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水門のガーディアン——Water Gate Guardian——  作者: 上部乱


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第4話 水門ガーディアン


扉の外から話し声が聞こえた。

やたら声が大きい。

わざと抑えている感じもない。


「クルユウド。

水門の鍵、まだお前が持ってるのか?」


――鍵?

さっきの盗賊の頭目も、

確かそんなことを言っていた。


どれくらい眠っていたのかはわからない。

意識が、少しずつ戻ってくる。


頭が割れそうに痛い。

胸は、トラックに轢かれたみたいだ。


目を開けると、見知らぬ天井があった。


ピン。


『状態:重傷回復中』


起き上がろうとして――


「ッ……!」


胸に激痛が走った。

盗賊に殴られたのを覚えている。

骨が折れていないといいが。


自分の体を見る。

まるでミイラみたいに包帯だらけだった。


頭、胸、腕……。

包帯には血の跡まで残っている。


誰が……手当てを?


部屋を見回す。

荒らされてめちゃくちゃだが、

ベッドだけは形を保っていた。


飾りの痕や家具の雰囲気からして――

女の子の部屋。

シーリンの部屋か?


「鍵は、まだ俺が持ってる。ムフタル」


クルユウドの声は、

痛みを必死に耐えているみたいだった。


 ……この声。

シーリンの父親か。


「まだ守れるのか?」


「俺の手足を見ろ……。

治るまでは、

まともな水門ガーディアン者なんて務まらねえ……」


重い溜息。

そこには無力さと絶望が混じっていた。

傷は相当深いのだろう。


あんなふうに刺されて、まともに治療もなけりゃ……一生ものの障害だ


「父さん、回復薬、先に飲む?」

 ――シーリンの声だ。


その声を聞いただけで、

なぜか胸が少しだけ軽くなった。


「回復薬じゃ、

今のお前の親父には効きが薄い。

もっと強い治癒が要る」


ムフタルが大声で言う。


「シーリン、その薬は若い方に使え」

クルユウドが言った。


「でも……

前の焚風の季節で

回復薬を使い切っちゃって、

村に残ってるのはこの一本だけだよ」


「だからこそだ」


「砂漠魚人の求愛季が来る。

今の村で、

誰がバチェラシュまで

行って治癒師を呼べる?」


ムフタルの口調は、

わからず屋の子どもを叱るみたいだった。


「薬一本じゃ、

村じゅうには足りねえ。

……今は、あいつに賭けるしかない」


クルユウドが、

娘に言い聞かせるように言った。


俺は、全部聞いてしまった。

……この世界は、想像以上に厳しい。


起き上がろうとしたが、

傷がずきりと痛んで、

すぐベッドに押し戻される。


「……あいたた……」


 情けない声が漏れた。


次の瞬間、扉が勢いよく開いた。

シーリンが回復薬を手に、

心配そうな顔で入ってくる。


彼女の顔を見ると、

勝手に「何かしてやりたい」と

思ってしまう。


「さっきの話、全部聞こえた。

……俺に手伝わせてくれ」


 俺は真剣に言った。


 シーリンの目が、すぐ潤む。


「どうして? 

どうして、そんなに優しいの?」


「俺の故郷の言葉で言うなら……

『気がかりで仕方ないんだ 』ってやつだ」


「放って逃げたら、

これから先、

俺は一日だって安眠できない」


「でも……私たち、

あなたが誰かも知らないのに」


シーリンは俺の隣に腰を下ろし、

包帯の様子を少し確かめた。


「知り合わないと助け合えないなら――

俺は東方安遠。これで、手伝っていいか?」


「その薬、飲み切るまではダメ!」

 シーリンは涙を拭って、笑った。


俺は薬瓶を受け取り、

仰向けにぐいっと飲み干した。


ピン。


『状態:自然回復効果が加速』


幸い、

貫通するような致命傷はない。


体の奥から、

生命力が一気に戻ってくる感覚がした。


再び扉が開き、

日に焼けた肌の老人が入ってきた。


覚えている。

さっき盗賊団と戦っていたとき、

子どもたちを率いて石を投げていた人だ。


(老いてなお盛ん、ってやつか)


老人は革鎧一式とシャムシールを抱え、

腰にももう一本ぶら下げている。


どしどしと部屋に入ってきた。


「全部聞いたぞ、東方安遠!

