新たな挑戦
「へぇ」
私の姿を見ると、伸之それだけ言って、駅に向かって歩き出した。
こちらとして服装にメイクにヘアアレンジとはかなり頑張ったのだが、その一言で終わるなんて。
「ちょっと、それだけ?」
「まぁ結局はオーディションなんて演奏次第だしなぁ」
そう言うと、「じゃあ行くか」とオーディション会場に向かって伸之はそそくさと歩き出した。
「いやいや、伸之が地味だっていうから頑張ったんじゃん」
「うん。頑張ったと思うよ」
「え?ダメなの?」
伸之が足を止めた。
「ダメじゃねぇよ。・・・綺麗なんじゃねぇの」
そう言ってまた歩き出した。
「・・・バカ」
伸之の後ろをゆっくり歩く。
なんだか身体がポカポカしてくるのはきっと背中のカイロのせいだ。
(変な時に熱くなるんだから・・・)
「お前なんでそんな背中さすってんの?」
振り返った伸之が怪訝な顔をしている。
「か、カイロが熱いのよ」
「カイロとか貼ってんのかよ。もうオバさんだな」
「ちょ、なんてこというのよ」
こんなふざけながら歩くのも悪くない。
こんな時間がもう少し続けばいい。
美由紀はそう思いながら、伸之の隣に並んだ。
◇◆◇
伸之がフライパンを振るいながら、今日もため息をついている。
バイト中にまでため息をつくなんて珍しい。
(この前もオーディション落ちたもんな)
オーディションでの演奏は完璧だったし、今のベストは尽くせたのだが合格できなかった。
今回の事務所はアイドル的な要素が欲しかったらしく、遠回しにそのようなことを言われた。
結局は相手の欲しいアーティストではなかったということで、実力とはイコールではないと思うのだが、伸之はそうは思っていないようだ。
選考に落ちたという手紙を見て、圧倒的な実力があれば受かったはずだと唇をかむように呟いていた。
(なんとか励ましたいけど・・・)
美由紀はコーヒーを運びながら試案をしていた。
すると、カランコロンと元気よく扉の音が鳴った。
「伸くーん!」
亜由美が勢いよく入って来ると、厨房に突撃していく。
「ちょっと、亜由美ちゃん!?」
慌てて美由紀も駆けつけると、亜由美が腰に手を当て、ふふんと自信満々な感じで立っている。
「ここは入っちゃダメだよ」
そう注意する美由紀を手で制すると、一枚のチラシをポケットから取り出した。
「これにエントリーしておきました!」
亜由美の掲げるチラシを見ると、音楽祭のチラシの様だ。
たくさんのアーティストたちが演奏し、最近人気のあるイベントだと聞いたことがある。
「これにエントリーって、これはプロの人が出るんでしょ?」
美由紀がそう質問すると「よく見なさいよ」と亜由美はチラシの下の方を指差した。
「素人オーディション開催・・・」
「そう!当日公開オーディションがあるの。それで、透明デイズで応募しといた」
「は?」
「審査員はこの日に出るプロのミュージシャンたちで、注目度も高いの。もしオーディションに落ちたとしても名前を売るいい機会でしょ?」
亜由美はどや顔をして、「とりあえずオレンジジュース」と注文して席に着いた。
伸之はチラシをぎゅっと握って見つめている。
「伸之、どうする?」
美由紀が問いかけると、伸之は真剣な顔で頷いた。
「出るぞ」
マスターはまた日曜にバイト不足かとチラシの日程を確認する。
「いや、待って。公開オーディションに出るには、まずは書類とデモテープの審査があるって書いてあるけど」
「そうなの。まずは一次審査を突破しないとステージには立てない」
美由紀はほんの少し安心したような、残念なような気持ちになった。
「でも大丈夫!私がちゃんといい感じに書類作ったし、デモテープもあの祭りの時の盛り上がったところを編集して送ったから大丈夫」
亜由美は自信満々にそういうと、「来週には結果でるから」と言ってオレンジジュースを飲み干すと出ていった。
「本当に大丈夫なのかしら」
「まぁ信じるしかないだろ」
そう言って伸之はいつものように厨房に戻っていった。
これに出られれば何かが変わるかもしれない。
美由紀はどうか出られますようにとチラシを見ながら祈った。
そして祈りのおかげかわからないが、1500件以上の応募からオーディションに参加できる10組にまさかの選ばれてしまった。
「だから言ったでしょ」
路上ライブが終わると、つかつかと亜由美がよってきて、大威張りで選考通過の手紙を掲げた。
ライブ中もニヤニヤしていたが、そういうことだったか。
「あなたの服装とメイクを変えてやっぱり正解だったわ。さすが、私!」
亜由美はドンと胸をはった。
伸之は選考通過の手紙を受け取ると目を通している。
「当日はどういう風に審査がされるの?」
美由紀が尋ねると、亜由美がほら来たというように説明を始めた。
「午前中が一次審査で、一次審査は観客からの投票で決まるの。そして夕方に一次審査で選ばれた3組が二次審査でプロの投票を受けて、優勝するグループが決まるのよ」
「優勝したら?」
「デビューできる」
伸之が真剣な表情で手紙を見つめている。
「まずは出れるだけでもすごいよね」
美由紀がそういうと、静かに伸之は首を横に振った。
「優勝しなきゃ意味ねぇよ」
「いや、優勝って、私達始めたばっかだし」
「関係ねぇよ」
伸之は手紙を美由紀に渡し、ぎゅっとギターを握りしめた。
「狙うなら優勝だ」
伸之の横顔は真剣で見たことのない顔をしていた。
すっと冷たい風が吹いて空き缶が転がっていく音が響いた。
「伸くんの言う通り!」
亜由美は伸之をビシっと指を差した。
「優勝を目指して頑張りましょ」
こうして私たちは優勝を目指して練習することになった。




