第7話 関所落としと、鉱山防衛戦
関所は、思ったより早く崩れた。
黒瀬レンが前線に立ったわけではない。
ただ、戦場の形を先に決めておいただけだ。
「見張り塔の通信は沈黙。退路も塞がれています」
リゼルの声は、いつも通り冷静だった。
その冷静さが、かえって戦場の勝敗をはっきりと示している。
「関所の兵は、もうまともに連携できません」
「なら、終わりだな」
レンは淡々と言った。
目の前では、オークたちが関所の中央へ押し込みをかけ、スケルトンが正面を受け止め、ゴブリンが側面から噛みつくように動いている。
数の暴力ではない。
役割を与えられた群れの暴力だった。
バルドが、裏門を壊したまま笑う。
「おい主。これ、もう落ちてるぞ」
「まだだ」
「まだ?」
「指揮官が生きてる」
その指揮官は、関所の奥にある小屋へ逃げ込もうとしていた。
だが、その前にインプが天井付近から飛び込み、視界を奪う。
「キィッ!」
「ぐっ……!」
男がよろめいた瞬間、レンが前へ出た。
「終わりだ」
短い言葉とともに、男の首元へスケルトンの槍先が突きつけられる。
降伏は、しないだろう。
それでもいい。
ここは支配する場所であって、説得する場所ではない。
「関所は落ちたな」
レンがそう言うと、リゼルが静かに頷いた。
「ええ。これで北側の輸送は止まります。敵の動きも鈍るはずです」
「悪くない」
レンは、関所の外へ視線を向けた。
この地点を押さえれば、鉱山都市の外周は一気に安全になる。
そうなれば次はさらに奥へ進める。
だが、まだ戦いは終わっていない。
「鉱山都市はどうだ」
「……まだ持っています」
リゼルは少しだけ間を置いた。
「ガルドが思った以上に働いています。敵の先行部隊は柵の前で足止めされ、内部への侵入は許していません」
レンはその言葉を聞いて、わずかに口元を上げた。
「ほう」
「褒めるのですか」
「いや」
「しないんですか」
「まだ早い」
リゼルは肩をすくめる。
だが、レンの言いたいことは分かっていた。
ガルドは生き残っている。
しかも、ただ生き残っているだけではない。
ちゃんと仕事をしている。
――なら、問題ない。
鉱山都市では、敵の前進部隊が柵の前で押し止められていた。
かつて元領主だったガルドは、今やその都市を守る側に立っている。
「押せ」
ガルドの低い声が響く。
「相手は焦っている。こちらの守りが崩れないと分かれば、無理はしなくなる」
そう言いながら、自身も前へ出た。
彼の周囲では、スケルトンが護衛に回り、ゴブリンが資材置き場の陰から飛び出してくる。
インプは空から敵の目を乱し、オークは門前に立って圧をかける。
「……生かされた意味、少しはあるってことですかね」
そう呟いたガルドの表情は、まだ少し不満げだ。
だが、その不満が消えたわけではないのに、動きはもう完全に都市の管理者のそれだった。
「敵は焦っている。もう少し我慢すれば崩れるはずだ」
ガルドは周囲の配下に命じる。
「守りを固めろ。広げるな。相手の勢いが切れたら、横から削れ」
――防衛は、ただ耐えることではない。
相手に無駄を使わせることだ。
それを、彼は少しずつ理解していた。
一方、関所を落としたレン本隊は、そのまま関所の内部を押さえにかかる。
古い通信柱、補給倉庫、武具置き場。
ひとつひとつを奪っていく。
「リゼル」
「はい」
「この関所、再利用できるか」
「十分にできます。むしろ、ここを起点に北側へ進む方が自然です」
「よし」
レンは頷いた。
つまり、ここはただの制圧地点ではない。
次の侵攻の踏み台になる。
「関所の残り兵は、使えるか?」
「人材としては微妙です。ですが、脅しには使えます」
「じゃあ、従うなら働かせろ」
「……本当に、使えるものは全部使うんですね」
「当たり前だろ」
レンはそう返し、関所の外壁へ視線を向けた。
敵の本隊はまだ完全には見えていない。
だが、これで少なくともこちらの主導権は握った。
そこへ、バルドが肩を回しながら戻ってくる。
「おい主。鉱山の方から連絡だ」
「どうした」
「敵の先行部隊、動きが鈍ったらしい。ガルドってやつ、結構やるな」
レンは少しだけ目を細めた。
「そうか」
「褒めないのか」
「まだ早い」
「それ、さっきも言ってたな」
「結果が出るまで褒めない」
バルドは大きく笑った。
「面白い主だ。だが、嫌いじゃない」
その頃、鉱山都市では敵の先行部隊が、思った以上に進めずに苛立っていた。
正面は固い。
裏は読めない。
さらに、ガルドが前へ出ているせいで、単なる脅しでは崩れない。
「くそっ、想定より硬いぞ!」
敵の小隊長が叫ぶ。
だが、その叫びに意味はない。
戦場では、焦った方が負ける。
「戻るか……?」
その一言が出た時点で、もう遅い。
ガルドはその反応を見逃さない。
「引け」
短い命令。
それだけで、守備隊は一斉に前へ出た。
防衛は、反撃の始まりでもある。
「今なら削れます」
リゼルの冷たい声は、関所側にいるはずのレンにも想像できるほど、確信を含んでいた。
レンはその報告を聞きながら、静かに関所の机へ手を置いた。
「なら、こっちも次へ行く」
「次ですか」
「関所を押さえたなら、そこから先だ」
「無茶では?」
「無茶を通すのが魔王だろ」
リゼルは小さく息を吐いた。
もう、この男の無茶には慣れつつある。
そして、実際に勝ってしまうのだから厄介だった。
関所は落ちた。
鉱山都市は守られている。
ガルドは“生かされた元領主”として、確かに役目を果たした。
レンはそれを踏み台にして、さらに奥を狙える。
この戦いは、まだ終わらない。
だが、ひとつ確かなことがある。
――敵は、レンたちを甘く見すぎた。
魔界統一は、こうして少しずつ、しかし確実に進んでいく。
関所を落とし、鉱山を守り、次の獲物を見据えて。
そしてレンは、次にどこを奪うべきかをすでに考え始めていた。




