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母の思い出

「美由紀、お願い!」


同級生の小百合は、朝教室で会った瞬間に頭を下げてきた。


「な、何!?」


「お願いがあるのよ」

「お願いって何?」

「それが・・・」


小百合は気まずそうに、話し始めた。

小百合は軽音部に所属している。

部員5名でギター2人にベース、キーボード、ボーカルでバンドを組んでいる。

小百合はその中でキーボードを担当していて、何度か演奏を聞いたことがある。


「もう少ししたら文化祭でしょ?そこで演奏する予定になってるんだけど・・・」


小百合は痛そうに包帯に包まれた指を見せてきた。

文化祭まで2週間程度、どう考えても治りそうにみえない。


「折れてはないんだけど、ヒビが入っちゃって・・・」

「それは大変じゃない」

「そうなの!でね、さすがに今更キーボードなしで演奏は厳しくて」


「・・・もしかして」


「代打頼めない?」


「ムリムリ!」


「どうして?美由紀、ピアノめちゃくちゃ上手いじゃない」

「いやいや、大したことないしさ・・・」


美由紀は2歳のころからピアノ教室へ通っている。

母親が女の子っぽい趣味を持たせたいと、通い始めたのだ。

そのおかげで絶対音感もあるし、中学に上がる頃には難しい曲でも大抵はすぐに弾けるようになった。

とはいえ、誰かと演奏するのも初めてだし、キーボードを使うのも初めてだ。

2週間程度で仕上がるかどう考えても不安が残る。


それに・・・小百合の肩越しに伸之がこっちを見てニヤニヤしている。


この軽音部のギターは、何を隠そう伸之だ。

つい最近まで帰宅部だったのに、同じクラスの子に誘われて入部したのだ。

彼氏の所属するバンドに代打で入って演奏とかなんだか恥ずかしい。

バレれば、からかわれるに違いない。

美由紀はなんとか抵抗していたが、最後には渋々引き受けた。

小百合があまりにもお願いしてくれるので、可哀そうになったからだ。

決して小百合に「彼氏の演奏を誰よりも近くで聞けるよ」と耳元でささやかれたからではないと自分に言い訳をしながら、早速のその日の放課後に軽音部の部室へ向かった。



「この子が私の代打の平野美由紀。私よりよっぽど演奏は上手いから安心して」

小百合がそういうと、「おぉー」と他のメンバーから感嘆の声が上がった。

期待値を上げないでほしいと思いながら、「多少弾ける程度です」と言って誤魔化しながらキーボードの前に立った。


「楽しみだなぁ~」


伸之はからかうように笑ってくる。

「伸之、あまりプレッシャーになるようなこと言うなよ」

他の部員にたしなめられて、伸之は「おぅ」と返事をすると近くの椅子に座った。

どうやら軽音部の小百合以外のメンバーは、伸之と美由紀が付き合っていることを知らないようだ。


(あとで覚えておきなさいよ)


スゥっと息を吸うと、鍵盤に両手を置いた。


(初めてだけどよろしくね)


キーボードに心の中で挨拶すると、軽く指を動かし始めた。


何を弾くか迷ったが、J-POPはあまり弾いたことがないので、自分の得意なクラシック曲を弾くことにした。

いつもはピアノで弾いているのでキーボードで弾くと、すごく軽く感じる。

最後まで弾き切ると、少し間をおいて拍手が起こった。


「・・・あんまりだったかな?」


美由紀が恥ずかしそうにそういうと、ベース担当の坂本が急にぎゅっと美由紀の手を握った。


「え?」

「すごいよ!俺、感動したよ」

「あ、え?あ、ありがとう」

美由紀が戸惑っていると、スッと「おい、急に触るとか失礼だろ」と伸之が坂本の手を払った。


「確かに!ごめん、突然手を握ったりして。あまりにも感動したもんだから」

「いえいえ、大丈夫です。感動したなんて、ありがとうございます」


美由紀の返事が不服だったのか、「お上手ですもんねぇ」と伸之が意地悪く言ってきた。

「褒めてくれるんですか?それはどうも」と美由紀も応戦する。


少しぴりついた空気に変えるように小百合が、「とりあえず楽譜これだから」と美由紀に手渡した。


「じゃあちょっと練習してもらって、弾けるようになったら合わせよう」


美由紀はパラパラと楽譜をめくり、内容を確認する。

どれも今年流行っている聞いたことある曲だ。


「これならすぐに弾けると思います」


そう言うと、みんな驚いたようだったが、伸之だけは動揺せずにここからの演奏を想像してかニタっと口元がゆがんだ。


演奏を終えると、「すごい!」バンドメンバーは口々に誉めてくれた。

確かに美由紀は一音も狂うことなく完璧に弾き上げた。

クラシックと違って、J-POP は想像できない動きをするが、自由な動きで楽しい、そんなことを考える余裕すらあった。

でも完璧には程遠い。

今まで一人で演奏してきたのとは違う。

バンドの曲は、全ての楽器が奏で、調和することによって素晴らしい曲になっていくのだ。

今の演奏では、ギターやベース、ボーカルに合うように演奏ができていたとは言えない。


「あの、もう一回いいかな?」


美由紀のお願いが20回を超えたころ、バンドメンバーはぐったりした様子で「今日は時間だから」とその日は解散することになった。


「音楽には妥協しないよな」

帰り道に伸之はそう言いながら、面白がるように笑った。


「迷惑だったかな?」

「いや、あいつら練習しなさすぎだったからちょうど良かったよ」

「だったら、いいんだけどさ。なんか音楽のこととなるとこだわりすぎちゃうんだよね」


「なんでそんなに演奏にはこだわるんだ?」

「好きだからだよ。好きだから、一番最高の状態にしたいの」


美由紀が当たり前でしょ?という顔で言うと、「お前らしいな」と伸之は嬉しそうに笑った。


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