第5話 首輪付きの元領主
話は少し遡り、鉱山都市の朝は、いつもより少しだけ騒がしかった。
だが、その騒がしさの中心にいるのは、もはやこの都市の元支配者ではない。
「……で、私は何をすればいいんですかね」
不機嫌そうに腕を組んでいるのは、元鉱山都市領主ガルド・ヴァイスだった。
つい昨日まであれほど威圧感のあった男が、今は石造りの会議室の片隅で、妙に居心地悪そうに立っている。
その前には、黒瀬レン、リゼル、バルドがいた。
レンは椅子に腰かけ、指先で机を叩く。
「生かしてやってるんだ。働いてもらう」
「働く、ですか」
「お前、この都市のことは俺たちより知ってるだろ」
ガルドは一瞬だけ黙った。
その反応だけで、レンは答えを確信した。
「……知っていますよ。知ってますけどね」
「なら早い」
レンはあっさり言った。
「お前にはこの都市の管理をやってもらう。採掘の割り振り、荷の流れ、古い施設の再点検。周辺の小拠点とのつながりも把握しろ」
「それ、私の仕事じゃないですよね」
「元領主だろ」
「元、です」
「じゃあ今は、現役の管理役だ」
ガルドは渋い顔で天井を見上げた。
完全に納得はしていない。だが、反論しても意味がないことは理解しているらしい。
バルドが腕を組みながら笑った。
「いいじゃないか。生かされたんだ。死ぬよりマシだろ」
「その比較はあまりにも雑すぎませんか」
「魔界だぞ」
「……そうでしたね」
リゼルが淡々と補足する。
「ガルド殿。あなたはこの都市の地理、採掘道、運搬経路、各施設の癖を把握しています。こちらがゼロから学ぶより、あなたが働いた方が圧倒的に早い」
「……褒められてる気がしませんが」
「褒めてはいません」
「でしょうね」
レンは机の上に広げた地図を指さした。
「この都市だけで終わらせるつもりはない。関所も取るし、周辺の補給線も押さえる。そのためには、まず今ある場所をちゃんと回す必要がある」
「つまり、私は便利な現場監督ですか」
「そうだ」
「もっと別の言い方ないんですか」
「首輪付きの有能な管理者」
「最悪ですね」
「でも働くんだろ」
ガルドは数秒だけ沈黙し、諦めたように肩を落とした。
「……働きますよ。働けばいいんでしょう」
「話が早い」
レンは満足そうに頷いた。
こういう手駒は、嫌々でも使えるなら十分だ。
何より、土地を知る者を生かしておけば、都市の立て直しも早い。
「まず最初に、採掘現場を見せろ」
「今からですか」
「今だ」
「休む暇がない」
「魔界に休暇はない」
「……そうですか」
ガルドは諦めたように歩き出す。
その後ろに、レン、リゼル、バルドが続く。
採掘坑は、昨日までと違ってざわついていた。
ゴブリンたちがあちこちで資材を運び、スケルトンが脇で整列し、インプが上空から監視している。
バルドが配下を前線に分け、リゼルが作業の流れを指示していた。
「意外と、まともに回ってるな」
レンがそう漏らすと、リゼルは即座に答えた。
「意外ではありません。あなたが無駄に壊さなかったので、回っているだけです」
「俺を何だと思ってる」
「雑に全部殴って解決する魔王です」
「否定しづらいな」
ガルドはその会話を聞きながら、半分呆れたような顔をした。
だが同時に、内心では理解もしていた。
この魔王は、ただ奪うだけではない。
奪った後を回す気でいる。
そこが、今までの魔族領主たちと決定的に違っていた。
「……こちらです」
ガルドは足場の悪い斜面を下り、古い採掘道を示した。
「この道は古いですが、今でも使えます。こっちは一部崩れていますが、補修すれば物流用に転用できます」
「ほう」
レンはその場にしゃがみ、石の割れ方を見た。
情報があるだけで、見え方が違う。
ただの坑道が、輸送路候補に変わる。
「こっちは」
「魔力鉱石の層です。薄いですが、長く使えます」
