テーマソング
あの日、喫茶店に町内会長さんの吉田さんがやってきた。
吉田さんは常連客の1人で週に2、3度来店する。
来店したらいつもカウンターでコーヒーを飲みながら、時々マスターと話して過ごしていた。
美由紀がいつものようにホールで働いていると、マスターが「ちょっと」と手招きしてきた。
「どうしました?」
美由紀が近寄ると、吉田さんが嬉しそうに声をかけてきた。
「美由紀ちゃん、伸之くんと音楽やってるんだって?」
「あ・・・はい。まぁ・・やってます」
近所で演奏しているので、町内会長の耳に入ってもおかしくはない。
何も隠すことではないけど、なんだか少し恥ずかしい気がした。
「実はうちの孫が君たちのファンなんだよ」
そう言って吉田さんの携帯に映されたのは、いつもライブに来ている伸之のファンの女子高生だった。
「亜由美っていうんだけど、すっかり美由紀ちゃんたちの音楽にハマってしまったみたいでねぇ」
まさかあの女子高生が吉田さんの孫とは思わなかったが、笑った顔を想像すると目元が似ている気がする。
そんなことを考えていると、目の前にチラシが差し出された。
「それで、美由紀ちゃんと伸之くんにお願いがあってね」
チラシには星夜祭と書かれている。
星夜祭はこの地域にある冬のお祭りだ。
少し離れた山の中腹にある神社で行われるのだが、田舎で空気も澄んでいるので星が綺麗に見えることから星夜祭と呼ばれている。
またどこからか死者に再会できるなんて噂がたって、県外からも来る人がいるくらい人気のイベントとなっている。
「この星夜祭でのテーマソングを作ってほしいんだよ」
「テーマソング?」
「最近若い人が都会へどんどん出ていって、この地域も人が少なくなってきたからね・・・町おこしをして盛り上げようと考えていてね。そう考えると星夜祭をやっぱり宣伝するしかないだろうと思って、色々考えていたら亜由美にテーマソングだって言われてねぇ」
吉田さんは孫の言うことには弱いようで、「わしにはわからんけど、亜由美がいうから」なんて言いながら携帯の写真を眺めている。
「テーマソングの制作ですか・・・すごく魅力的ですけど」
ちらりと伸之の方を見ると、こっちをスーッと睨みつけてきている。
「どうなんでしょうね・・・えっと・・・」
美由紀が返答に困っているのに吉田さんは気づいてもいないようで、ニコニコと話し続けてくる。
「テーマソング作成と当日ライブをしてもらおうと思っておって・・・ただ申し訳ないんじゃがお金は出せないんだ。祭りの出店の無料券なら何枚かは渡せると思うんじゃけど」
「やります」
気づくと伸之が隣に立って、力強く返事をしていた。
「ちなみにいつまでに完成しておかないといけないでしょうか」
「星夜祭は12月に行われるが、事前に曲も聞きたいし、準備や宣伝も考えると、まぁ2週間くらいかな」
「2、2週間!」
思わず美由紀は声を上げた。
2週間で新曲作成なんて出来るものだろうか。
前回だってかなり苦労して伸之は作っていた。もちろん、私がアレンジは手伝うにしてもかなり集中して作成して間に合うかどうかだ。
「やっぱり無理があるかの?」
「いえ、やります」
伸之の目は真剣そのもので、この雰囲気は絶対止められないやつだなと美由紀は悟った。
「短期間で仕上げるならかなり集中して追い込まないと」
「じゃあ、ここにアルバイトしてきたら?」
マスターが言ってきたのが、このペンション木漏れ日でのアルバイトだった。
朝から昼と泊り客の夕食の配膳さえすれば、あとは自由時間で製作時間はたっぷりとれるし、自然の中にあるから多少の音出しも問題ない。
ということで、1週間制作に集中するため、このペンションでアルバイトをすることになったのだ。
両親を説得するのにはかなり苦労したが、最後は半ば強引にここまで来てしまった。
帰った後の説教が怖いが、今は考えても仕方がない。
◇◆◇
「じゃあ早速やるか」
昼までの仕事を終えると、伸之に声をかけられて、ペンションの離れに向かった。
ペンションは母屋と離れがあり、母屋でお客さんなどが泊り、離れはアルバイトの寝泊まりする部屋になっている。
昔は離れにオーナーが住んでいたそうだが結婚して子供が出来た時に、別に家を買って今はそちらに住んでいる。
ペンションのオーナーも昔音楽をやっていたらしく、事情を話したら他にアルバイトがいないこともあり、離れで好きなようにやってくれて構わないと言ってくれた。
最高の環境なわけだが、美由紀はどこか居心地の悪さを感じていた。
8畳程度の広さに二人だけでいるのがなんだか気恥ずかしいのだ。
「早く、キーボード準備しろよ」
ぼんやりしていると伸之に急かされてキーボードを準備する。
伸之は全くこちらを気にしている様子もない。
「まぁまず曲の雰囲気から決めるか」
「星夜祭のテーマソングだから、落ち着いた雰囲気の曲かなぁ」
星夜祭は夜の祭りだ。
冬に行われることもあって、夏祭りのようなワクワク感やドキドキ感というより、切なさを感じさせるような雰囲気がある。
「高2の時に一緒に行ったよな」
伸之はそう言いながらギターをボロンと鳴らした。




