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元カレとの別れ

伸之と別れたのは、高3の夏から秋に変わる頃だった。


付き合ってから私たちはケンカすることもなく、順調に交際を続けていた。

伸之の不器用ながらも気遣ってくれたり、時より見せるさりげない優しさが美由紀は嬉しかった。

何より2人でいる時の温かで一緒にいると落ち着くこの雰囲気が大好きだった。

この雰囲気が変わったのは、高校卒業後の進路の話になったのがきっかけだった。


美由紀は両親の勧めで大学へ進学することになっていた。

日頃それなりに勉強し真面目に過ごしていたので、推薦で年内には合格をもらうことが出来たのだ。

でも伸之は受験勉強をしている様子もなく、大学をどこにするのかと聞いても、はっきりとは答えない。

それどころかたまにぼんやりとしていて、空返事が返ってくることも多い。

そんな様子に美由紀は不安を感じていた。


その日は、いつも答えをはぐらかす伸之に美由紀は、イライラしていた。

いつもの帰り道。

もうオレンジの夕日が沈み始めて薄暗い。

秋の虫がリンリンと鳴いているのか聞こえる。

もう夏は終わったのだと感じて、なんだか切ない。

空気を変えるように私は伸之に手を伸ばした。


「ねぇ、伸之」

「んー?」


隣で歩く伸之から、また心はまるでここにないような返事が返ってきた。


「あのさ、大学受験どうするの?そろそろ志望校決めないといけないでしょ」


伸之の足が少し止まったかと思うと、「どうしようかな」と誤魔化すように笑ってまた歩き出した。


「はぐらかさないで教えてよ」


美由紀は、伸之の背中に少し大きな声を出した。

すると、「大学にはいかない」と返事が返ってきた。


進学しない人もいるのはわかっていた。

家庭の事情だってあるだろう。

もちろん、大学だけが全てではない。


美由紀は深呼吸して息を整えると「就職するの?」と聞いた。

少し間が空いて「・・・しない」と伸之は答えた。

何も言えずにいる美由紀に、伸之はまっすぐと響く声で言った。


「音楽で生きていく」


これが伸之の答えだった。

伸之が音楽をやっているのは知っていた。

部屋に遊びに行った時ギターがあったからだ。

でも演奏を聞いたこともないし、あの時も少し遊びで弾いている程度だと言っていた。

仕事にしたいほど、本気でやっているなんて知らなかった。


「本気・・・なの?」


美由紀は絞り出すように声を出した。

伸之は「あぁ」と答えた。


音楽で生きていくことがどういうことなのか、美由紀にはわからない。

でも簡単なことではないのは想像がつく。


大学に行って、就職するのがスタンダードな時代に、その選択をする伸之を美由紀は受け入れることができなかった。

伸之とは順調に付き合っていたので、夢見る女子高生だった美由紀は、このまま結婚することもあるのかなと想像したりしていた。

だからこそ、無職で夢を追いかけると言われて、かなり驚いたし、絶望した。

今思えば長い目で付き合えばよかったのに、あの頃は柔軟に考えることが出来なかった。

美由紀は、何度も冷静に話をして、大学へ行くことや就職することを勧めたが、伸之が首を立てに振ることはなかった。

これまでずっと一緒だと思っていた価値観がここではっきりと違うとわかってしまった。

そして、ほどなくして美由紀から別れを告げた。

伸之もこうなることは予想していたのか、黙ってそれを受け入れた。


それからもう2年―

伸之はここでアルバイトとして働きながら、音楽の道を歩こうとしているのだろうか。

バイトをしているということは、音楽一本では食べていけてないのだろう。


美由紀はアルバイト初日を終えて、着替えると店を出た。

店は21:00まで開いているので、片づけをしていると大体21:30ごろになる。

外は当然真っ暗だ。まだ夜は少し肌寒い。

分厚めのカーディガンをぎゅっと前で握ると歩き出した。


「おい」

声をかけられて振り返ると、伸之が立っている。 


「・・・何?」

「駅まで送る」

「いいよ。そんな遠くないし」 


「マスターに頼まれたんだよ。女の子1人で帰らせて何かあったら困るってさ」

そういうと、伸之はコートを羽織って隣に立った。


二人で歩くのも2年ぶりだ。

いつも伸之は歩幅を合わせてくれていた。

今も横でゆっくり歩いている。

さり気なく道路側を歩いてくれるのも変わらない。


「ねぇ」

「ん?」

「あそこでずっと働いてんの?」

「半年前からな」

「そう」


あの頃はずっと話が尽きなかったのに、今は話すことが見つからない。

いや、本当は聞きたいこともたくさんあるのだが、今の関係性で聞くのは図々しい気がした。

今聞いてもいい内容が思いつかない。


「美由紀・・・いや平野さんは大学通ってるの?」

「うん。もう2年生だよ」

「2年生か」


隣を歩く伸之からほんの少しケチャップの匂いがする。

どこかにケチャップをつけてるのだろうか。

ケチャップの匂いがする、そう言おうとしたけど、何も言えずに言葉を飲み込んだ。

なんとなく周りの人を見ながら、歩いているうちに、駅の改札に着いた。


「・・ありがとう」

美由紀がお礼を言うと、伸之は「あぁ」と返事をして、「あのさ」と話し始めた。


「気まずいままなのもお互いしんどいだろ?これからはアルバイト仲間としてよろしく」


すっと手が差し出された。

美由紀はその手を握った。


「・・・こちらこそよろしく」


伸之の手は硬くて、昔と違ってすごく冷たかった。

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