冬の織姫と彦星
「疲れたぁ・・・」
美由紀はダルくなった腕をくるくると回した。
今日は週末ということもあり宿泊客が多く、いつもより忙しい。
伸之は他のアルバイトに指示しながら、手際よく運んでいる。
伸之はたった4日間でコツをつかみ、喫茶店でアルバイトしている時のように美由紀を含むアルバイトに指示を出し、上手く回していた。
本当に頭の回転が速い。伸之の姿を感心しながら見ていると、じっとこっちを睨んできた。
「美由紀!早く運べ!」
そんな偉そうに言わなくてもいいじゃない。
そう思いながら、せかせか動いていると、あっという間に外は真っ暗になっていた。
「お疲れさん、さぁ晩御飯にしよう」
オーナーに呼ばれて、食堂へ向かうと、美味しそうな料理が並んでいる。
空腹も重なってよだれが出そうだ。
オーナーはシェフも兼任しており、料理の腕はかなりいい。
自由時間が多いことも嬉しかったが、それ以上に美味しいオーナーの料理が3食付いてくることが一番嬉しかった。
この食事目当てて毎年バイトにくる人もいるそうだ。
「曲作りはどう?順調?」
「はい。おかげさまで順調に進んでます。あとは歌詞のメインとなるフレーズが見つかればって感じなんですけど、まだ悩み中です」
伸之がそう答えると、オーナーは満足げに頷いた。
「曲を作るって大変だよなぁ。それにしても星夜祭かぁ」
オーナーは目を細め、「懐かしいなぁ」と呟いた。
「星夜祭行ったことあるんですか?」
「昔は毎年行ってたよ。でも星夜祭が最近人気になってきただろ?それでこのペンションもその時期は予約が結構入るんだよ。だからこの4~5年は行けてないな」
「そうなんですね」
「昔は彼女と行ったりしたんだけどな。奥さんには内緒だぞ」
苦笑いしながらオーナーはたっぷりと蓄えられたお腹をさすった。
「そういえば、吉田さんも毎年大事な人に会いに祭りに行ってたんだぞ」
「吉田さんが?」
思わず美由紀は聞き返してしまった。
もうすっかりおじいちゃんだというのに、浮気をしているということだろうか。
元気すぎるのも困ったものだ。
「でも2、3年前あたりから行かなくなったみたいだけどな。だから今回祭りを盛り上げようなんて意外だったよ」
「なんで行かなかくなったんでしょう?」
美由紀が尋ねると、オーナーは「フラれたんだろうよ」と言って、ガハハと豪快に笑った
美味しい食事を食べた後、美由紀は離れに戻るとごろりと床に寝転んだ。
「おい、すぐ寝るなよ」
「いいじゃん。疲れたんだもの」
「確かに疲れたな」
伸之も隣に寝転がった。
二人で古びた木の天井を見上げた。
「夜さ、こういう風に天井見てたらお化けの顔とか浮かばなかった?」
「あぁ。そんなこともあった気する。すごく怖かった気がするけど・・・でもだんだん怖くなくなったんだよな」
「お化けはこの世にいないってわかったから?」
伸之はゆっくり首を横に振った。
「子供の頃のお化けって、誰かの幽霊だとしても絶対知らない人だろ?でも大きくなっていって、時が経てば経つほど、周りの人を失うことが増える。俺はじいちゃんが死んだ時に思ったんだよ、このお化けも誰かの大事な人なのかもしれないって」
確かに幽霊がこの世にいたとして、それが自分の大切な人だったら怖くないのかもしれない。
「そういう考え方もあるね」
「あのさ・・」
「ん?」
「俺がもし幽霊になったとするだろ?」
「うん」
「お前の前に現れたとしたら、怖いか?」
「はぁ?怖いわけないじゃん。何かしたぶっ飛ばすもん」
「・・・じゃあ、幽霊でも現れたら嬉しいか?」
伸之の落ち着いた声が響いた。
その声がなんだかいつもと違って聞こえる。
「さっきから何バカなこと言ってんの?」
美由紀は起き上がると、伸之の方を見た。
伸之は、静かに目を閉じている。
「伸之、体の調子でも・・」
「お前が幽霊になったらメリハリのある体型にしてもらえよ」
「バカ!」
美由紀は伸之の足にひと蹴り入れると、自分の部屋に向かった。
もし伸之が幽霊になったら、私は幽霊でも会いたいと思うだろうか。
ふと窓に映る自分の顔が見えた。
不安そうな顔をした自分がそこに見えた。
なんだか昨日の夜は寝付けなくて、起きるのがしんどい。
美由紀は起きなければと思いながら、布団の中でまどろんでいた。
すると、ドンドン!と扉を叩く音がする。
時計を見ると、まだ寝ててもいい時間だ。
こんな時間にこちらのことを考えてノックするなんて一人しかない。
「伸之、朝から何よぉ?」
布団から出ずに返事をすると、ドアがバンと開いた。
「ちょ、ちょっと!」
「いいから、聞いてくれよ」
伸之の手元にはギターがある。
「まだ寝起きなんだけど」
化粧どころか歯磨きだってしてない。
「いいから!」
「こっちが良くないんだって」
そう言ってるのに、無理やり布団を引っぺがし、美由紀は布団の上に正座をさせられてしまった。
「じゃあ、行くぞ」
「はいはい、どうぞ」
美由紀は半ばやけっぱちで返事をすると、伸之は満足気な顔で歌い始めた。
歌詞は織姫と彦星がテーマになっていた。
年に一度だけ会える男女。でも歌詞の内容から女はこの世のものではない。
でも織姫と彦星のようにこの祭りの日だけ会える。
待ち続けづけ、寂しい日常を過ごす男は、1年中彼女のことを思い続ける。
切ないバラードだ。
“星輝く夜に別れたその瞬間から、君を思う幸せな日々が始まる”
「どうだ?」
「すごくいい」
「・・・ほんとか?お前すごい顔してんぞ」
「ね、寝起きだからよ!」
そう言って美由紀は怒って伸之を部屋を追い出した。
バタンと扉が閉まり、伸之が去っていく音がする。
美由紀はその場に座り込んだ。
想像してしまったのだ。
伸之がいなくなって、年に一度しか会えない自分を。
歌の中の男と自分がリンクして、切なくて苦しくなった。
会いたくて、会いたくて・・・でも会えない。
自分はここにいるのに、いつも隣にいた大切な人が今はいない。
それは幽霊より怖いことだ。
「・・・ったく、朝からなんて気持ちにさせるんだ」
美由紀は立ち上がると、気持ちを切り替えるために洗面台に向かった。




