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彼の兄

「えっと・・・」

時計を見ると、あと20分ほどで休憩時間だ。


「あと少しで休憩時間になるので、そのタイミングでもいいですか?」

「もちろん」

雅之まさゆきは笑顔で頷いた。


昔見かけた時はもっとクールというか冷たい印象だったが、今はまるで違う。

伸之のぶゆきから聞いていたイメージとも違う。

何の話だろうとドキドキしながら、休憩時間になるとマスターに事情を話して、雅之の席へ向かった。


「お待たせしました」

「いえいえ、休憩時間にすいません。あの好きなもの頼んでください」

「いえ、そんな悪いので」

「そんなこと言わないで、休憩時間を使わせて申し訳ないし」

そう言って強引にパフェを頼んでくれた。

「本当に突然申し訳ない。弟の様子が気になってね。美由紀みゆきさんなら詳しく知ってるって叔母さんから聞いたもので」

「伸之さんの様子ですか?」

「最近入院したって聞いて心配で・・・。その上病院を抜け出したこともあるっていうし・・・」

雅之は深くため息をついた。

「心配はしてるんですけど、でも多分俺とは話してくれないから」

「伸之さんのこと心配されてるんですね」


「たった一人の弟だからね」


そう言って雅之は切なげな顔でコーヒーをじっと見つめていた。

そして伸之のことを考えているのかコーヒーカップを両手で優しく包んだ。


「伸之さんは元気ですよ。ご飯も食べてるし、ギターも弾いてるし、私に冗談で意地悪言ってくるし」

「いじわる?」

「それくらい元気ってことです」

そういうと心から安心したように微笑んだ。


「良かった」


「お見舞いにいってあげてください」

「・・・そうですよね、普通は行きますよね」

ハハと弱々しく笑った。

「でも、俺たち仲良くないからいけないんですよ。俺が悪いんですけどね・・・」

「何かあったんですか?」

「俺たちの家のことは何か聞いてます?」

「少しだけ聞いてます」


伸之の家は、両親と雅之と伸之の4人家族だ。

両親は高学歴で母親は医師で父親は大手商社のエリートサラリーマンだった。

当然両親は息子二人にも高い学力を求めた。

雅之も伸之も親の期待に応えるべく頑張っていたが、歳を重ねると伸之の学力は兄に比べて劣るようになっていった。

その時から両親は雅之ばかりを可愛がるようになった。

なんとか雅之は弟を輪に入れようとしたが、両親の気持ちは変わることはなかった。

そして雅之が高校生、伸之が中学生になった頃、母に頼まれて叔母の家に行くことがあった。


「あら、雅之じゃないの」


奥の部屋からギターの音がする。

なんとなくギターの音を気にしていると、叔母がおかしそうに「気になる?」と聞いてきた。

うなずくと、「ついてきて」と口元に手を当てて静かにねと合図を送って来る。

ゆっくりついていくと、叔母が奥の部屋の扉を静かに開ける。


そこには伸之がいた。


楽しそうに小さく歌いながらギターを弾いている。

あんなに幸せそうな伸之の顔は久しぶりに見た。

「旦那が昔使ってたギターがあったから弾かせてみたのよ。ほんの一ヶ月でこんなに弾けるようになったのよ」

叔母は嬉しそうに話している。

伸之にはこんな優しく見守ってくれてる人がいるとわかって、雅之は肩の荷が下りた気がした。


「あの子には才能があるわ」

「才能―」


伸之には音楽の才能がある。

もう一度こっそり部屋を覗く。

楽しそうにギターを弾いている。


(伸之はこの家に縛られちゃいけない)


そこから雅之はより一層勉強を頑張った。

伸之を自由にするには自分が親の期待に応え続けるしかない。

それと同時にさらに伸之との距離は広がっていった。

伸之に優しくすれば両親が良い顔をしない。

自分に当たるならいいが、伸之に当たられては困る。

雅之は伸之と関わらないようにした。

寂しくも感じたが、伸之の才能を、笑顔を俺が守っているんだと思うと頑張れた。


「最近は路上ライブをしているでしょう?あれを見た時は感動しましたよ。こっそり毎週見に行ってたんです。伸之が夢に向かっているのを見るのだけが今の楽しみなんです」

「そのことを伸之には?」

「言えませんよ。言ったとしても今更信じてはくれないでしょうし」

弱々しく笑うと、美由紀をまっすぐに見た。

「どうか伸之のことよろしくお願いします」

雅之はコーヒーを飲み終わると、「また来ます」と言って帰って行った。

その背中は寂しそうで、小さく見えた。


◇◆◇


「おい、聞いてるのか?」

ぼんやりしていると、伸之がこっちを睨んでくる。

「え?あ、ごめん」

「ったく、どうしたんだよ?」

「別に何もないわよ」

「まぁいいけどよ・・・。で、新曲の話なんだけど」

「新曲出来たの?」

「あぁ。入院して時間だけはあるからな」

そういうといつものノートを取り出した。

「ここに書いてあるからコードつけて、アレンジも頼む」

「わかった」

ノートを受け取ると、鞄にしまった。


「あと来週か再来週ここでライブしようと思ってる」

「・・・は?ここって病院?」

「病室じゃなくて、中庭でな」

「中庭だとしても、それって大丈夫なの?」

「ほら、この前麻友子のためにライブをしただろ?そのライブが良かったから患者さんのために定期的にライブをしてもらえないかって」

「そんな依頼があったのね」

「お前の予定もあるだろ?一応予定聞いておこうと思って」

「一応私の予定聞いてくれるんだ」

「当り前だろ?二人でバンドしてんだからよ」

照れくさそうにして伸之はいくつか日にちを提案してきた。

「じゃあこの日とこの日ならいけるよ」


そんな話をしていると、バン!と病室の扉が勢いよく開かれた。


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