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水門のガーディアン——Water Gate Guardian——  作者: 上部乱


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第5話 砂漠の夜


ピン!


夜明け前。

深夜よりも深い時間に、

ゴーレムコアのシステム音が鳴り響いた。


その音のせいで、

俺は新しい目覚まし時計を

買ったのかと錯覚する。


「まだ暗いじゃねえか……

誰がこんな時間に設定したんだよ……」


一瞬だけ、高校時代に戻った気分になった。


『生命力が完全回復』


窓の外は、まだ真っ暗だった。


俺が一番早起きだと思ったのに、

シーリンとクルユウドはすでに朝食の用意をして待っていた。


さすが農耕時代の人間だ。


平たいパン、

ナツメヤシの干し実、ハーブティー。

そして――やたら多い肉。


「俺の見送り? 豪華すぎないか!」


笑いながら席につくと、

クルユウドが一瞬きょとんとした。

俺が何か場違いなことを言ったみたいだ。


「本来、祝うべきことだ。

……見送りってのも、理由のひとつだがな」


父親は温かく笑った。


俺がパンをちぎって口に入れたとき、

家の扉が開いた。


年配の男が、家族を連れて入ってくる。


「新しい水門ガーディアン、就任おめでとう」


老人が穏やかに挨拶する。

男たちも一人ずつ前に出て、俺に礼をした。


……いや、丁寧すぎるだろ!


