第8話 関所を拠点に、次の牙を研ぐ
関所は、すでに黒瀬レンの手の中にあった。
今必要なのは、奪ったものを、次へ進むための足場に変えることだった。
石造りの関所の中では、まだ血の匂いが残っている。
だが、混乱は長く続かない。
レンの配下たちはもう、戦うためではなく“使うため”に動き始めていた。
「通信機は壊れてるんじゃなかったのか」
レンがそう言うと、リゼルは壁際の装置を見たまま答えた。
「完全には壊れていません。修復可能です。少し時間をかければ、中継として使えます」
「なら直せ」
「簡単に言いますね」
「簡単にやるんだよ」
リゼルはため息をついたが、動きは早かった。
関所の奥にある魔導通信装置を調べ、使える部品を選別していく。
壊れたものは捨てる。
使えるものは回収する。
その判断が、もう完全に軍師のそれだった。
一方で、バルドは関所の裏門付近で腕を組んでいた。
見張りの残骸、壊れた柵、散乱した武器。
それらを見ながら、どこか楽しそうでもある。
「ここを使うなら、次は北の道だな」
「そうだ」
レンは地図を広げながら頷いた。
「ここを押さえたことで、北側の動きが全部見える。敵の補給線も細くなる」
「で、次は?」
「旧監視塔だ」
リゼルがすぐに指を差した。
「関所のさらに北。見張りと通信の中継点です。ここを落とせば、敵はさらに情報を失います」
「いいねえ」
バルドは拳を鳴らした。
「どんどん上を取るってわけか」
「そうだ。止まる理由がない」
レンはそう言って、関所の外へ目を向けた。
遠くでは、まだ鉱山都市の方角に敵の気配がある。
だが、今は鉱山を落としにくるより先に、こちらの動きを警戒しているはずだ。
――敵は鉱山を手に入れたい。
だが、関所を失った時点で、その動きはかなり鈍る。
「鉱山の方はどうだ」
レンがリゼルに聞くと、彼は淡々と答えた。
「ガルドが守っています。敵の先行部隊は、まだ決定打を打てていません」
「そうか」
「元領主らしく、働いているようです」
「当然だ」
レンは短く言った。
生かした以上、使えるなら使う。
ガルドが守ることで、レンは関所側に集中できる。
それで十分だった。
その時、ゴブリン偵察班の一体が戻ってきた。
言葉はない。
ただ、短く鳴いて、関所の北側を指し示す。
「ギッ、ギギッ」
リゼルがその鳴き声を聞いて、すぐに意味を取る。
「北の道に、小さな拠点があります。動きがある。旧監視塔とは別ですが、警戒線の一つでしょう」
「なるほど」
レンは目を細めた。
「なら、そこから潰す」
「また先に動くんですか」
「待つ意味がない」
リゼルは苦笑した。
もうこの返事には慣れている。
慣れてしまったからこそ、あまり驚かない。
「では、段取りを組みます。ゴブリン偵察班で進路確認。インプで通信妨害。スケルトンは護衛。オークは要所潰し。バルドは前線の別働隊」
「それでいい」
レンは簡潔に答える。
関所を拠点として保持しながら、次の獲物へ手を伸ばす。
それが今の戦い方だった。
鉱山都市では、ガルドが前線の空気を感じながら、敵の様子を見ていた。
敵はまだ来る。
だが、関所を失ったことで足並みが乱れている。
こちらへ向かう圧が弱い。
「……レンは先に進むか。」
ガルドは小さく呟いた。
自分はここで守り、あの魔王は前へ進む。
役割は違う。
だが、どちらも“魔界統一”という一点に向かっている。
「よし」
レンが関所の中央へ歩きながら言った。
「ここは俺たちの中継点だ。補給を整えろ。動けるやつは動け。止まるな」
その言葉に、配下たちが鳴き声や動作で応じる。
ゴブリンは資材を運び、スケルトンは壁際に並び、インプは上空を警戒する。
オークは武器を肩に担ぎ、無言で次の指示を待つ。
“群れ”ではない。
少しずつ“軍”になっている。
その変化が、レンには何より嬉しかった。
「次の目標は?」
バルドが嬉しそうに聞く。
「旧監視塔。そこで通信を完全に切る」
「分かりやすくていいな」
「分かりやすい方が勝ちやすい」
「嫌いじゃない」
レンは地図をたたみ、外の道を見た。
関所の先にはまだ、いくつも拠点がある。
一つずつ潰していけばいい。
急がなくても、止まらなければ前に進める。
奪ったものを使い、次の獲物へ向かう。
魔王の戦いは、もう“勝てる形”で回り始めていた。




