夢を持つこと
「新曲は考えなきゃね」
今回の音楽祭で優勝を目指すため、まずは第一次審査への対策を考えなければならない。
一次審査では2曲歌えることになっている。
審査は観客と審査員だが、観客の方が票数が多い。
つまりたった2曲で観客の心を掴む必要がある。
「わかりやすくキャッチ―で盛り上がる曲が1曲は必要だ」
私がそう言うと、伸之も「だな」と頷いた。
「音楽祭に来ているお客さんは基本盛り上がりたい人が多いはずだよね」
美由紀がそう言うと、伸之はコーヒーを飲みながら「ちょっと考える」
そう言って制作ノートをじっくりと見ながらページをめくっている。
こうなるとしばらくはしゃべらない。
美由紀は何気なく周りを見渡した。
平日だというのにファミレスにはたくさんの人がいる。
家族連れに、カップル、学生だけじゃなくおじいちゃんやおばあちゃんもいる。
楽し気に話をして、食事を楽しんでいる。
「ファミレスっていいな」
美由紀はぽつりとつぶやいた。
「え?」
伸之がノートに視線を残したまま、聞き返して来る。
「誰でも入ることのできるファミレスみたいなバンドになれたらいいよね」
そういうと、伸之はパッと顔を上げた。
「それいいな」
笑顔を輝かせて、またノートをめくり始めた。
懐かしい。
この笑顔どこかで見たことある。
(そうだ、初めて話した時だ)
初めて伸之と話した時、同じアーティストを好きだってわかった。
私がそのアーティストの好きな曲を言うと、同じ笑顔で「それいいよね」と笑ったのだ。
あの時、私は恋に落ちたのだ。
美由紀は何だか少し懐かしくなって、ふっと息がもれた。
目の前のコーヒーの湯気がゆらりと揺れた。
あの頃は、コーヒーじゃなくてココアを飲んでいた。
温かくて、甘ったるいココアが好きだった。
「今から2曲も新曲作るのは難しいよな」
音楽祭は3月8日に行われる。あと約一ヶ月だ。
今の伸之と美由紀では、1曲が限界というところだろう。
何より今回はクオリティの高いものにしなければならない。
目指すは優勝なのだ。
結論として、1曲目は盛り上がる曲にすることにし、中途半端なものを出すよりは、歌いなれているものの方がいいだろうということで、今の持ち歌をアレンジすることにした。
「アレンジは任せた」
「うん。頑張るよ」
伸之にはっきりと任せたと言われて、少しくすぐったい気がする。
頼られるのは嬉しいものだ。
「あと一曲はどうする?」
「新曲作ろうと思う」
間に合うの?と言葉がでかかったが、美由紀は言葉を飲み込んだ。
伸之は、真剣で、でもわくわくとした顔をしている。
「頑張ろう」
美由紀が声をかけると、「おぅ」と伸之もコーヒーを口にした。
そこからは大変な日々だった。
大学も始まり、講義にテスト勉強、アルバイト、合間にキーボードでアレンジをしていく。
何より親の目を盗んでやるのが大変だった。
寝静まるのを待って、バレないようにヘッドホンをつけて弾き続けた。
大変なのに、心の中は晴れやかだった。
前までのような、自分はどこを目指しているのかわからない、そんな不確かさがないからだろうか。
伸之と一緒に同じゴールを目指して走っている、そう思えることが今は幸せだった。
伸之もアルバイトと楽曲制作で随分疲れているように見える。
でも、音楽の話になると嬉しそうで、そんな伸之を見れることが嬉しかった。
今日は随分寒い。
寒いだけならまだしも、風がきついのがつらい。
美由紀はぐっとコートを前で押さえながら、アルバイトへ向かった。
カランコロンとドアの音が鳴る。
美由紀は店に入ると、温かい空気と共に伸之が走ってきた。
「お疲れ」
美由紀が挨拶したのも無視して、嬉しそうにポケットからノートを取り出した。
「新曲できたぞ」
「もう!?すごいじゃん!」
「歌詞はこれからだけどな」
早速美由紀がノートを受け取ろうとすると、マスターが割って入ってきた。
「先に仕事ね」
「はーい」
美由紀が返事をすると、伸之は渋々厨房へ戻っていった。
今日も比較的客足は多くなく、落ち着いている。
平日の夕方過ぎは混むことも多いのだが、今日は寒すぎて外に出ていないのかもしれない。
「ねぇ、美由紀ちゃん」
マスターに声をかけられた。
「はい」
「音楽祭いつだっけ?」
「えっと・・・3月8日です」
「OK」
そう返事をして、マスターは広告の裏にペンで何やら書き始めた。
「3月8日は臨時休業・・・休むんですか?」
「大事なうちのアルバイトがライブするなら応援にいかんと」
マスターはそう言って笑った。
「なんだか二人を見ていると応援したくなっちゃって」
マスターはペンを動かしながら、昔を思い出したのか優しい目をしている。
「昔は私にも夢があったんだよね。小さい頃は仮面ライダーで、小学生の時から中学生くらいまでは野球選手が夢だったな。高校生くらいからは夢が叶わないって気づいて、夢見る気持ちも忘れて、このざまだ」
マスターは自分を指差して笑った。
「そんな言い方しないでくださいよ、喫茶店の経営ってすごいと思います」
「今はこの仕事が好きだし、誇りも持ってる。でも夢を追いかける、みたいなのはなかったからさ。二人を見ていると羨ましいし、応援したくなるんだよ」
マスターは完成したチラシを見て、満足げに頷くとドアに掲示をしにいった。
叶うかはわからないけど、夢を持つことだけでも幸せなのかもしれない。
「私も夢を持てて幸せです」
美由紀は自然と頬が緩んだ。




