第11話 砂漠豹
俺はシャムシールと骨槍を握り直した。
ボールも俺の緊張を感じたのか、
熱砂貫槍を装備している。
シーリンはきょとんとする。
「なにを緊張してるの?」
「だって豹がいるって……」
「うん。あそこに一匹。」
シーリンが何でもないみたいに指さす。
俺はびくっと跳ねて、その方向を見た。
……いた。
確かに豹。
でも、妙に無害そうだ。
鋭い爪に長い牙。
それでも毛はふわふわで、
どこか怯えがち。
大きさは大型犬くらいだ。
小動物をくわえていて、
木に引っかけてゆっくり
食べるつもりらしい。
捕食者。狩人。
それなのに、
俺たちに対しては殺意を
まるで出していない。
俺は度胸を出して近づいた。
シーリンは止めもしない。
危険な獣じゃないのかもしれない。
手を伸ばして撫でようとすると、
豹は目を細め、頭を低くした。
「え、こいつ……飼い猫……じゃないよな?
誰かが飼ってる?」
首元に首輪があるのを見つけて、
俺は驚いた。
「クレントラシュには、
豹を飼う牧人がけっこういるんだよ……」
シーリンは笑って言ったが、
言い終えた途端に顔が曇った。
クレントラシュで何が起きたのか、
まだ見ていない。
でも“首輪を付けた豹が放たれている”と
いう事実が、
何かを暗示している。
ボールが俺の足元まで転がってきた。
俺が何をする気か、読んだらしい。
俺は豹の頭をそっと撫で、
首輪の刻印を覗き込む。
もちろん俺には読めない。
だがボールの翻訳機能が、
視界に文字を浮かべた。
「チャクルー――礫石」
「チャクルー……
それがお前の名前か。
元の飼い主が、そう呼んでたんだな」
首筋を掻いてやると、
チャクルーは
気持ちよさそうに顎を上げた。
「行こう。
太陽が沈む前に
クレントラシュに着いたほうがいい」
シーリンが俺を促した。
それと同時に、
果実もいくつか
多めに摘んで荷物にしまい込んだ。
彼女は食べ残しの果皮をその場に埋め、
種は小さな布袋に丁寧にしまった。
「毛玉、俺の嫁が出発しろってさ」
名残惜しくて
チャクルーの頭をぽんぽん叩く。
本当に人懐っこい。
チャクルーは道端で首を傾げ、
座り込んだ。
俺は砂羯に飛び乗り、
もう一度だけふわふわの大猫を振り返る。
砂羯が走り出す。
追いかけてこい。
追いかけてきたら、
絶対に連れて帰って飼う。
数歩進んでは振り返り、
また進んでは振り返り――
そのうち、
本当にチャクルーが
走ってくるのが見えた。
表情がやけに真剣だ。
たぶん気のせいじゃない。
羊の群れに狼が
飛びかかるのを見た牧羊犬みたいな顔で、
チャクルーは
シーリンへ一直線に突っ込んだ。
テッテレー!
『ゴーレムレベルアップのイベント開始――
“ジャイアント・バード・エアレイド ”』
ボールのイベント警報が、
突然跳ね上がる。
妙に低い“雲”が、
俺たちの頭上に張り付いた気がした。
巨大な影。周囲が一気に暗くなる。
「……巨祖鳥?」
俺はシーリンを見る。
お前、伝説だって鼻で笑ってなかったか?
チャクルーが追いついた。
「だって、
誰も本当に見たって
証明できたことないんだもん!」
シーリンが悲鳴みたいに叫ぶ。
次の瞬間。
チャクルーが跳んで、
シーリンに体当たりした。
シーリンは砂羯から落ち、
礫地に叩きつけられる。
二回転して起き上がった、その場所へ――
巨大な爪が、空から掴みに来た。
チャクルーが攫われた。
シーリンの代わりに、
巨祖鳥に持っていかれたんだ。
俺は呆然と見上げる。
そいつは確かに巨大だが、
背後に太陽を背負っていて、
黒い輪郭しか見えない。
鳥の形だけは分かるのに、
細部がまるで読めない。
ただ遠目にも、
チャクルーが巨祖鳥の掴む爪の中で
暴れているのだけは見えた。
引っかき、噛みつく。
それでも巨祖鳥は意に介さない。
シーリンは転んだ痛みがあるはずなのに、
一切迷わず砂羯へ飛び乗った。
「助けられたんだよ、あの子に!
見捨てて鳥の餌にできるわけない!」
俺の勇敢な妻は、怯えもなく追いかける。
俺だって同じだ。
チャクルーは、
ついさっき
元の飼い主を失ったばかりなのに。
あの毛並み、あの人懐っこさ。
あれが引き裂かれるところなんて
想像したくない。
それに――
あの巨大な怪鳥は、
ボールの“ レベルアップ”に関わっている。
少しだけ考えて、
俺も砂羯を蹴った。
巨鳥が飛び去った方向へ、
全力で走らせる。




