第6話 関所へ向かう魔王と、鉱山を狙う敵
鉱山都市の空気が、いつもより少しだけ張りつめていた。
黒瀬レンはその理由を、すでに理解している。
敵が来る。
鉱山都市を欲しがる別勢力が、こちらへ向かっている。
ならばやることは一つしかない。
「関所を取る」
レンは地図の上で、旧魔族街道の関所を指で叩いた。
「敵が鉱山に気を取られてるなら、その隙に後ろを断つ」
「ええ、合理的です」
リゼルは淡々と頷いた。
机の上には、鉱山都市の周辺地図と、関所までの経路がいくつも引かれている。
「敵は鉱山を手に入れたい。こちらは関所を取れば、敵の補給と連絡を止められる。つまり、先に動いた方が勝ちです」
「珍しく分かりやすいな」
「今回は本当に分かりやすい戦ですから」
バルドが肩を鳴らして笑う。
「で、俺はどっちだ。関所か、鉱山か」
「関所だ」
レンは即答した。
「お前は前線だ。正面から押す役がいる」
「やっぱりな」
「ただし、雑に突っ込むな。裏を抜ける」
「……裏か」
バルドは少しだけ不満そうな顔をしたが、すぐに口角を上げた。
「面白い。そういうのも嫌いじゃない」
レンは次にガルドへ視線を向けた。
元領主は、すでにこの都市の守備を任される立場になっている。
「ガルド」
「はいはい。分かっていますよ」
「オーク達を少しまわす。敵が来たら、都市を守れ」
「命令はそれだけですか」
「それだけで十分だろ」
「十分ではないですが、まあいいです」
ガルドは渋い顔のまま、だが逃げない。
この男は、文句を言いながらも仕事はする。
生かしておく価値は確かにある。
「お前はここで守備と現場管理。配下の動き、採掘の割り振り、補給の維持。全部見ろ」
「……私は便利な管理職ですか」
「そうだ」
「首輪付きの?」
「働く首輪付きだ」
「最悪ですね」
リゼルが横でメモを取りながら言った。
「ただし、守りだけでは足りません。敵の偵察が来た場合は、見せつける必要があります。こちらは崩れていない、と」
「つまり?」
「負けていないように見せる、です」
レンは頷いた。
鉱山都市を取ったばかりの今、敵に“楽に奪える”と思わせてはいけない。
ガルドが前に出ることは、その意味でも重要だった。
「それで、敵はどれくらい来る」
「本隊ではありません」
リゼルは地図上の北側を指した。
「おそらく、関所の手前にある小拠点の兵を寄せた、偵察兼牽制部隊です。ですが、向こうはこちらが関所へ動くと読んでいないはずです」
「読まれてないなら、なおさら早いな」
バルドが楽しそうに拳を鳴らす。
「よし。関所は俺が叩く」
「叩くな、抜けろ」
「似たようなもんだろ」
「似てない」
そんなやり取りをしているうちに、ゴブリン偵察班の一体が慌ただしく飛び込んできた。
リゼルが目を細めて、その鳴き声を聞き取る。
「……敵の前進が早いです。こちらの鉱山都市を本格的に狙っているようですね」
「なら、なおさら関所を取る」
レンは迷わない。
敵が鉱山に向かうなら、こっちは敵の背後を断てばいい。
シンプルだが、一番効く。
「出るぞ」
レンがそう言うと、配下たちは一斉に動き始めた。
ゴブリン偵察班は先行。
インプは空へ。
スケルトンは護衛と囮。
オークは左右に分かれ、バルドは前線の別働隊へ。
そして、レンはその後ろを静かに歩く。
「……本当に、関所を先に取るんですね」
ガルドが呆れたように言う。
「敵が来るのを待って守るんじゃないんですか」
「待つ必要がない」
「魔王の発想じゃない」
「勝てばいい」
その一言で、ガルドは口をつぐんだ。
反論するだけ無駄だと理解したのだろう。
道は、旧魔族街道へ続いていた。
かつては交易のために使われていたらしいが、今ではボロボロの石道と見張りの残骸しかない。
「関所の守備は、そこまで厚くないはずです」
リゼルが歩きながら説明する。
「ただし、完全な空き家でもありません。外から見ると小さいですが、内部に通信路と補給の要がある」
「だから、ここを取れば敵が困る」
「その通りです」
バルドが前を見据えた。
「俺たちは、あの関所を叩けばいいんだろ」
「そうだ」
「それなら簡単だ」
「簡単にするのが俺たちだ」