 お前の名は妙だが、勇気は見事だ!」


 この声の主――ムフタルだろう。


「はは……」


俺は乾いた笑いを返した。

名前が妙だとは思わないが。


「これを持ってけ!」


老人は抱えていた装備を、

勢いよく俺に押しつけた。


「さっきの盗賊どもから剥いだものだ!

 お前には取り分がある。

いちばん良いのを回してやった!」


「うわ……革鎧に、シャムシール……!」


「もう鍋蓋なんぞ被って

冒険させられるか!」


ムフタルの一言一言が、

全部叫び声みたいだ。


……耳が遠いのか?


俺はベッドを降りた。

回復薬のおかげで、

体はかなり楽になっている。


 装備を整え始めると、

シーリンが気づかいながら手伝ってくれた。


 そのとき――

 床が、もこっと盛り上がった。


 熱砂ゴーレムが、

ベッドの下から飛び出してきたのだ。


 昇級のせいか、少し背が伸びている。

 それに……腕が二本増えていた。


 丸っこい胴体。

短い足。

むっちりした二本の手。


 ゴーレムはムフタルのそばへ走り、

つま先立ちになって、

老人の腰のシャムシールをぺたぺた叩く。


「お前もシャムシールが欲しいのか?」


ムフタルはあっさり、

腰のもう一本のシャムシール

をゴーレムに渡した。


「シャムシールは十三本も鹵獲した。

一本くらい増えても構わん」


老人が面白そうに笑う。



『装備:砂漠のシャムシール』


ゴーレムはシャムシールを核へ吸い込み、

次の瞬間、

手の中に“砂の刃”が現れた。

刃縁が高速回転している――砂刃だ。


「おおっ! 

とんでもねえ小物を連れてやがる!」


ムフタルの表情が語っている。

 ――シャムシール一本でこの見世物なら、

元は取れた、と。


「こんな魔物、見たことない……! 

あなた、これを手なずけたの?」


 シーリンが尊敬の眼差しで俺を見る。


「これを連れて歩ける理由は……

話せば長い」


「名前は?」


「……そういや、名付けてなかったな」


「えー。じゃあ、どう呼ぶの?」


「呼んだことない。

必要なときは勝手に来るし」


「じゃあ『ボールちゃん』にしようよ。

ほら、まんまるだし」


 俺は適当に言った。


 シーリンが、ものすごく嬉しそうに笑う。


(便利ゴーレムに、

犬みたいな名前が付いた……)


