続けたい
「お疲れ様でした」
アルバイトが終わると、いつものように二人で駅に向かって歩き出す。
もう声をかけなくてもなんとなく2人で帰る雰囲気ができていて、隣にいるのが当たり前のように感じる。
ふと空を見上げた。
外は真っ暗で、雲の隙間から月がこちらを見ている。
「新曲どんな感じなの?」
美由紀が尋ねると、待ってましたとばかりにノートをすぐさま取り出した。
「今回はポップな曲調にしてみたんだ。テーマはファミレス」
「ファミレスって」
「この前美由紀が言ってたろ?ファミレスみたいなバンドになりたいって。それいいなと思ったから、そのまま曲にしたんだ」
「歌詞にミックスグリルって入れないでよ?」
ふざけて言うと、図星なのか「い、入れねーよ」と動揺して噛んでいた。
「私もアレンジ出来てきてるよ」
「じゃあ、明日の路上ライブで進捗をお互い確認だな」
「うん」
周りの店の明かりに垂らされて、二人の影が仲良く並んで重なっている。
伸之は何やら考え事をしているようで、何も言わず歩いている。
伸之の手の影が傍に並んでいる。
美由紀はゆっくり自分の手の影を近づけた。
「お前、何してるんだ?」
伸之に声をかけられて、すぐに手をしまう。
「別に」
「ったく、寒いし、早く帰るぞ」
伸之の歩く速度が速くなる。
慌てて、美由紀は後ろを追いかけた。
「ただいま」
家に入ると、母が目を伏せて座っていて、その隣には機嫌が悪そうな父が座っている。
「ここに座りなさい」
嫌な予感しかしない。
父に言われて座ると、すっと写真が差し出された。
そこには星夜祭で演奏する美由紀が写っていた。
一気に血の気が引いていく
「これはどういうことだ?」
「どうして・・・」
「たまたま近所の人が祭りに行って、そこでお前を見たと言われたんだ」
「あの、これは・・・」
「この日は友達と勉強するって言ってたよな!」
「それは、ごめんなさい。でも私・・・」
「キーボードは捨てるからな。お前は大学に勉強しに行っているんだろう?こんなチャラチャラしたことをさせるつもりはない」
「ちょっと待って。私ちゃんと勉強もしてる。成績だって悪くないでしょ!」
「うるさい!口答えするな。お前の為なんだ」
そう言うと、父は席を立った。
「キーボード、捨てておけよ」
母に吐き捨てるように言うと、そのまま寝室へ向かって行った。
「お母さん・・・」
助けを求め、母に声をかけた。
母はうつむいたまま何も言わない。
「ねぇ・・・お母さん・・・私はお父さんとお母さんの人形じゃないよ。どうして、どうして自分の人生を自分の生きたいように生きちゃダメなの?」
美由紀は溢れる涙を止められないまま、母に尋ねた。
母は苦しそうな表情をしていたが、何も答えることはなく、俯むいている。
母が助けてくれることはない。
昔からずっと母は父の言いなりだ。
母は自分を守ることで精一杯なのだ。
父がいなければ母は生きてはいけない。
だから逆らえない。
私はこんな風になりたくない。
「・・・私、お母さんみたいになりたくない」
美由紀はそう言うと、自室へ戻った。
そっと押し入れを開けると、もうすでにキーボードは無くなっていた。
夢が手から零れ落ちていく音がして、その場にしゃがみこんだ。
やっと見つけた道が真っ暗で見えなくなっていく。
「どうしてよ…」
ほとんど寝られないまま、朝を迎えた。
空は晴れていて、楽し気な学校へ向かう子供たちの声がする。
なんだか無邪気な声に余計に泣けてくる。
どれくらい泣いたり、ぼんやりしていただろうか。
時計を見ると、もう家を出ないとライブに間に合わない。
伸之の嬉しそうな顔が浮かぶ。
「私が辞めるって言ったら悲しむのかな・・・」
伸之なら、私がいなくてもきっと夢を追いかけるだろう。
私だけここで立ち止まったままだ。
無理矢理身体を起こし、引きずるように家を出た。
もうこれが最後だとしても、伸之に迷惑をかけるわけにはいかない。
路上ライブの場所に着くと、伸之はすでに準備を始めている。
それを亜由美がふざけながら手伝っている。
(もうそこにいれないんだな)
美由紀が近づくと、伸之も亜由美も気づいて驚いた顔をしている。
「どうしたのよ?その顔」
「ちょっとね・・・」
「お前、楽器どうした?」
「・・・親に捨てられちゃった」
へへっと笑って見せるが、二人とも大真面目な顔をしている。
「親にバンド活動がバレちゃってさ・・・。大学生でチャラチャラしてんじゃないって、やめろって言われて・・・」
ぐっと拳を握っても、目には涙がたまってしまう。
「ここから一緒に頑張ろうって言ったのに、ごめんね」
「・・・辞めるつもりか」
「もう無理だよ。キーボードないし、これからもっと親の監視の目も厳しくなるだろうし」
「お前は辞めたいのか?」
「私がどうこうって問題じゃなくて、活動するのは・・・」
「お前がバンドを続けたいかどうか聞いてるんだよ!」
伸之の大きな声が響いた。
「お前がやりたいかどうかを答えてほしい」
伸之は静かに問いかけてきた。
初めて伸之の音楽を聴いた時、初めて一緒に演奏した時、私の心は揺さぶられた。
伸之と大好きな音楽で生きていけたら・・・それがどれだけ難しい事だとわかっていても、想像して胸が高鳴った。
「やりたいよ」




