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失う怖さ


伸之のぶゆき!」


美由紀みゆきが慌てて駆け寄って、体を揺さぶるが反応はない。


「伸之!伸之!」

顔が青白く、意識は戻らない。

「死んじゃイヤ」

亜由美あゆみの声に手が震える。


「大丈夫か」

パニックになっている美由紀を身体から引き離すと、スタッフが駆け寄ってきて意識の確認や呼吸の確認をしている。


救急車を誰かが呼ぶ声、バタバタと人が走る音―

周りの喧騒が遠くでなっているような感覚になった。


次に美由紀の意識がはっきりしたのは、病院の廊下だった。

隣で亜由美がぐずぐずとハンカチで目をおさえている。


「どうしたの・・・?」


だんだんと記憶が蘇って来る。

頭からサーっと血の気が引いていくような感覚になる。


「伸之・・・」


美由紀が立ち上がると、処置室から医師が出てきた。

「えっと、木下さんのお身内の方?」

「はい」

自分でも驚くほど当然のように答えた。

「ではどうぞ」

亜由美にアイコンタクトで待っておくように言うと、そのまま医者と看護師に付いて個室へ向かった。


医師が座り、看護師が隣に立っている。

美由紀が座ると、一呼吸置くと「病状について説明します」と医師が話し始めた。

話が難しく、正直何を言っているのかわからない。

というより、まだ気持ちがついていけておらず、静かにしていても頭の中はパニック状態だ。

わかったのは、伸之は入院をしなければならないということ、決して病状は軽いものではないということだ。


「このままでは危険ですので、今晩から入院いただきます」


医師の温度のない言葉が頭の中で反芻する。

何とか立ち上がると、入院手続きのために他の大人を呼んできますと言って個室を出た。

その後はマスターに連絡し、そこから伸之の親へと連絡がいった。


そこからは何をしていたのか覚えてはない。

何も手につかないまま、ただ時間が過ぎていった。


もし、伸之がいなくなってしまったらー


そのことが頭から離れず、部屋から出たから現実が襲いかかってきそうで動けずにいた。


「美由紀?」

母は時折部屋に来ては、声をかけてくれるが何の反応もできない。

どれくらい横になっていただろう。

部屋に閉じこもっても現実は変わらないし、忘れることもない。

それでも現実を見るのが怖い。

起き上がって、歩くと何かにつまずいてこけそうになる。

なんとか体勢を整えて、振り返ると数本のカセットテープが落ちている。

亜由美が作成した書類選考用のテープだ。

亜由美はテープを何本か作っていて、それを渡されたのだ。


カチャー


ラジカセを開き、テープを入れて蓋を閉じる。


カチッ


再生ボタンを押すと、軽やかなメロディが流れ、伸之の歌声が流れてくる。

透明感のある綺麗で、それでいて力強い。


「伸之・・・」


涙が溢れそうになる。


“一緒に演奏してくれたおかげで今があるからさ”


ステージに立つ前に伸之が言っていた言葉。


「美由紀、電話よ」

母からの声に、返事もせずに部屋をでて、ぼんやりと電話に出た。

「あんた!何してるのよ!」

突然の大声に一気に目が覚めたような感覚になった。

「亜由美ちゃん・・?」

「あんた見舞いにも来ずに何してんの?伸之が早く会いに来いって言ってるわよ」

「え・・・」


伸之が言ってる―


「目を覚ましたの?」

「うるさいわね、もう昨日から意識は戻ってる。早く病院来なさい!」

亜由美は一方的にそう告げると、ガチャっと電話は切られてしまった。


ぽた、ぽた・・・

床にしずくが落ちて、跡をつけていく。


「良かったぁ・・」

美由紀は崩れ落ちた。

「大丈夫?どうしたの?」

母の胸の中で落ち着くまで泣き続けた。


外に出ると鼻に触れる空気が冷たい。

真っ赤になっている鼻にはちょうどいいかもしれない。

美由紀はマフラーに顔をうずめながら、病院へ急いで向かった。


「見舞いに来るの遅いだろ?」

病室に入ると、伸之は不服そうな顔でこちらを見ている。

「大丈夫なの?」

「まだ生きてるよ」

そう言って伸之はふざけて睨んでくる。

少しずつ近づくと伸之の顔がはっきり見えてくる。

「よかったぁ」

気づいたら、伸之の胸に飛び込んでいた。

「おい、いてぇよ」

伸之の温かい体温を感じる。


(生きてるんだ)


「ちょっと!あんた何してんのよ!」

振り返ると、亜由美が恐ろしい顔をして立っている。

「ここは病院よ?」

そう言われて、急いで身体を離した。

「まったく薄情な女なんだから。お見舞いに全然来ないし」

「それは、その・・・ごめん」

「どうせ、俺が死ぬんじゃないかと思って落ち込んでたんだろ?」

伸之はため息をつきながら、「まったく」と首を横に振った。

「わかりやすすぎな。俺、そんな簡単に死なないから」

「ごめん」

「まぁいいけどよ。それに、…謝るのは俺の方だし」

「え?」

「オーディション、最後まで受けられなかったろ?」

音楽祭の一次審査と二次審査の間で倒れたので、途中で棄権という形になっていた。

優勝は一次審査で1位のバンドだった。

「オーディションはまた出ればいいから気にしないで」

「そうよ。私が敏腕マネージャーとして探してきておいてあげるから」

亜由美がポンと胸を張って叩いた。

「マネージャーなの?」

「そうよ?ファン兼マネージャー」

伸之にそうなの?と視線を送ると、「さぁ」という顔をしている。

「まぁまぁここから3人で頑張りましょ」

最終的には亜由美に押しに負けてファン兼マネージャーということになった。


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