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水門のガーディアン——Water Gate Guardian——  作者: 上部乱


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第6話 夜明けまで耐えればいい……


砂漠じゅうに、

雄の魚人の怪しい咆哮が満ちていた。


近い。遠い。あちこちから響く。


シーリンは呼吸すら押し殺し、

ほんのわずかな物音も立てまいとしている。


――奴らは「聞く」。

数分前に、彼女がそう言ったばかりだ。


その言葉を、

俺は命令みたいに頭へ焼き付けた。


だが、どれだけ隠れても――

周囲の魚人は、

確実にこちらへ近づいてくる。


最初は戸惑い、

目的もなくうろついていた。


動きには探りの匂いがある。

しかし次第に、方向が絞られていく。


迷いが消えた。

もう、あちこち探さない。


俺たちを見つけた魚人は多くない。

三体だけが、

一直線にこちらへ向かってきた。


まだ確信はない。

この岩盤の上に“何か”がいる。


だが、

それが獲物か天敵かまではわからない

――そんな感じだ。


俺は

「喋らず、物を倒さなければ聞こえない」

と思っていた。


……甘かった。


フェネックが聴覚だけで

砂の中の虫を定位できるように、


こいつらの耳は――

たぶん俺の心臓の鼓動や、脈まで拾う。


もう迷いはない。

いちばん近い一体が、完全に標的を定めた。


そいつは冷たい夜砂へ潜り込み、

猛スピードで移動し始める。


……おかしい。

砂に潜ったほうが速い?


考えている暇はなかった。


砂漠魚人が岩盤の縁から跳ね上がる。

氷棚で休むアザラシに、

シャチが襲いかかるみたいに。


俺には相手が見えない。

ただ、目の前を風が切った気がした。


反射でシャムシールを構えたが――間に合わない。


そいつは俺の革帽子に噛みついた。

装備のおかげで、頭蓋が割れずに済んだ。


俺は慌てて、刃を“それ”の腹へ突き刺す。


魚人が痛みに跳ね退いた。

俺のシャムシールは腹を裂き、

内臓が地面へ零れ、

血が俺の顔に飛び散る。


――そして、

シャムシールは相手の動きに引っ張られ、

手元から離れた。


薄闇の中、輪郭だけが見える。


脚がない。

下半身は、ウツボみたいな長い体だ。


(だから砂の中のほうが速いのか……!)


その魚人は瀕死の甲高い叫びを上げた。

残り二体が、その声に一瞬動きを止める。


……怯んだ。


だが、さらに遠くの同族は状況がわからず、

むしろ大群がこちらへ集まり始める。


(シャムシールだ。武器が要る!)


二体は状況を理解したらしい。

明らかに弱そうなシーリンではなく、

武器を失った“脅威”の俺へ突っ込んでくる。


(こいつら、賢い……!)