「いいな」
「いいですね、ではなく、ちゃんと計画を立ててください」
ガルドが少しだけ強気に言うと、リゼルがすぐにメモを取った。
「採掘班を増やせば、こちらの回転率は上がります。鉱石は召喚炉に回し、残りは補修と備蓄に使うべきです」
「その辺は任せる」
レンはあっさり返した。
「俺は、潰す場所を決める」
「そこだけは本当に魔王ですね」
リゼルの嫌味を横に聞き流しながら、レンは坑道の奥を見た。
暗い。狭い。だが、そこに資源がある。
使えるものは全部使う。
そのために、ガルドも生かした。
この男が有能なら、なおさら捨てる理由はない。
「ガルド」
「何ですか」
「お前、裏切る気あるか」
あまりに唐突な質問に、ガルドが固まる。
バルドは面白そうに口角を上げ、リゼルは「また始まった」と言いたげな顔をした。
「……ありませんよ」
「本当に?」
「今すぐは、です」
「正直でいい」
ガルドは苛立ったように眉をひそめる。
「ですが、少なくとも今この都市を回しているのはあなたたちです。ここで裏切っても、私に得はない」
「へえ」
「むしろ、失敗すれば殺される。なら働いた方がマシです」
レンはその答えに満足した。
魔界らしい。
実に分かりやすい。
「それでいい」
「褒めてないですよね、それ」
「褒めてない」
「やっぱり」
坑道の奥では、すでにゴブリンたちが資材の運搬を始めていた。
数は多いが、今はまだ役割を覚えたばかりだ。
それでも、以前のようなただの群れではない。
「よし」
レンは立ち上がった。
「ガルド、お前は今日からこの都市の実務担当だ。俺が命令する。お前が回す。いいな」
「……拒否権は?」
「ない」
「でしょうね」
「リゼルは都市全体の管理計画を作れ。バルドは外周の警戒。オークは重要拠点に回せ。インプは通信と見張り。ゴブリンは採掘と補修。スケルトンは護衛だ」
「随分と具体的ですね」
「具体的じゃないと、死ぬからな」
その返事に、誰も文句を言わなかった。
いや、文句はあったかもしれない。
だが今は、それを言うより働く方が早い。
その時だった。
坑道の入口の方から、慌ただしい足音が響いた。
インプの一体が、空気を切るように飛び込んでくる。
「キキッ、キッ!」
リゼルがすぐに通訳する。
「北の補給道で異変です。人員が動いています。たぶん、こちらの鉱山都市が落ちたと知って、様子見に来た連中がいる」
「様子見、ね」
バルドが笑う。
「様子見の顔じゃないだろ、どうせ」
「多分、偵察と牽制です」
リゼルは地図に視線を落とした。
「関所の手前にある小拠点でしょう。放っておくと、こちらの動きが読まれます」
レンはゆっくりと立ち上がった。
もう次が来たのか、という感覚はない。
むしろ、ようやく本格的に回り始めたという感覚だ。
「じゃあ、先に潰す」
「先に、ですか」
「相手が来る前に、こっちが行く」
ガルドが思わず口を開いた。
「……落としたばかりの都市で、もう次に行くんですか?」
「当然だろ」
「普通じゃないですね」
「魔王だからな」
レンはそう言って、地図の北を指さした。
「次の獲物は、関所の前にある見張り塔だ」
リゼルが小さく息を吐く。
「本当に、休ませる気がありませんね」
「魔界に休みはない」
バルドが楽しそうに笑う。
「いいぞ、主。そういう方が話が早い」
ガルドは頭を抱えた。
「この都市、落ち着く日は来るんでしょうか」
「来ない」
レンは即答した。
「魔界統一が終わるまではな」
その一言で、空気が少しだけ引き締まる。
ただ拠点を増やすだけではない。
都市を回し、領域を広げ、相手がこちらを見た時にはもう遅い状態にする。
それが、黒瀬レンのやり方だった。
ガルドは生かされた。
そして今、彼は魔王の都市を動かす歯車になり始めている。




