第17話 融合する屍
テレン!
【ゴーレム進化イベント開始――『下水道掃除人』】
「案の定か……」
俺は自嘲気味に口の端を歪めた。
グルルのあの「働かざる者、通るべからず」と言わんばかりの口調を聞いた時点で、何らかのイベントがフラグが立つだろうとは予想していた。
ボールの奴も、この地下水路に入ってからというもの、ずっと成長を期待しているような反応を見せている。
「下水道掃除人」なんて名前は、お世辞にもロマンチックとは言えないし、英雄らしくもない。
だが、これでボールがより強力な戦闘ユニットに進化してくれるのなら、この先の旅にとってもプラスになるはずだ。
グルルは粗野な盗賊のように見えるが、案外、薄情なわけでもなかった。
彼は骨製の長槍を背負った、部族のエリートらしき二人のサハギン戦士を同行させ、しばらくの間、俺たちと一緒に歩いてくれた。
迷路のような水路で俺たちが迷うのを本気で心配しているのか、それともこの「乾燥した生き物」二人がサボらないか見張るつもりなのか。
あるいは……単に先頭を行くチャクルの姿をもう少し眺めていたいだけなのかもしれない。
俺たちは薄暗い支流に沿って十五分ほど進んだ。すると、空気中の湿気が変化し始めた。
土とカビの入り混じった涼しい風は、次第に濃密で、吐き気を催すような鉄錆の臭いへと取って代わられた。
血の臭いだ。
狭い曲がり角を抜けた瞬間、目の前の光景に俺は思わず足を止めた。
「グルル、あんた、これを『水垢』って呼ぶのか?」
俺は震える声で前方を指差した。
かつては広々としていたであろう水路が、どす黒い「何か」によって完全に塞がれていた。
それは岩でも土砂でもない。
凝固し、酸化して黒ずんだ、膨大な量の血の塊だった。
その血塊は、まるで巨大な黒いゼリーのように不気味な半凝固状態で、青石のレンガ壁の間にがっちりと食い込んでいる。
背筋が凍るほどの血の量だ。
これほどの「水垢」を溜めるには、地上に二十四時間フル稼働の屠殺場でもなければ説明がつかない。
「あれは……クレントラッシュよ」
シーリンが青ざめた顔で、シャムシールの鍔を固く握りしめた。
彼女の声は細く、だが重い悲しみを湛えていた。
その血がどこから流れてきたのか、俺たちには分かっていた。
数日前、フィナリの賊に血祭りに上げられた村。
あらゆる命が刈り取られた後、鮮血は川となって地上の排水口からこの地下の網の目へと一気に流れ込んだのだ。
地下水路の一定した温度と湿気のせいで、血液は乾くことなく、様々な不純物や腐敗した破片と混じり合い、恐怖の「血のダム」を作り上げていた。
「ただの血の塊なら……掃除するのは難しくないよな?」
俺は楽観的な口調でシーリンを励まし、ついでに自分自身をも納得させようとした。
少し離れた場所で、嫌悪感を露わにして立っている二人のサハギン戦士を見る。
連中には手伝う気など微塵もなさそうだ。
「水源の守護者」を自称する連中が、これほどの汚れを自力で掃除したがらないほど怠慢だったということか?
だが、実際にその黒いダムへと近づいた時、俺はこの「仕事」を甘く見ていたことを思い知らされた。
ただの血の塊なわけがなかった。
黒ずんだ赤の凝固物の中には、白くふやけた「何か」が隙間なく絡み合っていた――それは人間の断肢であり、叩き割られた肋骨であり、粘り気のある液体の中から見え隠れする無数の頭蓋だった。
さらに恐ろしいことに、それらの死体は完全には「死にきって」いなかった。
「うう……あ……」
血塊の内部から、微かで悲痛な呻き声が漏れ聞こえてくる。
まだ完全に活性を失っていない筋肉組織が血漿の中で蠢き、酸素を求める魚のように、ちぎれた腕が神経質に石壁を掻き毟っている。
「これは、ひどいな……」
胃袋がひっくり返るような感覚に襲われる。
いっそ火を放って焼き払いたい。
だが、ここは地下水路だ。
空気は水を絞り出せるほど湿り、壁には滑りやすい苔がびっしりと生えている。
こんな環境では、火打ち石をいくら砕いたところで、この湿った屍肉の山を燃やすことなど不可能だ。
どうすればいい。俺は刀を握り直したが、この山を前にして完全に思考が止まってしまった。
そこへ、グルルがのっそりと近づいてきた。彼はどこから持ってきたのか、巨大な甲殻を削って作った無骨なシャベルを二本、俺とシーリンの手に有無を言わさず押し付けた。
「小さく切り崩せ。あとは水流が勝手に運んでいく」
グルルは、子供に泥遊びでも教えるような当たり前すぎる口調で「グルグル」と言った。
「切り崩せって……」俺は手元のシャベルと、目の前の血肉の小山を見比べた。
「言うのは簡単だよな」
「文句を言っている時間はないわ、ヤスト」
シーリンは顔色を悪くしながらも、すでに覚悟を決めてシャベルを受け取った。
「これがここを通るための対価だというのなら、やるしかないわ」
俺はため息をつき、「進化」のため、そして前進するために腰を落とした。
血塊から突き出され、俺の頬を掴もうと狂ったように動く腐った腕をかわす。
「悪く思うなよ、あんたを狙ってるわけじゃないんだ」
俺は全身の力を込め、暗紅色に固まった血塊へシャベルを叩き込んだ。
バシャッ――ズブッ!
