夢を認めて
「やりたいよ」
私がはっきりそう告げると、伸之がふっと笑った。
「じゃあ、続ければいい」
「でもー」
「キーボード買う金を貯めりゃいい。バレないように活動する方法もあるかもしれねぇ」
伸之の手が美由紀の頭に優しく触れた。
「説得が必要なら一緒に行ってやる」
「でも迷惑かけるかもしれないし…私は伸之の足を引っ張りたくない」
美由紀が目を伏せると、「だぁー、うるせ」と伸之は声を上げた。
「前に言ったこと忘れたのか?」
「前に言ったこと?」
「バンドメンバーは仲間だ。支え合うのが当たり前」
文化祭で軽音部として演奏し、美由紀が失敗した時、伸之はそう言ってチョコをくれた。
「ほら、手を出せ」
そっと手のひらにチョコが置かれる。
「その顔じゃ人前出れないでしょ」
そう言って亜由美が買ってきた水を目に当ててくれた。
「冷やした方がいいわ。せっかく私がメイクを教えてあげたのに台無しじゃないの」
「ごめん」
「あんたも伸くんには必要なんだからしっかりしなさいよね」
亜由美はそういうと、また伸之の準備を手伝い始めた。
今日は演奏できないので、久しぶりに観客の1番後ろに立った。
伸之がギターを弾き、歌声が響く。
初めてライブを見た時、驚きと感動と様々な感情が入り混じって、足元から震えた。
あの時と同じ、いやそれ以上に伸之は輝いていて、それに引っ張られるようにしてここまできた。
星夜祭で演奏して、バンド名が決まって、今度は音楽祭に出るなんて、この短い期間に色々ありすぎた。
自分の指が足の上で動き出す。
まるでキーボードを弾いているように跳ねる。
未来は見えない。
音楽で生きていきますなんて自信をもって言えない。
でも、伸之のバンドで演奏したいと思ってるのはわかる。
見てるだけなんて嫌だ。
伸之と目があった。
私は頷くと、その場を後にした。
◇◆◇
「私、バンド活動辞めたくない」
息を切らし家へ帰ると、両親に向かってハッキリと告げた。
母は料理の手を止め、「何を言って」と近づいてくるが手で押し留めた。
父の手にある新聞がくしゃくしゃと音を立てて皺が出来ていく。
「お前、学生の分際で!」
父の威圧的な声にビクッと体が震える。
でもー
「私は2人の人形じゃない。私の人生なの」
「お前の為を思って俺は」
「好きなものを取り上げられた人生が幸せだと思うの?自分の意志も無視されるそんな人生が正解なの?」
「美由紀・・」
母が真っ青な顔でこちらを見ている。
「ごめん、私もう自分に嘘つけない」
私はそれだけ言うと、自室に駆け戻った。
ベッドに寝転んで天井を見上げる。
鼓動が速い。
両親に本音を言うなんて、人生で初めてかもしれない。
「大学、辞めなきゃいけないかな」
それはそれで音楽に絞って頑張れるからいいかもしれない。
覚悟が決まるってもんだ。
もう言ってしまったものは取り消せないし、なんだか胸のつかえがとれてすっきりしている。
後悔はない。
それからはアルバイトのお金を貯めながら、ライブではコーラスで参加した。
キーボードを買ってくれると亜由美は言ってくれたが、どうしても自分で買いたくて断った。
キーボードは自分の相棒だから、自分のお金で買うべきだ。
「給料日まであと10日か・・・」
ライブの片づけをしながら指を折って数えてみる。
給料が出ればキーボードを見に行こうと思っているが、あと10日なんて長すぎる。
「10日くらいすぐ過ぎるだろ」
「だってあと10日もコーラスでしか参加できないんだよ?音楽祭まで時間ないのにさ」
「お前の腕前なら大丈夫だろ?」
「大丈夫じゃないよ、10日も弾かなかったら鍵盤を弾くための筋力が落ちちゃうし」
何より早く弾きたくて、手がウズウズしている。
また深いため息をついた時、どこから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「美由紀―!」
遠くから母の声がする。
声の方向を見ると、大きな荷物をしょって母がこちらに向かっている。
「お母さん」
「美由紀・・・」
母は息を切らしながら、美由紀の手を握った。
「弱いお母さんでごめんね。お母さん、美由紀の言葉で目が覚めたよ」
そう言って大きな荷物を美由紀に手渡した。
「これって・・・」
触れるだけでわかる。
私の相棒だ。
「キーボードよ。また同じ間違いをするとこだった」
そう言って母は弱々しく笑った。
「あなたにお父さんとお母さんの人形じゃないって言われた時、なぜか思い出したのよ、あなたが生まれた日のことを。すごく嬉しくてね・・・絶対この子を幸せにするって決めたの。この子の笑顔を絶対守るって」
母はその日のことを思い出したのか、目を細めて美由紀の手を優しく撫でた。
「なのに、ダメね。・・・あなたのためと言いながら、気づいたらあなたの笑顔を奪って、自分の身を守ろうとしてた。私はあなたの母親なのにね」
「お母さん・・・」
「ずっと謝りたかったの。ピアノを売ってしまったこと…」
「それはもういいよ」
母はぎゅっと美由紀の手を握った。
「美由紀、好きなように生きなさい」
「でもお父さんが許さないかも」
「父さんなんて関係ないわ。あなたの人生だもの。ちゃんと父さんには母さんから話をしておくから気にしなくていいの」
「ありがとう。でも本当に大丈夫?」
「大丈夫」
母の手が力強くて、温かくて、久しぶりに母の温もりに触れた気がした。
「お母さんみたいになりたくないとかひどいこと言ってごめん」
「いいのよ。私も今までの私には戻りたくないもの」
そう言って笑顔を見せると、「頑張りなさいね」と言って最後にハグをした。
懐かしい母の匂いー
母は笑顔で手を振りながら、帰って行った。
母のあんな晴れやかな笑顔も久しぶりに見た気がした。
「いい母親じゃないか」
「うん」
「絶対優勝して、応援して良かったって思ってもらわないとな」
「そうだね。私、頑張るよ」
小さくなっていく母の背中を見ながら、美由紀は決意を固めた。
新曲もアレンジも無事に完成し、亜由美に色々言われながら準備を進めていった。
気づいたら路上ライブも30人程度は来てくれるようになり、「楽しみにしてる」「頑張ってね」と応援の声もかけてもらえるようになった。
音楽活動は順調だ。
だが、家に帰ると居心地が悪い。
相変わらず父はむすっとしていて、認めてはもらえていない。
母が話しても受け入れられなかったのだろう。
でもそれとは対照的に母は晴れやかな笑顔をするようになった。
憑き物でも落ちたように、自由に出かけ、楽しそうな姿をよく見る。
私の心は晴れていた。
たった一人、大切な家族に認められたことが嬉しかった。
夢を認めてくれてありがとう。
美由紀は日記に書いた。




