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一歩、一歩、前に

「・・・だよなぁ」

伸之のぶゆきは力なく上を向いた。


「伸之も怖いの?」

「当り前だろ?音楽で売れるかなんてわかんねぇしさ」

「伸之はいつも前向いてるじゃない」

「前向かないと失礼だろ、お前に」


「私?」


「だって、お前と別れてでも音楽の道を選んだんだ。絶対成功させなきゃいけないし、後ろ向きになんてなれねぇよ」


伸之は、美由紀みゆきの隣にしゃがみこんだ。


「美由紀はやりたいことないのか?」


伸之の優しい声。

いつもからかってくるくせにこんな時は優しくて、心が見透かされてる気がしてくる。


「わからない。なんか考えれば考えるほど、見えなくてさ」


「・・・それはきっと未来が明るすぎるからかもな」


「明るすぎるから?」


「昔ドラマのセリフで聞いたことがあるんだ。“今目の前が見えないのは、真っ暗だからじゃない。未来が明るすぎるからだ”って。強い光に照らされても前は見えないだろ?」


「・・・たしかに」

「だから、美由紀の未来は明るすぎて、きっとまだ見えないんじゃねぇの?」


美由紀はキーボードのケースを撫でた。

ほんのり濡れていて、美由紀の手を優しく濡らした。


「それにいつまでも暗くい続けることも出来ないんだからさ」


伸之は指をさす方を見ると、雨が止んで雲の切れ目から陽の光が差している。


「なんか一歩一歩前にっていうか・・・そういう歌にするか!」


伸之が急いでノートを取り出してメモをし始めた。


「ちょっと、歌の話?!」

美由紀のことを思ってのことだと思っていたのに、気持ちはすぐに歌の方へ向かってしまったようだ。


「当り前だろ?俺はシンガーソングライターなんだから、どんな時でも曲が一番だ」

「何よ、それ」


じとーっとした目で伸之を見たが、伸之は気づくこともなく、真剣な表情で手を動かしている。

こうなるときっとしばらくは動かない。


(いい顔してる・・・)


美由紀は晴れた空の下に出ると、持っていたインスタントカメラを取り出した。


カシャ―


「おい、なんだよ!」

「曲作りに集中してたんじゃないの?」

揶揄うように美由紀が言うと、伸之が「おい、そのカメラよこせ」と走ってきた。

二人でその場でトムとジェリーのように追いかけ合って、気づいたら美由紀は笑っていた。


これからどんな未来が待っているかは誰にもわからない。

何がしたいのかも見えてはいない。

でも、どうか、どうか今のこの楽しい時間が、一秒でも長く続きますようにと美由紀は心の中で祈らずにはいられなかった。



「これで・・どうかな?」

美由紀は1週間後にアレンジを完成させた。

キーボードでアレンジした曲を弾き終えたが、伸之は黙って目を閉じたままだ。

何も言われないと、不安でいっぱいになってくる。

伸之はパッと目を開くと、「いい!」と一言いうと「早速今日のライブで歌おうぜ」と嬉しそうにギターを持って立ち上がった。


「いやいや、まだ今聞いたばっかじゃん」

「いいから」


無理やりキーボードの前に立たせると、「俺らなら、あと1回合わせればいける」とニカっと子供のように笑う。

「ふっ」

気づいたら美由紀も笑っていた。

見えない未来も伸之とならなんとかなるのだろうか。

伸之とならきっと見えない未来も、楽しめる気がした。


「何ニヤニヤしてるんだ。早くやるぞ」

伸之に急かされて鍵盤に指を重ねた。


(今日もよろしくね)


呼吸に合わせて美由紀は指を動かし始めた。


1992年9月25日−


残暑厳しくまだまだ半袖が大活躍している。

近頃は地球温暖化という現象が起きているらしい。

地球の裏側で行われている地球サミットでそんな話があったとテレビで言っていた。

確かに9月でこの暑さは異常なのかもしれない。


「地球も私みたいにのぼせてるってことなのかな」


ヒリヒリする腕撫でつつ、美由紀はテトラポットに腰掛けて海を見ていた。

波が寄せては打ち返し、照りつける太陽に応えるように、キラキラと水面が輝いている。

カモメの鳴き声と波の音しか聞こえない。

なんて素敵な午後のひと時なんて思っていると、それをぶち壊すような低い声が聞こえた。


「おい、早く降りて来い!」


伸之が腰に手をあえて、仁王立ちしている。

エプロンをつけて、右手には箒を持っている。


「もうすこしいいじゃん」

「バカ、早く終わらせて曲作らなきゃいけないだろ」

「バカって…!」

「いいから!早く降りてこい!」


そう言うと、伸之はペンションに戻って行った。

美由紀はぐちぐち文句を言いながら、テトラポットから降りた。

「せっかくの旅行なのにさ」

「旅行じゃない、バイトだ」

「もう」

美由紀は名残惜しく思いつつ、伸之の後ろに続いた。


ペンション木漏れ日−


今美由紀と伸之はここでアルバイトをしている。

海辺の小さな民宿だ。

建物は綺麗とは言えないが、部屋から見える海は絶景だ。

料理も美味しいと評判で、毎年遠方から来るお客様もいる。

そのお客様の1人が、喫茶店のマスターだった。

どうして今ペンションでアルバイトをしているかというと、あれは1週間ほど前のことだ。


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