二体が同時に飛びかかった。


俺は武器がない。

腕を上げて、鎧で受けるしかない。


一体が俺の腕に噛みついた。

俺は勇気を振り絞り、

その顔面へ拳を叩き込む。


効くかどうかはどうでもいい。

とにかく離せ。


魚人はよろめき、

シーリンのそばへ転がった。


シーリンは迷いなく、

喉へ刃を突き立てる。


魚人がびくりと痙攣した。


その瞬間、三体目が俺を押し倒した。


両手で肩を押さえ込むが、

相手は体重をかけて沈み込んでくる。


肉鉤みたいな長い牙で、

俺の喉を噛み切ろうとする。


蹴ろうとしても、

ぬめった長い下半身のせいで踏ん張れない。


――そのとき。

手元の重みが、急に軽くなった。


魚人の頭が半分、落ちた。

血しぶきが俺の顔を叩く。


ボールちゃんが、

魚人の首の上に立っていた。


手の回転砂刃が赤い残像を引き、

高速で血を振り払っている。


三体倒した。

……これは、すごい戦果だろ。


だが、必死の争いが立てた音で、

周囲の大半の魚人がこちらへ

意識を向けてしまった。


「多すぎる! 逃げたほうが――」


俺はシャムシールを拾い、砂羯を引こうとした。



「ダメ!」


シーリンが止める。


「魚人がいちばん好きな獲物は砂羯。

 砂羯はそもそも逃げ切れない。

 荷物と私たちを載せたら、なおさら」


包囲がじりじり迫る。


「じゃあ、どうするんだよ……!」


砂の中を“泳ぐ”音が聞こえる。

本当に近い。


「この岩盤を死守する。

 砂から出たら、

 動きはオアシスのリクガメみたいに鈍る」


シーリンは冷静だった。


俺たちは岩盤の中央へ下がる。


魚人が砂面から跳び出す!

一体、二体、三体、四体、五体――。


「でも数が……!」


不安が喉を締める。


魚人は岩盤の上で跳ねる。

釣り上げられて甲板に落ちたサメみたいに。


腕で支え、這うように近づいてくる。

遅い。普通なら、一擊で叩き落とせる。


――けど。


もし本当にサメを釣り上げたとして。

お前は近づいて、

躊躇なくナイフを突き立てられるか?


俺は無理だ。


でも、シーリンとボールちゃんは違った。


「夜明けまで耐えればいいだけ」


シーリンの一太刀は、

戦いというより“作業”だった。


「最悪だ……今夜は寝られねえな」


俺も腹を括り、

シャムシールを振るって飛び上がってくる魚人を

迎え撃つ。


四方八方から来る魚人に備え、

俺たちは三人で岩盤の三方向を担当した。


攻撃の形が固まるほど、

互いに助け合う回数は減り、

三人の距離は少しずつ開いていく。


砂の中では魚人が速い。

だが岩盤の上は、二足で立つ側の領域だ。


俺は調子よく斬れた。

次々と魚人が倒れていく。


目が暗闇に慣れ、

魚人の姿がだんだんはっきりしてくる。


そして気づく。

こいつらの多くは、

俺と交戦する前から

頭も顔も傷だらけだった。


「シーリン。こいつら、

 来る前から傷を負ってる。

 他にも敵がいるのか?」


 シーリンが少し考える。


「いるにはいるけど……

 ガルパーイールは傷をつけない。

 あいつは丸呑みだから――っ!」


シーリンはそれ以上答える暇もなく、

振り向きざまに魚人の首を刃で断ち切った。


俺も考えるのをやめ、

目の前の怪物を斬り続ける。


視力だけじゃない。

俺の力も、どんどん強くなっている。


今の俺は、

一振りで飛び上がった

魚人の頭を真っ二つにできた。


「ヤスト。

 できるだけ、刃で頭を叩き割らないで」


シーリンが心配そうに注意する。


斬りやすすぎて、気づいていなかった。

俺のシャムシールは、もう鈍っていたのだ。


次の魚人へ斬りかかる。

だが刃は、

鞭みたいにしなって頬を裂いただけだった。


魚人が痛みと怒りで大口を開け、

俺へ飛びかかる。


(やばい。シャムシールが――使えない)


シーリンとボールちゃんは遠い。


「死」という字が、

魚人の口の中に刻まれているように見えた。

頭の中で走馬灯が回り始める。


この世界に来てからの出来事が、

ひとつずつ目の前を流れて――


そこで俺は、“救いの情報”を思い出した。


俺は指を突き上げる。


水弾ウォーターバレット!」


小指の先ほどの水滴が、

指先に凝縮された。


全身が、渇きで満たされる感覚。


まるで、

俺が絞りきったスポンジで、

そこから搾り出された水が

指先で高速回転しているみたいだ。


小さな水弾が、

一直線に撃ち出され――

目の前の“死を運ぶ大口”を貫いた。


水弾の勢いは落ちない。


魚人が俺の前に倒れ込んだ後、

弾道の先からさらに二つ、

悲鳴が上がった。


 シーリンが目を見開いて俺を見る。


「……いまの、どうやったの?」

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