新しい自分
ふと、伸之の足が止まった。
「何?」
「いや・・・次のオーディションいつだっけ?」
「えっとね・・・」
美由紀は鞄から手帳を取り出して予定を確認した。
今年はたくさんオーディションを受ける予定にしている。
デビューするにはとにかく事務所に所属しないと始まらない。
そのためにはオーディションで受かる必要があるが、もちろん簡単なことではない。
とにかくまずは数を受けるしかないのだ。
手帳をペラペラめくると、今月はいくつかオーディションが入っている。
伸之は予定管理があまり得意ではないので、美由紀が管理することにしている。
結構オーディションとアルバイト、楽曲作成のスケジュールなど管理が面倒なのだが、曲も歌詞も伸之がメインなので、マネージャー業務くらいと引き受けた。
「来週の土曜だね」
「バイト休まないといけないな」
「大丈夫。14時くらいまでに終わるから、16時からバイト入るってマスターには言っておいたから」
美由紀がどや顔で言うと、伸之は肩をすくめた。
「休みなしか」
「当たり前でしょ。音楽で食べれるようになるまでは頑張らないと」
「まぁな」
「それにしても、前回のオーディションなんでダメだったんだろうね」
「まぁ演奏自体はベストを尽くせたし、向こうが求めているものと違ってたんだろ」
「そうなのかな。何か具体的に改善できるところとかあれば・・・」
「しいていうなら・・・」
「しいていうなら?」
「美由紀がちょっと地味だよな」
「・・・は?」
「いや、なんか美由紀って服装もメイクもそんなに力入れてないだろ?」
「それは・・・まぁそうだけど」
「折角ならもう少しこだわってもいいんじゃないかって思っただけ」
「こだわるって言ったって」
「例えば・・・」
伸之がグッと顔を近づけてくる。
もう息が顔にかかりそうな距離になってきて、体温が一気に上昇するのを感じた。
「の、伸之」
伸之はバッと唇を指差した。
「リップすら塗ってねぇだろ?」
「り、リップ、塗ってないけど何!?」
「荒れ放題はよくないだろ?」
「うるさいわね!曲で勝負するんだから、見た目はいいでしょ?」
「いーや、見た目も大事だ。最終的に売れるのは曲の良さだけど、見た目がよくなきゃまず聞いてもらえない」
「見た目をよくしろと言われたって・・・」
「まぁまぁ、いい先生がいるからよ」
そう言って伸之は何かいたずらでも思いついたように、クスクス笑った。
「絶対ロクでもないこと考えてる」
美由紀の予感はばっちり当たった。
◇◆◇
「そういうことなら任せてよ」
亜由美はどんと胸を叩いた。
いつものライブが終わった後、伸之に聞いたのか亜由美が自信満々で立っていた。
「いや、でも私って高校生じゃないし、服装の趣味とか違うと思うし・・」
「あんたの趣味は関係ないの。このバンドにふさわしい恰好にするんだから」
そこまで言うと、亜由美は半ば強引に美由紀を引っ張っていく。
「ちょっと、どこ行くの?伸之、助けてよ!ねぇ・・・」
伸之は「片づけはやっとくから」と手を振っている。
そのまま亜由美に引っ張られて連れて行かれたのは、亜由美の家だった。
「すごい立派ね」
亜由美の家は大きな一戸建てだった。
庭もしっかりあって、綺麗に整えられている。
「いいから、早く入って」
亜由美に言われて、家の中に入ると、また家の中をみて驚いた。
白を基調にした広い玄関にいかにも高そうな壺が置かれている。
「すごい・・・」
「ほら、早くスリッパ履いて、こっち」
亜由美に引っ張られて、亜由美の部屋へ向かった。
亜由美の部屋も想像以上に広く、ベッドに天蓋がついているのを初めて見た。
「適当に座って」
そう言われて、ソファーに腰かけた。
広くて、綺麗で、なんとなく身の置き場がない。
亜由美は荷物を置くと、すぐにクローゼットを開け始めた。
チラチラと美由紀を見ながら、どんどん服を出してベッドに放り投げていく。
どれだけ収められているんだというほど服が出てきて、やっと亜由美の手が止まった。
「よし、これだけあれば似合うのもあるでしょ」
美由紀を呼び寄せると、どんどん服を合わせていく。
「これ・・・は違うわね。これ・・・体型が・・・。これは・・・」
どんどん服が選別されていき、5着ほどになったところで、「着替えて」と言われ、着替えていく。
そうこうしている内に1時間以上経った時、やっと亜由美が頷いた。
「これね」
亜由美の納得した様子にホッとしてしまった。
「じゃあ、これを次のオーディションでは借りるね」
「いや、その服はあげる。そんなことより、これで終わりじゃないからね?」
「終わりじゃないって・・・」
亜由美に引っ張られて鏡台の前に座らされる。
「次は髪型とメイクね。これに関してはちゃんと覚えるのよ。自分でできるようにならないと意味ないからしっかり聞いておいてよね」
「は、はい」
亜由美の圧に負けて、返事をすると、亜由美のレクチャーが始まった。
全てが終わった時には22時を軽く回っていて、家に帰ると母にかなり怒られてしまった。
ぐったりとした体でベッドに横になる。
「疲れたぁ」
ふと起き上がって鏡を見てみる。
いつもと違う顔の自分がいる。
「・・・これで地味は脱却できたのかな」
伸之の顔が浮かぶ。
伸之の望む顔になれたのだろうか。
「違う、違う。バンドのためなんだから」
美由紀は誰もいない空間言い訳をすると、メイクを落とすためにお風呂へ向かった。




