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水門のガーディアン——Water Gate Guardian——  作者: 上部乱


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第12話 スライムゴーレム


巨祖鳥は、

巨大な岩山へと向かって飛んでいった。


切り立った岩肌が連なる乱峰の間、

ひときわ目立つ大きなプラットフォームに、

その鳥の巣はあった。


砂羯サプリコーンに跨ったまま遠目に見上げると、

岩山の高さはそれほどでもないが、

それでも一千メートルはありそうだ。


整備された山道なら砂羯で

一、二時間もあれば登頂できるだろうがここには道などない。


剥き出しの岩肌があるだけだ。

ロッククライミング……。


俺はプロじゃないが、

一般人よりは動ける自信がある。

だが――。

これは『フリーソロ』だ。


ロープもなければ保護具もない。

おまけに下は水場どころか、

転落すればただでは済まない礫漠レグの荒れ地だ。


シーリンが岩山の麓に立ち、

上を見上げている。


その瞳には申し訳なさと失望が入り混じっていた。

彼女のあんな悲しそうな顔は、

一番見たくないものだ。


「ボール、何かできないか?」

丸っこいゴーレムは何も答えない。


ただ、シーリンの荷物の中から革手袋と、

さっき摘んだあの実を取り出した。


「そのねっとりした実……使うのか?」

ボールは答えない。


代わりに、自身の体を構成していた半粘土状の砂を霧散させ、コアを露出させた。


その意図が、なんとなく読めた。

俺は実を手に取り、ナイフで割る。

そして、その粘り気のある果肉をボールの核に接触させた。


『新素材:イェシルの稠膠果パストフィグを獲得。

ゴーレムを成形しますか? 』


『はい/いいえ』


迷わず『はい』だ。


『新形態:スライムゴーレム Lv3』


ボールの姿が、白く、ねっとりとしたものに変わっていく。


砂の質感は完全に消え去り、

今や手足の生えた巨大な「白ボンド」の塊のようだ。


『装備:ペタペタ・ハンド』


ボールは飲み込んでいたシャムシールを吐き出し、

代わりに手袋を「食べて」巨大な手を形成した。


そいつは高くそびえる岩壁に向かって跳ねると、

小学生の玩具のように「ペタッ」と音を立てて山肌に張り付いた。


……正直に言おう。

白くて平べったくなったボールの姿は、

ちょっと気持ち悪い。


ボールは両手でがっちりと岩肌を掴むと、

俺とシーリンに向かって二本の足を伸ばしてきた。


スライムゴーレム。

熱砂ゴーレムのように熱を発したり、

爆散したりはできないようだが、


その代わり、

この粘着性と伸縮性は別の使い道がある。


ボールのベタベタした両足が、

俺とシーリンの手首に巻き付いた。

服を汚さないように配慮してくれているのが助かる。


ボールが登り始めた。

その粘つく手を使って。


俺とシーリンも、

できるだけ足場を探し、

指をかける場所を見つける。


少しでもボールの負担を減らし、

登攀速度を上げるためだ。

それに、負担が大きすぎてエネルギーを使い果たしてしまうのも怖い。


一千メートルの岩壁は、

口で言うほど簡単じゃない。


神様からもらった『ゴーレム』の助けがあっても、

登り切る頃には太陽は火のように赤くなっていた。


黄昏時だ。

正直なところ、

チャクルが生きているとは思えなかった。


だが、諦めるにしても、

この目で見届ける必要がある。


「仕方がなかった」とか「間に合わなかった」なんて消極的な言い訳で、

自分の不作為を正当化したくない。


せめてチャクルの残骸だけでも見つけて、

思い切り泣いてからじゃないと、

前には進めない!


隣にいるシーリンを見た。

俺の勇敢で美しい新妻を。


彼女は汗だくになりながら登り続け、

その瞳には一点の迷いもなかった。

自分たちは必ずチャクルを救い出せると信じている。


その自信は愚かさから来るものではない。

きっと、まだ間に合うと確信できる何かがあるのだろう。


彼女は何も説明しなかったが、

俺のことを完全に信頼しているのは伝わってきた。


俺もその感情に感化される。

これは、無謀な挑戦じゃない。


標高の高い場所では、

日没が数分遅れるのだろうか。


白から黄色、赤へと変わった空は、

今や紫へと染まりつつあった。


俺たちは肩で息をしながら、最後の力を振り絞って巨大な岩山の頂上へと這い上がった。


『登頂成功。

 クライミング・プログラムを書き込み。』


『機能スロット1:クライミング』


ボールの機能スロットは、

こうして解放されるのか。


じっくり研究したり、

喜んだりする暇はなかった。

やるべきことは目の前にある!


