が足りねえ。並大抵の魔術師が束になっても、こいつを赤熱させる温度までは上がらねえよ」
魔力。
その言葉を聞いた瞬間、わたしはニヤリと笑った。
「それなら、燃料がここにありますわ」
「この鉄屑がどう化けるかは、次のお話で。……ブックマークをお忘れなく。見逃したら承知しませんわよ?」




