第3話 砂賊キラー
頭が痛い。
激しい痛みだ。
血が目に流れ込み、
視界が真っ赤に染まる。
『警告:生命力低下』
倒れるわけにはいかない。
目の前には、
まだ刃物を持った盗賊が四人いる!
あたり一面、乱戦だった。
武器を持っていない盗賊なら、
村人たちが簡単に取り押さえられるはずだ。
俺は、まだシャムシールを
握っている連中に集中しなきゃいけない。
また一人、シャムシールを構えて突っ込んでくる。
……妙だ。
さっきより動きが、
ほんの少しだけ遅い気がする。
俺はボロボロの鍋蓋を掲げ、
無理やり受け止めようとした。
刃が鍋蓋を裂き、
手に縛り付けた椅子脚に引っかかる。
俺は力いっぱい手首を捻った。
盗賊のシャムシールが、
あっさりと手から滑り落ちる。
勢いのまま前に飛び込み、
俺はそいつを地面に押し倒した。
盗賊が憎々しげに俺を睨む。
……そこで俺は、逆に怯んだ。
怖いんじゃない。
顔が――はっきり見えすぎた。
ここで麺棒を振り下ろせば、
こいつは確実に死ぬ。
俺は手を離した。
代わりに拳を握りしめる。
一発。二発。三発。
殴り続けるうちに、
俺は自分の力が妙に大きいことに気づいた。
アドレナリンのせいか?
体の芯が、さらに強くなった気がした。
十数人の村人が、
棍棒や包丁を握って必死に戦っている。
すでに盗賊が二人、
彼らに押し倒されていた。
村人たちの多くが傷を負い、
血を流している。
そのうちの一人はシャムシールを持っているのに、
もう誰も斬れない。
子どもや老人が地面の石を拾って投げつけ、
老弱婦孺に突っ込もうとした盗賊を、
後から駆けつけた村人が組み伏せた。
武器を持てない者は、
別の道具を探して持ってくる。
混乱する状況を見渡すと、
素手の盗賊が三人、
村人にぐるりと囲まれていた。
その近くに、
村人が二人倒れている。
一人は肩に深い刃傷、
血がどくどくと溢れていた。
もう一人は脇腹に刃が突き立ったまま、
うつ伏せで、
手足がかすかに痙攣している。
(……息、あるのか?)
「シーリン!」
爪を抜かれていた男が、
血まみれの手足で叫んだ。
娘を守る力など残っていない。
男の視線の先を見る。
太腿を刺されて血を流す盗賊が、
あの少女の手首を掴んでいた。
脚をやられても、
力は盗賊のほうが上だ。
助けに走りたい。
だが、距離がある。
俺は周囲を見回し――熱砂ゴーレムが、
さっきの盗賊の顔から離れるのを見た。
俺はそれを掴み取る。
熱い。
構っていられない。
シーリンを掴む盗賊めがけて、
ゴーレムを投げつけた。
ゴーレムは空中で足をばたつかせた。
まるで「たかいたかい」を
されている赤ん坊みたいに。
……投げるの、ちょっと逸れたか
だが、
盗賊の顔の近くまで飛んだ瞬間――
ゴーレムが、自分から弾けた。
熱砂が舞い散り、
盗賊の顔面に降りかかる。
盗賊は反射的に目を閉じた。
シーリンがすかさず、
股間を蹴り上げた。
「うわああっ!」
盗賊が口を開けたまま崩れ落ちる。
俺は駆け寄り、全力で顎を蹴り抜いた。
盗賊が大量の血を吐いた。
え……?
そこまでの威力のつもりじゃ――
ゴーレムの核が地面に転がる。
『熱砂ゴーレム Lv1
生命力 10/10
精神力 0/5』
赤い警告が跳ねた。
『ゴーレムエネルギー枯渇。
直ちに精神力を注入せよ』
俺は核を拾い上げた瞬間、
体の奥の何かが吸い取られるのを感じた。
ゴーレムはすぐに、
また跳ね回れる状態に戻った。
――振り返る。
さっき俺が蹴り倒した盗賊。
背筋に冷たい汗が走る。
俺の蹴りが、
ちょうど舌を噛み切らせたのだ。
(この出血量……病院がなきゃ、死ぬ)
この村の状況。
この世界の技術水準。
胸の奥がざわつく。
……俺、やっちまった。
呆然としてしまった。
そして、
乱戦の最中で「呆然」は――致命的だった。
最後の一人。
シャムシールを持った盗賊が、
無防備な俺へ斬りかかってくる。
「危ない!」
シーリンが俺に飛びついた。
砂賊キラー俺たちは砂塵の中へ転がり込む。
赤くなった顔でシーリンが起き上がり、
俺は反射的に彼女を引き倒して背後に庇った。
盗賊の刃が、
間一髪でシーリンの後頭部すれすれを薙いだ。
軌跡が、はっきり見える。
――こいつに、
この子をこれ以上狙わせるわけにはいかない!
俺は踏み込んだ。
左手で奴の右手首を掴み、
力任せに捻る。
関節が外れた。
シャムシールが地面に落ちる。
盗賊は空いた手で拳を振り抜き、
俺の胸を殴った。
――強烈な衝撃。痛い!
頭を斬られ、
胸を殴られ……もう限界だ。
意識が遠のく。
『重大警告!生命力残量10%』
……もう、なりふり構っていられない。
俺は生きる!
俺は右手で、
盗賊の喉を握り潰す勢いで締め上げた。
熱砂ゴーレムが、
俺の殺気に反応したかのように頭上へ跳び――
そのまま盗賊の口と鼻に、
全身を押し込んだ。
盗賊の攻撃が止まる。
咳き込みながら、
俺の手を必死に引き剥がそうとする。
脚が暴れ、腰が跳ねる。
俺を振り落としたいのだ。
だが俺は、ただ全身の力を込めた。
視界の端が赤く滲む。
……これが、殺気に呑まれる感覚なのか?
腕の中の盗賊が、必死にもがく動きから、
次第に力を失っていく。
胸の上下が消え、
顔色が青紫へ変わった。
それでも俺は、指を緩めなかった。
全力で、締め続けた。
――そして。
『撃殺:敵1』
『警告:失血中。生命力が継続的に低下。
まもなく意識喪失』
力が抜けた。指が開く。
視界が暗くなっていく。
シーリンが駆け寄り、俺の体を受け止めた。
俺は地面に倒れずに済んだ。
テッテレー!
『ゴーレム昇級イベント――
“オアシスを襲う砂賊団” 終了
ゴーレム核が昇級
熱砂ゴーレム Lv2
装備ポート×1 解放』
『新称号獲得:砂賊キラー
砂漠環境下:耐力・視力+20%
対盗賊攻撃力2倍』
『称号「被害者」が「加害者」へ進化
開戦前:潜行能力を獲得
対執法者:全能力低下』
(……終わった。
イベントが、終わった……!)
ということは――盗賊は、全員……?
暗闇が濃くなる。
体が鉛みたいに重い。
村人たちが俺の周りへ集まってきた。
小さな子どもが、
怯えと感謝の混じった声で尋ねる。
「お兄ちゃん……君、だれ?」
答えたかった。
けれど血が流れすぎて、口が動かない。
俺はシーリンの腕の中で、
完全に意識を失った。