「グゥアアアア……ッ!」

山頂に着くや否や、

大型ネコ科動物の唸り声が聞こえてきた。

敵を威嚇し、

これ以上の接近を拒むような声だ。



チャクルは生きている!


俺は泣きそうになった。

だが、そのわずかな希望のすぐ後ろに、

巨大な絶望が横たわっていた。


巨祖鳥がそこにいた。

その体躯があまりに巨大すぎて、

背景の一部だと錯覚していたのだ。


巨鳥は頭を下げ、

何かを弄んでいるようだった。


チャクルが再び唸り声を上げる。

その声に混じって、

ピィピィという鳴き声が聞こえた。

……雛鳥か?


どうやら、チャクルは雛鳥のための「活き餌」にされているらしい。


俺とシーリン、そしてボールは慎重にその巨大な巣に近づいた。


近づくにつれ、巣の中には三羽の「小さな」巨祖鳥がいるのが見えた。


雛とはいえ、そのサイズは俺たちが乗ってきたサカツにも引けを取らない。


元の世界の感覚で例えるなら……。

まだ羽も生え揃っていない小鳥たちは、山頂に停まった三台の軽自動車のようだった。


毛のない鶏のような皮膚を晒し、そばに転がっている卵の殻はまだ湿っている。


生まれてから一時間も経っていないのではないか。

チャクルがまだ生きている理由は、これだ。

親鳥は、一番新鮮な食事を子供たちに与えようとしている。


俺たちは大胆に、かつ隠密に距離を詰めた。


親鳥の注意は、自分の子供とチャクルに完全に集中している。


チャンスだ!


俺は指を突き出し、巨鳥の目を狙った。


「水弾!」


山登りを終えたばかりで、

体内の水分が足りないのか。

集まった水弾はひどく小さく見えた。


「それじゃ、

大したダメージにならないわ……」

シーリンが心配そうに呟く。


「スキルの改良方法なんていくらでもある。

 例えば……こうだ!」


俺は地面の砂を拾い、

指先に集めた水弾の中に混ぜ込んだ。


元の世界の実習で先生が言っていた。

ウォーターカッターに研磨剤を混ぜれば、

非常に硬い物質でも切断できると。


「せめて、目の中に砂が入るくらいの嫌がらせにはなるだろ」


実験のような、

あるいは悪戯のような気分で、俺は叫んだ。


「くらえ!

俺の新しいチート技――『濁水弾だくすいだん』!」


泥水のような濁った水弾が、

巨鳥の目に向かって激射された。


『スキル使用プロセスを記録:濁水弾』

『派生スキル発生:土属性魔法をアンロック』


巨鳥の目に命中した。

痛みか、あるいは痒みか。


奴は即座に目を閉じ、

凄まじい勢いで首を振った。


どうやら、

『濁水弾』は相当な効果があったらしい。


巨鳥が軽く動くだけで、

山頂の気流が激しく揺らぐ。


「うおっ! デカすぎて、

 首を振るだけで嵐かよ!」


俺は反射的にシーリンの腕を掴んだ。


過酷な生活の中で鍛えられた彼女の手は、

少し荒れていた。

手のひらにじんわりと汗をかきながらも、

彼女は俺の手をぎゅっと握り返してきた。


巨鳥は怒りに任せて翼を広げ、

脚の爪で地面を掻き回す。


砕石と突風が周囲に吹き荒れる。

こいつはもはや、生きる天災だ。


俺たちは身を低くした。

親鳥の注意を引かないため、

そして荒れ狂う風と飛んでくる石を避けるためだ。


一秒一秒が神経を削り取る。


巨鳥は大きな翼を広げ、

俺たちの頭上を旋回し始めた。


その影はまるで雨雲のようにのしかかり、

日光さえも飲み込んでいく。


その圧倒的な圧迫感に、

体ごと地面に押し潰されそうだった。


俺はシーリンに低く囁いた。

「動くな。やり過ごすんだ」


心臓の鼓動が早まる。

荒い呼吸さえ悟られないよう、

残された鳥の目に捕らえられないよう、

必死に祈った。


その時だった。


鳥の巣の方から、か細い、

絶望に満ちた悲鳴が聞こえてきた。


チャクルが押さえ込まれたのだ。


二羽の雛鳥がチャクルの上に飛び乗り、

一羽が頭を、

もう一羽が腰を足蹴にしている。


そして三羽目が、

鋭いくちばしでチャクルを突き始めた。


俺とシーリンは顔を見合わせた。

わかっている。

もう、待てない。


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