第9話 旧監視塔、通信を断つ
関所を押さえてから半日。
黒瀬レンは、もう次の獲物の前に立っていた。
目の前にそびえるのは、傾いた石造りの旧監視塔。
関所のさらに北にある中継地点で、遠目には小さいが、ここを抑える意味は大きい。
通信、見張り、補給の一部。
全部がこの塔を通っている。
「ここを落とせば、相手の目はさらに潰れる」
レンがそう言うと、隣のリゼルが即座に頷いた。
「ええ。関所で輸送を止め、ここで通信を止める。敵は動きが取りづらくなります」
「いい」
「毎回、そう簡単に言わないでください」
「簡単にするんだよ」
リゼルは少しだけ目を細めた。
だが、もうこのやり取りには慣れている。
塔の周囲には、見張りが少数。
ただし、油断はできない。
関所を失ったことは、敵にも伝わっているはずだ。
だからこそ、ここは焦りの守備になっている可能性が高い。
「バルド」
「おう」
「裏へ回れ」
「任せろ」
バルドはニヤリと笑って、すぐに別働隊を連れて塔の裏側へ向かった。
正面から壊すのは簡単だ。
だが、それでは意味がない。
今のレンたちがやるべきなのは、相手が立てた形を崩すことだった。
「ゴブリン偵察班は左右。インプは上空。スケルトンは前で受けろ。オークは要所を潰せ」
レンの命令に、配下たちはそれぞれの鳴き声や動作で応じた。
ゴブリンは言葉を話さない。
ただ、ギッ、ギギッと短く鳴いて、散開する。
スケルトンは骨を鳴らしながら、静かに盾になる位置を取った。
インプは空へ飛び、甲高い声を上げる。
オークは無言で重い足を踏み出し、塔の周辺に散っていく。
もう、ただの群れではない。
役目を持つ軍勢だ。
「行くぞ」
レンの声で、戦いが始まった。
インプが先に飛び込む。
監視塔の上階にいた見張りが、突然の襲撃で目を押さえてよろめいた。
その一瞬を見逃さず、ゴブリンたちが左右から外壁沿いに回る。
正面の守備隊は、スケルトンが受け止めた。
ガン、と鈍い音が響く。
武器同士がぶつかり、塔の足元で砂埃が舞う。
「よし」
レンは静かに前へ出た。
ここで必要なのは、焦らずに全体を見ることだ。
敵の守備は少ない。
だが、少ないなりに通信役がいる。
そいつを潰せばいい。
「リゼル」
「はい」
「塔の中、通信役はどこだ」
リゼルはすでに視線を走らせていた。
「上階の奥です。遮蔽の向こう。あそこを落とせば、この塔の意味はなくなります」
「了解」
そのとき、塔の裏側で大きな音がした。
バルドが、補強材を蹴り折ったのだ。
「おい主! 裏、抜けたぞ!」
「壊すなって言っただろ」
「努力はしてる!」
「してない」
「少しだけだ!」
呆れ半分のやり取りの最中にも、塔の防衛線は崩れていく。
裏から壊され、正面から押され、上からはインプに目を潰される。
これではもう、まともに持たない。
レンは塔の階段を見上げた。
「上へ行く」
「では、私が先導します」
リゼルが淡々と前へ出る。
軍師なのに、こういう場面では意外と度胸がある。
いや、度胸というより、現実を見て動いているだけかもしれない。
階段を上がる。
途中、塔の兵士が一人飛び出してきた。
だが、レンの前に出るまでもなく、オークの一撃で壁際へ吹き飛ぶ。
「やるな」
バルドが背後で笑う。
「褒めるのか」
「まだ早い」
「そこは褒めてもいいだろ」
「結果が出るまで褒めない」
「相変わらずだな」
上階へ到達すると、通信役らしき魔族が震えながら後ずさった。
周囲には、壊れかけの魔導器具。
だが、もう遅い。
「終わりだ」
レンがそう言うと、その魔族は必死に杖を掲げた。
しかし、インプが上から飛び込み、その動きを乱す。
その隙にスケルトンの槍が壁際へ押しつけられた。
魔導器具は、そこで沈黙する。
「通信は切れたな」
リゼルが確認する。
「ええ。これで北側の連絡はさらに遅れます」
「よし」
レンは塔の窓から外を見下ろした。
関所の方角が、ずっと遠くに見える。
だが、その間にある道は、もうこちらの支配下に近い。
「次はどうする」
バルドが肩を回しながら聞いた。
「監視塔の周辺を固める」
「それだけか」
「いや」
レンは地図を取り出した。
「ここからさらに北に、小さな補給拠点がある。まずそこを潰す。敵の目が戻る前に、もう一つ削る」
リゼルが少しだけ口元を緩めた。
「やっぱり、止まる気はありませんね」
「止まる理由がない」
この旧監視塔は、ただの塔ではない。
ここを落とした瞬間から、敵の見える範囲はさらに狭くなる。
関所で輸送を止め、監視塔で通信を止める。
それだけで、敵はかなり息苦しくなる。
しかも、その間に鉱山都市ではガルドが守っている。
離れていても、戦場はつながっていた。
「鉱山の方は?」
レンが聞くと、リゼルは即答した。
「まだ持っています。ガルドが前に出て、敵の牽制を抑えているようです」
「そうか」
レンは小さく笑った。
「働いてるな」
「ええ。元領主らしく」
「いいことだ」
配下たちは塔の上で、静かに次の命令を待っていた。
ゴブリンは鳴き、インプは空を飛び、スケルトンは槍を構え、オークは黙って立つ。
その姿を見ながら、レンは思う。
――摩耗は少ない。もう、次に動けるな。
数だけの召喚ではない。
役割を持ち、戦場を分け、勝てる形を作る。
それができるなら、魔界統一は現実になる。
レンは塔のてっぺんから北を見た。
次は補給街。
ひとつずつ奪っていけば、敵の首は締まる。
「行くぞ」
レンの声に、全員が動いた。
旧監視塔は落ちた。
そして、その向こうへ進むための道が開いた。
敵の目は潰れ、主人公たちは次の一手へ歩き出す。