シーリンのほうを見ると、

今度は

女たちが次々に彼女を抱きしめていた。

儀式感がすごい。


その一家は食卓で形だけ飲み食いし、

籠いっぱいの食料を置いて、

祝福の言葉を並べて帰っていった。


それからも、家族連れの訪問が次々と続く。

礼をして、抱きしめて――。


水門ガーディアンって、

この町じゃ本当に重要なんだな


朝食を終えると、

シーリンが荷造りをして出発の準備を始めた。


彼女も俺と同じく、

盗賊から剥いだ革鎧を全身にまとい、

腰にはシャムシール。


荷物は大きな包みで、

鍋だの器だの、

いろいろ詰まっている。


女の子に何が必要なのか俺にはわからない。


だが、

あれを担いで砂漠を横断できる気がしない。


一方の俺は、

そもそも手ぶらでこの世界に放り込まれた。

持っていくものなどない。


両手が空いていると、妙に身軽だった。


俺たちは村の出入口へ向かった。


子どもたちが張り切って、

大袋の食料と飲み水を渡してくる。


年配の女性が、

俺の体型に直した服を数着持ってきて、

まとめてシーリンの背負い袋に押し込んだ。


ムフタルが、

二頭の動物を連れてきた。


見た目は羊に似ているが、ずっと大きい。


「こいつらは村の種雄の砂羯サプリコーンだ。

去勢してねえから少し荒い。


だが、

乗り物にできるのは残り二頭しかいない」


申し訳なさそうに言いながら、

ムフタルは荷物を二頭に振り分けてくれた。


シーリンは軽やかに鞍へ飛び乗り、

手綱を取る。


俺も真似したかったが――

馬すら乗ったことがない。


不器用に這い上がり、

尻が硬い鞍に馴染むまで延々と苦戦した。


シーリンが笑みを含んで、

“英雄”の失敗を眺めている。


ボールちゃんが器用に俺の前へよじ登り、

手綱をひと振りした。

砂羯が太い足で、

ざくざくと砂海へ踏み出す。


こいつ、俺よりこの世界に詳しいんじゃ……


シーリンが日の出の方向を指した。


「焚風の季節が明けたばかり。

 日の出と、

 風が吹いてくる向きを頼りに進めば、

 大きく外れない」


 彼女は先頭で、慣れた様子で道を取る。


「で、バチェラシュって場所まで、

 どれくらい?」


背後で小さくなっていく

オアシスを見ながら、俺は尋ねた。


「全部で五日くらい。

 でも、

 いきなりバチェラシュには行かないよ。

 途中、北東のイェスィルに一日寄る」


 シーリンは手をかざして前方を眺めた。


「せっかくだし、

 村のために売り買いもしないと」


「今日中にイェスィルに着くのか?」

かないよ」


 シーリンが甘い笑みを向ける。



「日が沈む前に岩盤に着く。そこで一泊」


「はは……野営か。ロマンチックだな」


「ロマンチックねえ……。

 あなた、

 よくそのノリでここまで辿り着いたよね」


――それは質問じゃない。

そういう言い方だった。


砂羯の歩みは急がず、

安定して、果てしない砂海を進む。


最初はその壮大さに圧倒されたが、

景色なんて、見慣れると退屈になる。


その点、

シーリンは話しやすい旅の相棒だった。


オアシスの

暮らしの小話をたくさん聞かせてくれる。


この世界で生きるために、

俺が今すぐ知るべきことばかりだ。


彼女は俺にも興味津々で、

ボールちゃんのことをあれこれ聞いてくる。


俺は知っている限りを答えた。


すると今度は、

俺のスニーカーや、

村に現れたときの奇妙な格好に話題が移る。


日暮れ。

太陽が完全に沈む前に、

俺たちは岩盤の近くへ到着していた。


「今夜はここで泊まるんだよな?」


俺は地面に飛び降り、

硬い岩盤を踏みしめる。


砂と違って、芯のある感触が気持ちいい。


シーリンは分厚い外套を取り出し、

一着を俺に渡した。


「昼は暑くても、

 外は夜になるとすごく冷えるよ」


受け取った瞬間、わかる。

気温の落ち方がえげつない。


俺は鎧を外して、

少しでも楽に寝ようとした。


「外套は鎧の上から着て。

 夜に何が起きるかわからない」


シーリンに止められた。


……正しい。

俺は少し恥ずかしくなった。


旅人なのに、

観光客みたいな振る舞いをしていた。


「寒いなら火を起こさないのか?」


昔のボーイスカウトで

焚き火を習ったことを思い出す。


ここは俺の出番だ、と言いたくなった。


シーリンは干し肉の準備をしながら、

寝袋を広げていく。


「この砂漠の夜は、火を焚いちゃダメ!」


怯えた声だった。


「……理由は」

 俺は、だいたい察してしまう。


「砂漠魚人は火を知ってる。

火を感じたら、人がいるってわかる」


シーリンは警戒を隠さない。


砂漠魚人。

この生き物の名を聞くのは、

これで三度目だ。


気にはなるが、誰もいい話をしない。

見ないに越したことはない。


砂漠は昼夜の寒暖差が極端だ。

昼が灼けるほど熱いぶん、

夜は骨まで冷える。


焚き火のない夜はきつい。

俺たちは砂羯の体温と、

厚い寝袋だけを頼りに耐えるしかなかった。


ボールちゃんが俺の胸元に潜り込み、

静かに熱を出す。

 

こいつの判断では、

俺のほうがシーリンより寒さに弱いらしい。


「砂漠魚人は夜行性。

 朝まで耐えれば大丈夫」


シーリンは遠くを見つめ、

俺は彼女の横顔を見る。


整った輪郭は夜の闇に溶け、

ぼんやりとしか見えない。


砂海の星空は、天から泉が傾れ落ちるみたいに降り注いでいた。


冷たい夜が、

俺たちの不安を静かに鎮めていく。


億万光年の彼方の星は見えるのに、

隣の仲間の顔は見えない。


――空が、こんなにも輝けるなんて。

俺は生まれて初めて知った。


称号を確認し、

「加害者」から

「水門ガーディアン」に切り替える。


潜行の効果で、

シーリンが敵の集中攻撃を受けるのは避けたい。


俺と違って、

シーリンはこの夜空に慣れている。


彼女の胸にあるのは、

美しさじゃなく恐怖。

顔に出ているのは不安だった。


「今夜は朔月。

 焚風季が終わって最初の朔月は、

あいつらの求愛期のピークなの」


シーリンは朝持ち出した食料――

干し肉と砂羯の乳酪を取り出す。


俺は齧った。

匂いはきついが、体に力が入る味だ。


「こんな真っ暗でも、

あいつら動けるのか?」


「目じゃないの」

シーリンは自分の耳を指差す。


「聞くの」


「見ない? 

 じゃあ火はどうやって見つける?」


「感じる。熱にすごく敏感なの。

 だから昼には出てこない」


夜風に乗って、

遠くから奇妙な咆哮が届いた。


「まさか……あれが……」

俺は緊張してシャムシールを握りしめる。


「砂漠魚人で間違いない。

 まだ距離がある……。

 今夜は交代で眠ろう」


「……いや、もう一回聞いてくれ」


俺は不安で、

シーリンの腕を軽く引いた。


シーリンは顔を強張らせ、

再び耳を澄ます。


「……求愛に負けた雄が、

 暴れ始めたみたい」


砂漠魚人の咆哮が、

四方八方から次々に響き始める。


テッテレー!


『ゴーレム昇級イベント開始――“砂海大逃殺”』


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