第2話 鉱山都市を落とせ
翌朝、黒瀬レンはまず、玉座に座るのをやめるところから始めた。
「……座ると、魔王っぽいな」
「そりゃ魔王ですからね」
玉座の下で、リゼルが即座に突っ込む。
昨夜の初戦で疲れ切っているくせに、口だけはまだ元気だった。
レンは玉座の肘掛けに片手を置き、目の前に広がる簡易地図を見下ろした。
そこには、昨日までただの“弱小領地”だった場所の周囲が、ざっくりと描かれている。
「で、鉱山都市はここか」
「はい。名前だけは立派ですが、実態は旧採掘拠点です。今は近隣の魔族が勝手に占拠して、資源を搾り取っています」
「搾取か」
「ええ。魔界らしいですね」
レンは鼻を鳴らした。
魔界らしい、という言葉がもう少し誉め言葉として使われてもいいと思うが、どう考えてもそうではない。
「資源があるなら、まずそこを取る」
「昨日も同じことを言っていましたね」
「大事だから二回言った」
「ただの強欲です」
「魔王だぞ」
「知っています」
リゼルは肩をすくめたあと、地図の一角を指さした。
「鉱山都市の支配者は、ガルド・ヴァイス。元は戦闘用の下級魔族ですが、今では中間搾取が得意な小物です。部下は多いですが、統率は甘い。正面からでも勝てます」
「正面からでも、か」
「はい。ですが、正面からやる意味はありません」
「だろうな」
レンは顎に手を当てた。
正面突破は簡単だが、雑に勝つのは美学がない。
それに、初回十連で引いた配下を活かすなら、無駄な消耗は避けたい。
「昨日の配下、動かせるか」
「もちろんです。むしろ本番はここからです」
そう言って、リゼルはやけに生き生きした顔になる。
戦争の話になると、この軍師は少しだけ楽しそうだった。
「ゴブリン百体は、三班に分けます。第一班は偵察、第二班は陽動、第三班は荷運びと補給です」
「雑用が多いな」
「数があるので。スケルトンは前線の盾にします。損耗を気にしなくていいので、かなり便利です」
「便利、か」
「インプは夜間撹乱。視界を奪えば、敵は自滅します。オーク三体は温存します。あれは最後の切り札です」
レンは少しだけ頷いた。
そして、最後にリゼルの方を見た。
「お前は?」
「私は当然、全体の指揮です」
「臆病なくせに?」
「臆病だからこそです。無謀な指揮官は長生きしません」
それは、その通りだった。
レンは笑って、立ち上がった。
「よし。行くか」
「はい。ですが一つだけ」
「なんだ」
「今回は、ただ勝つだけでは足りません。鉱山都市を落としても、あとに残るのは“奪った領地”です。住民も資源も、そのまま使える形で確保しないと意味がない」
レンは少しだけ目を細めた。
「つまり、壊すな、ってことか」
「壊すな、ではなく、壊しすぎるなです」
「難しいな」
「魔王向きの感性ではないですね」
「魔王向きって何だよ」
そんなやり取りをしているうちに、門の外ではすでにゴブリンたちが整列を始めていた。
昨夜はただの寄せ集めにしか見えなかった群れが、今日は少しだけ軍勢らしく見える。
「……意外と、ちゃんとしてるな」
「統率補正のおかげです。あなたの命令が通りやすくなっている」
リゼルは当然のように言ったが、レンにとっては十分すぎる成果だった。
命令が通る。
それだけで戦場はまるで違う。
「ゴブリン隊、前へ」
「ギギッ」
「スケルトン隊、後方待機」
「カタカタ」
「インプ隊、上空警戒」
「キキキッ」
「オーク隊は俺の近くにいろ」
三体のオークが、何も言わずに重い足音で並ぶ。
昨夜よりも少しだけ、配下たちの動きが揃っていた。
レンはそれを見て、内心で手応えを感じた。
ただ引いただけの群れじゃない。
使えば使うほど、軍勢として形になっていく。
「……これなら、いけるな」
「油断は禁物です」
「してない」
「今の間が、すごく油断でした」
「うるさい」
その頃には、すでに鉱山都市の外縁が見えていた。
黒い岩山をくり抜いたようなその街は、上から見れば採掘場、下から見れば城塞だった。
入口には粗末な柵と見張り。
だが、その数は少なくない。
「まずいですね」
「何がだ」
「こちらの動き、もう読まれているかもしれません」
レンは目を凝らした。
見張りの配置が妙に固い。
それに、砦の上には通信役らしいインプ型の魔族までいる。
「……準備してるな」
「ええ。昨日の襲撃で、こちらの存在は知られています。しかも、あなたが魔王になったという情報も、もう広がっているはずです」
「広がるの早いな」
「魔界ですから」
またその言葉か、と思いながら、レンは口元を歪めた。
だが、悪くない。
広まるなら広まれ。
どうせ最終的には全部取る。
「リゼル」
「はい」
「最初の一手は?」
リゼルは少しだけ目を閉じ、すぐに答えた。
「ゴブリンを三方向に散らして、正面を薄く見せます。そこへインプを飛ばして視界を乱す。敵が前に出た瞬間に、スケルトンで受け止めて、オークで指揮所を叩きます」
「昨日と同じようで、少し違うな」
「相手が準備している以上、同じ手は通りません」
「いい」
レンはゆっくりと息を吐いた。
初戦では、ただの“寄せ集め”だった。
だが今回は違う。
戦場の形を見て、こちらも組み立てる必要がある。
「なら、いくぞ」
