星夜祭のライブ
1992年12月17日―
「バンド名を決めなきゃダメよ!」
路上ライブが終わって早々に亜由美がびしっと指差して言ってきた。
いよいよ星夜祭が1週間後と迫ってきている。
街の中でも星夜祭のチラシがそこかしらに貼られていて、よく見かけるようになってきた。
ライブのことも端の方に書かれているが、出演者のところには伸之の名前だけが載っている。
今までバンド名をどうするかと話してはいたものの、なんとなく決められないままここまで来ていた。
美由紀としては親にまだバンドをしていることをバレるわけにはいかないので、名前の掲載は遠慮した。そういうわけで伸之の名前だけが載っているのだ。
亜由美はそのことがどうやら不満らしい。
「2人で出るんだから、伸くんの名前だけはおかしいでしょう?」
「いやでも私はあくまでも伸之のおまけみたいなもんだし」
「それ本気でいってる?」
亜由美は呆れながら、ため息をついた。
「おまけならしゃしゃりすぎでしょ」
亜由美は不服そうに言うと伸之に賛同を求めるようにチラリと視線を送った。
「俺もバンド名は考えないとなとは思ってたよ」
「そうなの?」
「美由紀も一応メンバーなのに、俺の名前だけってのも変だろ」
「一応って」
私が怒ろうとしたら、亜由美がバチンと大きく手を叩いた。
「じゃあこの際、バンド名を決めて、この祭りで発表しよう」
「えぇ、そんな急だよ」
私がそう言うと、亜由美はどんと胸を叩いた。
「大丈夫。私が考えてあげるから」
亜由美はそう言い切って、こちらの意見を聞くこともなく足早に去っていった。
「まったく・・・自分勝手すぎる」
「あれでも俺たちのこと一番考えてくれてるんだ。バンド名は任せとけばいいよ。俺はこだわりないし、亜由美はセンスもいいしな」
そういうと、伸之はせっせと片づけをすると、大量の星夜祭の案内を鞄から取り出した。
「それは?」
「宣伝しようと思ってさ。俺、今から駅前で配って来る」
「じゃあ、私もやるよ」
「やめとけ。親に話してないんだろ?バンドのこと」
「・・・うん」
「駅前なんかで配ってたらバレるぞ」
「確かに」
美由紀は父や母の顔を浮かべてため息をついた。
「・・・なぁ、どうして親に言ってないんだ?」
「あ~・・・まぁ色々あって」
「ピアノを突然辞めた時も気になってたんだ。美由紀はピアニストになるもんだと思ってたのに、あっさりやめて、普通の大学へ行っただろう?親に何か言われたんじゃないかって思ってたんだ」
するどい。
あの時のことを思い出すと、心が締め付けられたような感覚になる。
何も言わない美由紀を見て、伸之はふっと息を漏らした。
「俺、行くわ」
ギターケースを片手に持って、伸之も去っていった。
美由紀も店を出て、下を向いて歩いていると道路の脇で小さな花が揺れている。
「こんなところでも咲くなんて、君は強いね」
小さな花をつんつんとつついた。
「私もどうしたら君みたいに強くなれるんだろう」
小さな花は風に吹かれてゆっくり揺れた。
◇◆◇
心臓が痛い。
カレンダーを見ると、今日の日付に赤丸が付いている。
今日は星夜祭の日だ。
いつもは20人程度の前で演奏をしてるが、今日はもしかしたら100人単位かもしれない。
5倍以上の人数の前でと考えると、じわりと手に汗がにじんでくる。
そろそろ行かなきゃ。
キーボードをケースに入れると、静かにダイニングへ向かった。
家の中は静まり返っていて、父はまだ仕事で母は買い物に出ている。
置手紙をそっと置くと、家を出た。
空を見上げると青空が広がっている。
今日は綺麗な星空が見えそうだ。
会場に向かうと、作業員がたくさん神社を出入りしている。
「お!美由紀ちゃん」
吉田さんが手を振って、こちらに来るように手招きをした。
「こんにちは」
「見てみて、ここがステージだよ」
吉田さんの指さす方を見ると、1メートルくらいの高さのステージが用意されている。
「ここで演奏を・・・」
実際の演奏することを想像すると、より緊張が増してくる。
「最高!」
ステージの方から声がする。
「伸之!?」
伸之がステージに立って、大きく手を広げている。
「美由紀、早く上がって来いよ。ここで歌えるとか最高だ」
伸之に急かされてステージに上がった。
下から見ていた時とは違う。
1メートル高いだけで思ったより遠くまで見えるものだ。
「上手く演奏できるかな・・・」
今までコンクールでピアノを弾いたことは何度かあるが、その時よりも緊張する。
「美由紀、大丈夫だ」
伸之の方をみると、まっすぐ前を見ている。
「俺がいる」
「うん」
美由紀は頷いて、伸之と同じように真っすぐ前を見た。
リハーサルで演奏を終えると、日が傾き辺りは暗くなってきた。
すると、どんどん星夜祭に人が集まって来る。
出店もたくさん出ていて、わいわいと楽しそうだ。
子供たちが走ったり、カップルが寄り添って歩く姿も見える。
「ここにいたー!」
神社の端の方で伸之と座っていると、亜由美が駆け寄ってきた。
亜由美は冬だというのに、ミニスカ―トを履いて、流行りのロングブーツを履いている。
「亜由美ちゃん」
「ちょっと!二人とも大事なこと忘れてない?」
「大事なこと?」
伸之と二人で目を合わせると、亜由美が「もう」とため息をついた。
「バンド名よ」
そういうと、伸之に亜由美は手紙を渡した。
「ここにバンド名書いておいたから。演奏が終わったら最後に発表してね」
伸之が手紙を開こうとすると、「ダメ!」と亜由美が制止した。
「見たらダメなのか?」
「ダメ!その場で見て読み上げてほしいの」
「いや、でも名前が合わなかったら。ねぇ」
美由紀がそう言うと、亜由美は睨みつけてくる。
「いい名前に決まってんでしょ」
絶対見ないでと念押しをすると、亜由美は足早に去っていった。
いよいよ陽が沈み、空は真っ暗に染まり、星たちが輝きだしている。
祭りの明かりの中をたくさんの人が歩いている。
いよいよライブの時間が近づいてくる。
「えっと、伸之が挨拶して、私は横でぺこって頭を下げればいいんだよね?それで演奏して、最後にバンド名発表して終わりだよね」
美由紀がソワソワと歩きながら伸之に問いかけると、ため息をついて隣に座るようにぽんぽんと自分の隣を叩いた。
大人しく隣に座ると、手が差し出された。
「何か欲しいの?」
「バカ!いいから、手を出せ」
手を差し出すと、下から伸之が手を包むと手のひらにチョコレートが置かれた。
「落ち着け。お客が10人だろうが100人だろうがやることは一緒だ」
「うん」
「今できる最高の音楽を演奏するだけ、だろ?」
伸之はそういって美由紀に優しく微笑んだ。
「・・・」
美由紀はチョコの包みを開けると、口へ放り込んだ。
「おいしいじゃん」
「お前はほんとチョコ好きだよな」
「別に、別にいいでしょ」
「まぁ、俺も好きだしな」
そう言って話している内にスタッフにステージへ行くように呼ばれた。
いよいよ本番だ。
ズボンのポケットに入ったピアノのキーホルダーをぐっと握る。
(今の最高を出すだけ・・・)
美由紀はステージの階段を上がった。




