最後のライブ
「雅之さん、良かったんですか」
伸之の実家を出て、近くの公園に立ち寄った。
「・・・もういいよ、もっと前からあの家を捨てるべきだったんだ。弟をあんなに傷つけて守ってやれなくて、俺も同罪だよ」
雅之はため息をつきながら、ベンチに座った。
「ここから見てたんだよ、伸之のライブ」
少し先にいつもやっていた路上ライブの場所が見える。
「はっきりとは聞こえない距離だけど、弟の歌声と観客の拍手を感じられて、週に一度の楽しみだった」
雅之は手で頭を抱えるようにして下を向いた。
「伸之・・・危ないんですか」
「・・・どうなるかはわかりません。ただもう治療法はないと言われたと聞いてます」
「・・・なんでだよ」
雅之は声をあげて泣き始めた。
何度も「伸之、ごめん」と言いながら、祈るように泣いていた。
「俺だけでも絶対行くから」
しばらく経って落ち着くと、雅之はそう言って恥ずかしそうに笑うと帰って行った。
「仲直りできるといいな・・・」
こんなに伸之を思っている人はいない。
すれ違ってしまったけれど、立派なお兄ちゃんだ。
美由紀は絶対ライブを成功させる、そう心に誓った。
「宜しくっス」
約束してすぐに津島は病院にやってきた。
津島は病室につくなり、伸之に声をかけると、どうやって曲作りしてるのか、楽器は何を使っているかなど質問攻めにしていた。
伸之も戸惑っていたようだったが、音楽談義が出来るのが嬉しいのか、あっという間に打ち解けていた。
伸之の病状も落ち着いていて、比較的元気なことも多い。
伸之の病気のことも、ここが病院だということも忘れてしまいそうになる。
「じゃーん!」
亜由美がパッと紙を広げる。
「透明デイズ、初ライブ!」
チラシには透明デイズ初ライブ講演と書かれている。
「これを配りまくって、満員にするわよ」
「ねぇ・・俺、これ?」
津島が指差したところをみると、小さく(津島慧)と書かれている。
「当たり前でしょ!あんたは主役じゃないの」
「ちぇ」
初対面とは思えないほど、二人は仲が良い。
それにしても亜由美のリアクションがいつもより大きいし、妙にテンションが高い気がする。
「じゃあ、俺帰ります!また来ます」
そう言った津島に続いて、亜由美と美由紀も帰ることにした。
津島は用事があると病院を出ると、走って駅に向かってしまった。
亜由美と二人で歩く。
いつもならマシンガントークなのに亜由美が全然喋らない。
「どうしたの?何かあった?」
美由紀がそう言うと、亜由美は「はぁ」と大きくため息をついた。
「伸くんに告白した」
驚きで足が止まる。
「・・・フラれたわよ」
亜由美も足を止め々しい顔でそういうと、「ふん」とまた歩き出した。
「私はあんたに負けたわけじゃないから」
「負けとか何の話よ」
「伸くんに言われたのよ、大事な人がいるって。今は大事な人と夢を叶えることに夢中なんだって・・・本当にむかつく」
亜由美の声が最後震えていた。
「本当にむかつくのよ。見たことない優しい笑顔で言うんだもん」
「亜由美」
「とっとと幸せになりなさいよね!」
そういうと亜由美は駆け出した。
「大事な人・・・」
美由紀は頬が赤くなり、体温が上がるのを感じた。
1993年5月10日―
朝起きてカレンダーをみると、今日の日付にライブと書かれている。
「いよいよ本番か」
時計を見ると、まだ起きるには早い時間だ。
でも緊張と興奮で二度寝できそうにもない。
起き上がって居間へ向かうと、母がもう起きていた。
「おはよう」
「おはよう、早いのね」
「なんだか緊張で早く起きちゃった」
「そう。今日はライブだものね」
「うん。お母さんこそ、早くない?」
「今日は美由紀のライブだからね。いい朝ご飯を作ってあげたくてね」
母はそう言って微笑んだ。
父が出て行って、もう一ヶ月になる。
母は清々したと言っていたが、美由紀の中では自分のせいでという気持ちがぬぐえなかった。
私が音楽を続けると言ったから、両親がもめてしまったのだ。
「・・・ありがとうね」
「母親なんだから当たり前でしょ。もう少しで朝食出来るから顔洗っておいで」
「うん」
父に認めてもらえなかったことは残念だが、母が応援してくれて素直に嬉しい。
いつか父にも認めてもらえるだろうか。
「ダメ、ダメ。今日は今日のライブに集中しなきゃ」
不安気か顔が鏡に映っている。
美由紀は自分に言い聞かせると、ダイニングへ向かった。
いつものようにキーボードを背負って、家を出る。
暖かい風が吹いている。
忙しくて気づかないうちに春がもう来ていて、すでに夏ももう近づいてきている。
伸之と再会して1年―
自分がもう一度音楽をやるなんて思ってもいなかった。
そして夢をもつことが出来るなんて思わなかった。
今は伸之と音楽を続けていくことだけが私の願いで夢だ。
ずっと伸之の隣で弾いていたい。
ぎゅっとキーボードケースの紐を握った。
歩く速度が速くなっていく。
今はただ伸之に早く会いたい。
ライブ会場につくと、思ったより広くて圧倒されてしまう。
300人くらいは入りそうだ。
「・・・ここでやるの?」
「そうよ」
亜由美は腰に手を当てて、敏腕プロデューサーのように自信満々に立っている。
「言っておくけど、ここは通過点。ここからもっと大きくなるんだから」
ここからもっと大きくなる。
そんな未来はあるのだろうか。
またどこかに不安な気持ちが湧いてくる。
「なんて顔してんの?いいからステージに立ってみなさい」
亜由美に促されて荷物を置いて、ステージに上がってみる。
視線が上がって誰もいないホールが隅々までよく見える。
「ふぅ」
息を吐いて目を閉じる。
ここにたくさんのお客さんが入って、揺れるペンライト、拍手―
お客さんの1列目には亜由美がいて、隣には伸之がいる。
「ドキドキする・・・」
「バーカ」
目を開くと伸之が立っていた。
入院着じゃない、いつもの私服で、髪形もセットしている。
「緊張してんじゃねーよ」
「だって、こんな大きなところでライブなんてさ」
「俺らは、いつだって今できる最高の音楽を演奏するだけ、だろ?」
伸之はニカっと笑う。




