本気で音楽やってます
「疲れた…」
美由紀はため息をついて、数時間ぶりに椅子に座った。
今日は普段の土曜日に比べると、比較的客数は少なかった。それでも伸之がいないとかなり大変だった。
特にマスターはコーヒーと料理の両方をしなければならず、店を閉める時にはぐったりして一言も発さなくなっていた。
「お疲れさまでした」
店を出ると、シンと静まりかえっている。
ハンドバックの紐をぎゅっと握ると、駅に向かって歩き出した。
駅に近づくと、カップルや友人同士で楽しそうに歩いている人たちとすれ違う。
なんだか右側がもの寂しく感じる。
「大丈夫かな・・・」
思わず小さく独り言をつぶやいた。
伸之はプライドが高く、我慢強いタイプだから、体調不良で休むなんて相当体調が悪いに違いない。
ひとり家で熱にうなされているのかなと思うと、友人として心配になる。
こんな時心配して世話を焼いてくれる人はいるのだろうか。
気にはなるが、家がどこにあるかも知らないし、連絡先も知らない。
美由紀は何も出来ないことに歯がゆさを感じながら、家に帰るしかなかった。
翌日、美由紀はスーパーにいた。
ネギにたまごにご飯などおかゆで使えそうな食料をカゴに放り込んでいく。
なんだかずっと心配しているのも嫌になって、朝カフェに行ってマスターに伸之の住所を聞いてきたのだ。
(あくまでもアルバイト仲間であり、バンド仲間としてよ)
そう自分に言い聞かせて、会計を済ませて早速伸之の家に向かった。
まだ夏の日差しが厳しい。
重い荷物を運ぶと手に汗がにじんでくる。
伸之の家は、いかにも古いアパートという感じで、2階建ての小さめのアパートだった。
マスターが書いてくれたメモを見ると、2階の端の部屋の様だ。
ドアの前に立つと、木下と雑に書かれた名札が貼られている。
すぅ、と深呼吸をすると、ドアをノックした。
しばらくしてごそごそと音がして、ドアが開いた。
「はい・・・」
「おはよう」
「・・・は?なんで?」
ビックリした顔の伸之に「まぁまぁ」と言って、無理に部屋に入り込んだ。
部屋は狭いが、きちんと整えられている。
ギターや機材が置かれて、意外だったのは本が結構置かれていることだった。
「本読むんだね」
「まぁな。ってそんなことより、どうしてここがわかったんだよ」
「マスターに聞いたのよ。その顔だとまだ熱があるんでしょ?さっさと寝た寝た」
伸之は文句を言いたそうだが、しんどいのか抵抗するのをやめてベッドに転がった。
キッチンに立つと早速母直伝のおかゆを作った。
子供の頃からこのおかゆを食べればいつだって元気になれた思い出のおかゆだ。
「できた」
伸之に声をかけようと近づくと、ぐっすり寝ている。
(思ったより整った顔してるんだよね)
ベッドの横に跪いて顔を覗き込む。
長いまつ毛に鼻筋が通った鼻、そして少し口角があがった形の小さな唇―
その瞬間、パチっと伸之の目が開いた。
「わっ!」
思わず驚いて後ろに倒れ込んだ。
「・・・んだよ、驚いたのは俺だよ。人の顔じっくり見やがって」
「じっくりなんて見てないから!お、おかゆ出来たから、声かけただけよ」
慌てながらもキッチンに戻ると、おかゆを運んできて渡した。
伸之は「ありがとう」と受け取ると、スプーンで小さくすくって一口食べた。
料理はしたことあるが、人に出したのは初めてだ。
ドキドキして、早く感想が聞きたいのに、伸之は何も言わず食べ進めていく。
「美味しい?」
思わず尋ねると、「あぁ、美味い」といって、そのまま最後まで食べきった。
美由紀は空になった器を見て頬が緩んだ。
その後は洗濯物と洗い物を済ませると、伸之に声をかけた。
「じゃあ、洗い物も終わったし帰るね」
「あぁ。・・・まぁ今日は・・・な」
「え?何?」
「・・・ありがとう」
「別に。アルバイト兼バンド仲間だからね」
そう言って美由紀は言うと、足取り軽く伸之の家を出た。
外は明るく、澄んだ青空が広がっていた。
その後、伸之の風邪はすぐに治り、アルバイトにも復帰した。
マスターは本当に泣いて喜び、こんな大変なことをしてくれてるんだねと時給を10円上げると言っていた。
元の日常が戻ってきて、路上ライブの日になった。
先週は風邪で休んだので2週間ぶりだ。
ライブの準備をしていると、「美由紀ちゃん?」と声をかけられた。
顔を上げると、坂東先輩が立っていた。
「あ・・・先輩」
先輩の顔を見て、告白されたこと、その返事を保留にしていたことなどを思い出した。
「えっと、美由紀ちゃんが演奏するの?」
「はい・・・キーボードを弾きます」
「へぇ・・」
なんだか気まずい沈黙が流れる。
そんな中でも伸之は我関せずと言った感じで黙々とライブの準備を進め、坂東先輩に一瞥もくべない。
「あ、もしかしてカフェで働いてた人?」
「そうです、一緒にバンドもやってて」
「そうなんだ。学生時代くらいだもんね、こんなことやれるのも。良いと思うよ」
坂東先輩の言葉に胸がちくっと痛む。
「あぁ・・・そうですね」
美由紀はどう返事すべきかわからず、誤魔化すように微笑んだ。
「別に遊びじゃないんで」
伸之の声が響いた。
こちらを見ていないが、ハッキリと怒っているのが声だけでわかった。
「本気でやってるの?」
「そうですけど」
「音楽で食べていける人なんて一握りだし、ねぇ」
美由紀に同意を求めるようにこちらを見てくる。
美由紀はぐっと拳を握った。
「・・・私も本気でやってますけど」
「美由紀ちゃん?」
「私も本気で音楽やってます。バカにされるのは心外です」
はっきりと告げると、先輩は「ごめん」と一言だけ言ってその場を離れていった。
「良かったのかよ?」
「何が?」
「あの先輩といい感じだったんじゃないのか?」
「・・・そうよ、いい感じだったわよ。大手企業に就職が決まったお金持ちの息子で、超超超優良物件よ」
美由紀はキーボードを優しく撫でた。
「でも、バンドのことも、伸之のこともバカにされるのは我慢できなかったんだからしょうがないじゃない!」
伸之はフッと笑うと「バカだな」と一言言った。
「伸之のせいだからね」
美由紀は恥ずかしさを誤魔化すように、軽くキーボードを弾いた。