ボールちゃんはその名が気に入ったらしい。


すぐ手足を体の中へ引っ込め、

本当に球みたいに転がり始めた。


ごろごろごろ――と扉の外へ。

包帯を巻いたクルユウドの足元で止まる。


危うく「お父さん」と

呼びかけそうになった。


威厳と慈愛が同居した顔つきで、

父親力が滲み出ている。


「東方安遠、か。

どこの者か、名からはわからんな」


「地名で言うなら……日本。


 でも、どこにあるかは聞かないでくれ。

俺も、

どうやって

ここに来たのかよくわからない」


クルユウドは笑った。


シャムシールたぶん、

俺が適当を言っていると思ったのだろう。

だが、追及はしない。


「助けてくれて、ありがとう」


「だが……

治癒師を呼びに行くだけじゃない。

もう一つ、お前に託したいものがある」


 クルユウドは懐へ手を入れた。


 十本の指のうち、

八本がガーゼで巻かれている。

 滲む血が、衣服を赤く染めていた。


 掌を開く。

 血に汚れたガーゼの上に、

古びたブロンズの小さな鍵が乗っていた。


「娘よ……この男なら、任せられるか?」

 クルユウドが、

 慎重すぎるほど慎重に、

 シーリンへ確認する。


「……彼なら。

 私たち、きっともう――

 これ以上の人を見つけられない」


 シーリンは俯いた。


 声には寂しさと、

 灰の中に残る火種みたいな

 期待が混じっていた。


 俺は鍵を見る。


 鍵の下には、

 まるでキリストの聖痕みたいな傷――

 誰かのために負った傷がある。


 その瞬間、

 鍵が見た目以上に重く感じられた。

 俺は鍵を受け取る。


 ピン。


『新称号獲得:水門ガーディアン』

『水源のそばで水魔法を使用しても精神力を消費しない』

『魔法解放:初級ウォーターバレット』


 俺は鍵を握りしめ、見つめた。


「これは……?」


「イチネ地下河流域には、

 七つの聖壇がある。

 これは、

 そのうち一つの聖壇の水門の鍵だ」


 クルユウドが重々しく言った。


「そんな大事なものを……どうして俺に?」


「俺の手を見ろ」


 クルユウドは血まみれの両手を、

 俺の目の前に差し出した。


 ――もう、

 責任を背負える状態じゃない。

 痛いほどわかった。


「七つの聖壇が伝説かどうかは、

 俺にも確信がない。


 だが、

 フェナリの手下が

 ここまで嗅ぎつけた以上、

 軽く見るわけにはいかん」


「盗賊頭は野心家だ。

 聖壇が迷信だったとしても、

 鍵を握らせてイチネ川を支配させるのは、

 砂漠の住民にとって最悪だ」


ムフタルが部屋から出てきて、

俺の肩を叩く。


「奴らがもう一度来たら、

 この鍵は守れねえ」


「でも、鍵が見つからなかったら……

 奴らは、あなたたちを許さないんじゃ?」


 ――二人とも黙り込んだ。


「もし聖壇の中に、

 奴らが欲しがるものがあるなら……

 その『中身』が、

 逆に奴らを倒す鍵になるかもしれない」


空の薬瓶を持った

シーリンが部屋へ戻りながら言った。


男たちは顔を見合わせ、

子どもの無邪気な発想を

受け止めるような目をした。


何か言いかけた、

そのとき――俺が先に口を開いた。


「あなたたちの言う通りだ。

 フェナリって奴が、

 理由もなく伝説や迷信を

 本気にするはずがない」


「もし奴らが動くなら……

 俺たちは、ただ見てるわけにはいかない」


 大人二人が驚いた顔をする。


「お前は、この砂漠で育っていないな。

 俺たちの伝説を

 子どもの頃から聞いていれば、

 そんなことは言えねえ」


クルユウドの声には、

言いようのない期待があった。


「でも、シーリンは言えるじゃないか」

 俺は彼女を見る。


「わはは! クルユウド!

 見ろよ、よそ者にまでわかる。

 お前が娘をどれだけ勇敢に育てたか!」


 クルユウドが、誇らしそうに微笑んだ。


「よし。言い分はわかった。

 だが、まずは鍵を預かってくれ。」


 「もっと重要なのは――

 バチェラシュへ行き、

 治癒者を呼ぶことだ」


ボールちゃんが

クルユウドの足元から転がり、

俺のところへ戻ってきた。


「任せてくれ。全部、俺がやる」


俺は革鎧を叩いた。


正直、かなり自信があった。

盗賊の小隊を倒し、村を救ったばかりだ。


回転砂刃を装備したゴーレムもいる。

しかも魔法まで解放された。


今の俺なら、何だってできる気がした。


「……で、

バチェラシュへの行き方、知ってる?」


 シーリンが期待を込めて問う。


三人の男の顔に、複雑な色が浮かぶ。


一人は不安そうに。

一人は疑わしそうに。

そして一人は、どうしたものかという顔。


「じゃあ、こうしよう。

明日の朝、私が一緒に行く!」


シーリンは嬉しそうにしゃがみ、

ボールちゃんの頭――いや、

体をぽんぽん叩いた。


……熱くない。

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