レンが手を振り下ろすと、ゴブリンたちが一斉に動いた。
三方向へ散り、わざとバラついた動きを見せる。
それを見た見張りが、ほっとしたように前へ出た。
「来たぞ!」
「数は多いが雑魚だ!」
その油断が、最初の罠だった。
上空からインプが飛び込み、見張りの視界を奪う。
悲鳴が上がる。
その隙にスケルトンが前へ出て、柵ごと敵の前線を押し返した。
「今だ」
リゼルの声が、冷たく響く。
「オーク隊、右」
重い足音。
三体のオークが、一斉に右側の高台へ駆け上がった。
そこには、指揮を執っていた魔族兵がいた。
だが気づいた時にはもう遅い。
「な、なんだこいつら――」
オークの一撃が、先頭の魔族兵を吹き飛ばした。
続けてもう一体。
最後の一体が、悲鳴を上げる暇もなく地面に叩きつけられる。
レンはその様子を見ながら、静かに口を開いた。
「……弱いな」
「敵が、ですか」
「いや、今の俺たちが、だ」
リゼルが少しだけ目を見開く。
「それはまだ戦力としては未完成ですので」
「でも、昨日よりはかなりマシだ」
それは事実だった。
ゴブリンはただの数ではなく、役割を与えられた。
スケルトンは壁になり、インプは目を潰し、オークは要所を潰す。
配下たちは、それぞれに仕事を持ち始めていた。
その時だった。
鉱山都市の門が内側から開き、重装の魔族が姿を見せた。
他より一回り大きい。
角も鋭い。
そして何より、目つきが悪い。
「……ガルドか」
「おそらく、そうでしょうね」
相手はレンたちを睨みつけ、口の端を吊り上げた。
「新しい魔王? 聞いていたより随分と子どもじゃないか」
「見た目で判断するのは悪い癖だぞ」
「生意気な」
ガルドは片手を上げた。
すると、周囲の兵が一斉に前へ出る。
「ここは俺の鉱山だ。返してほしければ、力ずくで来い」
レンは、その言葉を聞いて笑った。
「いいのか、それで」
「何がだ」
「力ずくで来い、って言ったな」
「言った」
「じゃあ、遠慮しない」
レンが指を鳴らす。
その瞬間、リゼルが即座に命令を飛ばした。
「ゴブリン第二班、左側通路へ。第三班は荷車を止めろ。スケルトン、前面維持。インプ、上を取れ。オーク、主人公の左右に――」
「おい」
「何ですか」
「主人公って言うな」
「違うんですか?」
だが、そんなやり取りの間にも戦場は動いていた。
荷車を止められたことで、敵の補給線が詰まる。
インプが飛び回り、相手の視界が乱れる。
スケルトンが壁になり、ゴブリンが横から噛みつく。
ガルドの顔が、初めて歪んだ。
「小細工を……!」
「小細工じゃない」
レンは前へ出る。
そして、ガルドの真正面で立ち止まった。
「戦略だ」
ガルドが斧を振り下ろす。
だがその一撃は、オークが受け止めた。
重い音が鳴る。
一瞬の硬直。
その刹那、レンは右手を振るった。
「終わりだ」
オークが体勢を崩したガルドの脇腹へ踏み込み、全力で殴り抜いた。
重装の巨体が、地面を滑るように吹き飛ぶ。
「ぐっ……!」
「まだだ」
レンはさらに一歩踏み込む。
ガルドは立ち上がろうとしたが、その背後に、いつの間にか回り込んだゴブリンたちがいた。
投石。
足止め。
そして、スケルトンの槍。
ガルドの動きが止まる。
「……なぜ、こんな雑魚どもに……」
「雑魚だからだ」
レンは、冷たく言った。
「お前みたいな相手は、強い一体じゃなくて、弱い多数で崩す」
「――っ」
「魔界は、数を無駄にしてきた。だから弱い。
だったら、数を使い切る側が勝つ」
ガルドの目が揺れる。
その揺れを見た瞬間、レンはもう勝負がついたと悟った。
「リゼル」
「はい」
「止め」
「了解です」
リゼルの命令に合わせ、スケルトンが一斉に前へ出る。
槍先が、ガルドの喉元を押さえた。
勝負あり。
沈黙が落ちる。
鉱山都市の兵たちは、誰もが動けなかった。
レンは倒れたガルドを見下ろし、静かに言った。
「ここからは、俺の領地だ」
ガルドは苦しげに笑った。
「……ふざけるな。こんな、ガキに……」
「ガキでいい」
レンは肩をすくめた。
「勝った方が上だろ」
それだけ言うと、レンは背を向けた。
もう終わりだ。
殺す必要があるなら殺すが、今は生かした方が使い道がある。
「リゼル、残党をまとめろ。鉱山の設備も確保する」
「はい。ですが、もう少し領地らしく“占領”ではなく“接収”と言った方が――」
「細かいな」
「大事です。あとで住民が逃げません」
「逃げられたら困るのか」
「困ります。資源が減ります」
やっぱりこの軍師、根っからの現実主義だった。
レンは新しく手に入れた鉱山都市を見渡した。
黒い岩壁。
剥き出しの採掘道具。
資源の匂い。
そして、次に回せるガチャの気配。
「……いいな」
「何がですか」
「これで、次が回せる」
リゼルは、もう何度目か分からないため息をついた。
「本当に、あなたは戦争を資源調達の手段だと思っていますね」
「違うのか?」
「……違いません」
そうして、鉱山都市は落ちた。
まだ完全な支配とは言えない。
だが、最初の拠点としては十分すぎる収穫だった。
鉱山の収益とともに、軍勢は確実に強くなる。
魔界統一への道は、もう始まっている。
そして次の一手で、最初の“進化”が訪れる。