心臓を直撃するような嫌な裂けるような嫌なとともに、洗面器ほどの大きさの、肩と肋骨が数本くっついた血塊が水の中へと落ち、どす黒い飛沫を上げた。
血塊はゆっくりと水流に乗り、水路の奥へと流れていく。
俺とシーリンは顔を見合わせた。
どうやら、この呆れるほど単純な方法が、唯一の解決策らしい。
「グルル、一つ聞いていいか?」
俺は必死にシャベルを動かしながら、懸念していたことを尋ねた。
「この水はどこへ流れてるんだ? もしこの病原菌まみれの死体が内陸の農地や水源地に流れたら、大流行病になるんじゃ……」
ボールの翻訳を聞いたグルルは、生臭い唾を吐き捨てた。
『お前たち人間は水源というものを分かっていないな。この水路の終点は海だ。海水はあらゆる汚れを飲み込み、浄化する。これは我らサハギン族が最も重んじる清めの原則だ』
「ならいいけどさ」
海で魚の餌になるのなら、まだマシだ。俺は少しだけ効率を上げて作業に没頭した。
夢中でシャベルを振るい、力任せに切り裂く。
俺の持つ「ディスメンバラー」の称号がこんなところで奇妙な恩恵をもたらしているのか、一振りごとに絡み合った筋膜を正確に断ち切ることができた。
このまま少しずつ流していけば、いつかはダムも消えてくれるはずだ。
俺は本気でそう願っていた。
しかし、掃除した面積が広がるにつれ、残された血肉の塊が外からの刺激に反応し始めた。
それまで無意識に蠢いていただけの死体たちが、狂ったように暴れだしたのだ。
静まり返っていた呻き声が、突如として一つの大きな悲鳴へと繋がっていく。
「ヤスト、下がって!」
シーリンが叫んだ。
俺が顔を上げると、前方にある「部屋一つ分」ほどもある巨大な血の塊が、鼓膜を震わせるような亀裂音を上げた。
バリバリッ――ズドォォォン!
壁面に張り付いていた凝固物の全貌が、
一気に剥がれ落ちたのだ。
だが、それは俺の期待を裏切り、水の中で砕けることはなかった。
それどころか、空中で身をよじらせ、血漿によって接着された無数の青白い手足が、意志を持っているかのように蠢き、這い回り始めた。
わずか数秒のうちに、その巨大な血の塊は水路の真ん中で這いずり寄ってきた。
それは無数の村人の四肢、砕かれた臓物、そして固まった血漿が練り合わされた、巨大な融合屍体だった。
体表には何百もの頭部が埋め込まれ、あるものは叫び、あるものは嘆いている。
無数の「足」や「手」が突き出し、ムカデのように地面を這うその姿は、まるでこちらを攻撃しようとする巨大な「血の痰」の塊のようだ。
ゾンビが血で繋ぎ合わされたような巨大な怪物。だが人型ですらない。
しかも厄介なことに、こいつは首を一つ飛ばせば済むような相手では決してないだろう。
「おい! グルル!」
俺はあまりの光景に呆然としながら、その巨大なスライムのような怪物を指差して叫んだ。
「どうするんだよ、これ! 小さくして流せって言ったじゃないか!」
グルルと二人の戦士も硬直していた。
その死魚のような目は、普段よりも大きく見開かれている。
『グルゴボ……どうするだと?』
グルルは信じられないものを見るような目で俺を見た。
『まさか人間、お前、こんなものと戦うつもりなのか!?』
「当たり前だろ、戦いたくなんてないよ!」
狭い通路の中で、ゆっくりと移動を開始した血肉の塊。
腐った数十本の手を振り回しながら迫りくるその存在に、俺はかつてない生存の危機を感じた。
「ちっ、逃げるぞ!」
俺はボールをひっ掴んで懐に押し込み、もう片方の手でシーリンを引っ張ると、チャクルに向かって口笛を吹いた。
掃除は失敗? 知るか! 今は命が一番大事だ!




