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真っ直ぐな二人

美奈みなは母の日記を閉じた。

「お母さんも色々あったんだね」

写真の母に向かって話しかけてみる。

同じ写真のはずなのに、その笑顔は前までと違って見えた。


「いってきまーす」


美奈は掃除している父に声かけると、家を出た。

今日は蒼汰そうたとマスターの入院している病院へ向う予定だ。

待ち合わせ場所に着くと、もう蒼汰は待ってくれていた。


「病院まですいません」

美奈が改めて恐縮すると、蒼汰は「大丈夫ですよ」と微笑んだ。

「最近は調子がいいようですし、何より本人が話したがってるので」

マスターは今癌で入院している。

癌になってもう3年も経つらしく、何度も入退院を繰り返しているそうだ。

「いつ死んでもおかしくはない、そう言われているのに、もう半年以上生きてるんですよ」

蒼汰は苦笑いをしていた。


でも、生きているだけいい。

母の笑顔が頭に浮かんだ。


病室に入ると、マスターは座って新聞を読んでいた。

「父さん、元気そうだね」

「おぉ」

美奈の存在に気づいて、頭を少し傾げたかと思うとすぐに「美由紀みゆきちゃん?」と小さく言った。

「美由紀の娘の美奈です」

「あぁ、娘さんか。そりゃそうだよな」

すぐに新聞紙を横に置くと、嬉しそうに笑ってくれた。

「昨日連絡したろ?父さんを尋ねてきてくれたんだよ」

「それは嬉しい。美由紀ちゃんは元気かい?」

「・・・母は先日亡くなりました」

美奈がそういうと、「そうか」と肩を落とした。


「3年前に倒れまして、ずっと意識が戻らないまま頑張ってはいたんですが・・・」

「そうだったんだね。年賀状も来なくなったから、何かあったんじゃないかと心配ではあったんだ。でも私も癌になってしまったもんだから」

「それで母が亡くなった報告もさせていただきたかったのと母のことを聞きたくて今回来させていただいたんです」


母の日記のこと、自分と母の確執についても話をした。

マスターは静かに頷きながら聞いてくれた。


「美由紀ちゃんは、本当に真っすぐないい子だったよ。仕事も一生懸命でね。現実的なところもあったけど、夢を見ているような少女の部分もあってね。大人ぶった子供みたいだったよ」

マスターは遠くを見ながら、昔を思い出しているようだった。

その顔は穏やかで本当にその時楽しかっただろうなと感じた。


「母は伸之のぶゆきさんとバンドをされてたんですよね?」

「あぁ。なんだか最初は仲が悪そうで心配してたら、気づいたら二人でバンドやるとか言い出してね。あの時は驚いたよ。とてもいい曲が多くてね、伸之くんも美由紀ちゃんもすごく声が綺麗だった」

「父さん、その時の録音とか写真とかない?」

「私はもってないな。吉田さんとこの亜由美あゆみちゃんが持ってるんじゃないかな」

「吉田さんってあのおっきな家の?」

「そう」

吉田さんの家は美奈も知っていた。

この近辺にはなかなかない豪邸で、建設会社をいくつか経営するお金持ちだと聞いていた。

亜由美ちゃんというのは、母の日記で出てくる女子高生だろう。

今は48歳くらいのはずだ。


「一度嫁いでこの町を出ていったが、近ごろ旦那さんと戻ってきたと聞いたな」

「そうなんですね。行ってみます」

「あぁ。亜由美ちゃんならたくさん教えてくれるはずだ。誰よりも伸之くんと美由紀ちゃんを応援していたからな」


「あの、母は夢を追いかけていたんですよね?」

「あぁ。真っすぐに」

「幸せそうでしたか?」


「え?」

思いがけない質問にマスターは少し驚いていたが、すぐに優しく目を細めた。


「・・・そうだね、すごく幸せそうだった。いかにも青春って感じでね。楽しくて、1秒1秒その瞬間を生きてるって感じだったよ」


「そうですか」

美奈はホッとした。

夢を追っている母が幸せだったのだとわかって良かった。


「あの、あと伸之さんはどんな人でしたか?」

「伸之くんか・・・。伸之くんは器用な子だったよ。美由紀ちゃんはお皿を割ったり、注文間違えたりしたこともあったけど、彼はそんなことは一度もなかった。仕事の覚えも早くて、どっちがマスターだかわからないくらいだったよ」

「素敵な人だったんですね」

「あぁ。クールで少し影のあるところがあったけど、思いやりがあって、自分を誰よりも信じていた子だったよ」

「自分を?」


「自分の夢は必ず叶うと、その力が自分にはあるんだと信じていたよ」


「すごいな・・・」

美奈は思わずつぶやいた。


美奈は自分を信じられなかった。

だからこそ、ダンスの夢も中途半端なままだ。

そんな美奈を見て、マスターは優しく微笑んだ。


「伸之くんは、自分を信じる代わりにすごく努力をしていたよ。彼自身も俺は天才じゃないって言っていたよ。努力でカバーするんだって」


「どうしてそこまで頑張れるんでしょうか」


「それは美由紀ちゃんがいたからでしょ」


「母がいたから?」

「一人でも頑張っていたかもしれないけど・・・、きっと美由紀ちゃんが一緒だったから最後まで頑張れたんじゃないかな」


マスターは少し寂しげな顔をして、目を伏せた。

その後も色々母の話を聞いて、病室を出た。


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