レンはそう言って、口元を少し上げた。
その頃――鉱山都市では、別の動きが始まっていた。
遠くの山道の向こうに、敵影が見える。
騎乗の魔族を先頭にした、やや小規模な侵攻部隊。
狙いは明らかだ。
鉱山都市そのもの、あるいはその資源。
「来たな」
ガルドは採掘場の高台に立ち、目を細めた。
かつて自分が支配していた都市に、今は別の旗が立っている。
それが気に入らないのは事実だ。
だが、今の自分にできるのは、そこを守ることだけだった。
配下の一人が不安そうにしたいたが、ガルドは手を振った。
「相手は“奪えそう”だと思って来ている。なら、まず見せつけろ。ここはもう簡単には落ちないと」
彼は、レンから与えられた役目をすでに理解していた。
元領主が前に出ることで、都市は“支配された場所”ではなく“守られている場所”に見える。
それだけで、敵の勢いは少し鈍る。
「ゴブリン偵察班、前へ。インプは上空を見ろ。スケルトンは柵の内側だ」
ガルドの命令は、ぎこちないが的確だった。
少し前までこの男は、ただの搾取する領主だった。
だが今は、少なくともこの都市を回す責任を持っている。
「……ギギィ」
ゴブリンの一体が小さく鳴いた。
それを聞いて、ガルドは鼻を鳴らす。
「できるさ。私は元領主だぞ」
その一方で、関所へ向かう本隊は、すでに最初の待ち伏せ地点に近づいていた。
関所の手前には、古い見張り塔と小さな外壁がある。
そこに敵の兵がいるのは、すでに分かっている。
「先に、目を潰す」
リゼルが冷たく言った。
「インプ、上へ。見張り塔の通信を切れ。ゴブリン偵察班は左右へ散って退路を塞げ」
「よし」
レンは一歩前へ出た。
「バルド」
「おう」
「裏から行けるか」
バルドは、にやりと笑った。
「当然だ。表から行く方が苦手でな」
「それはそれで問題だな」
「問題ない。勝てばいい」
レンはその答えに満足した。
勝つために、戦い方を選ばない。
それでいい。
バルドが別働隊を引き連れ、関所の裏手へ回る。
インプが上空から飛び込み、見張りの目を奪う。
ゴブリンたちが散り、敵の退路を塞ぐ。
スケルトンが前へ出て、敵の注意を引く。
「今だ」
レンの声と同時に、関所の影で動いていた敵兵たちが一斉に振り向いた。
しかし、もう遅い。
バルドの一撃が、裏門の支柱を砕く。
スケルトンが前を塞ぎ、ゴブリンが左右から飛びつく。
見張り塔の通信役はインプに引きずり落とされ、悲鳴を上げる間もなく黙った。
「……これは」
敵の指揮官が、関所の中央で顔を青くする。
「奇襲か!」
「違う」
レンは静かに前に出た。
「先回りだ」
指揮官が武器を構える。
だが、それを止めたのは、すでに左右を固めていたオークたちだった。
その数は少ないが、要所に置けば十分に機能する。
「お前ら、いつの間に……!」
「見えてなかっただけだ」
レンは低く言った。
「戦場は、目に見える部分だけじゃない」
その言葉と同時に、関所は完全に押し込まれた。
敵兵は退路を失い、指揮を奪われ、次々と崩れていく。
関所は、思ったより早く落ちるだろう。
それがレンの判断だった。
一方、鉱山都市では敵の前進部隊が柵前に到着していた。
だが、そこに立っていたのは、怒りを押し込めたガルドだった。
「……お前たちの相手は、ここだ」
元領主の声が、重く響く。
敵が都市へ攻め込もうとするなら、まずはその動きを止めなければならない。
ガルドはまだ完全に忠誠を誓ったわけではない。
だが、少なくとも今は――この都市を守る理由がある。
そして彼は知っていた。
自分がここを支える限り、レンは安心して次の戦いに集中できる。
鉱山都市と関所。
二つの戦場が、同時に火を噴く。
だが流れはもう決まっていた。
鉱山を狙う敵は、関所を失う。
関所を落とす主人公は、敵の背後を断つ。
その隙を使って、ガルドが鉱山を守る。
魔王とは、ただ強いだけではない。
勝つために、戦場を分け、役割を分け、敵の意図を先に潰す者だ。
レンは、関所の指揮官を見下ろしながら小さく笑った。
「次は、もっと広く取る」
関所は落ちる。
鉱山都市はまだ守れる。
そして、その先にあるものも、少しずつ奪っていく。




