初めてのファン
公園内に拍手が響き渡る。
伸之がギターを叩き、リズムを取る。
やがて、伸之のギターからメロディーが奏でられ、美由紀も合わせてキーボードでその音に合わせて奏でていく。
“楽しもうとすればいい”
美由紀の指は、これまで触れられなかった時間を取り戻すように、楽し気に動きだした。
この限られた時間に、美由紀も音に全てを委ねていく。
最後の1音が鳴り響いた。
曲が終わった瞬間に静かになったと思うと、大きな拍手が鳴り響いた。
見ている人たちも笑顔でこちらを見て、「いいじゃん」「最高」と口々に言ってくれて、心が温かくなっていく。
女子高生も睨みつけながらも、小さな音で拍手をしてくれた。
その後も問題なく演奏は終わり、初めてのストリートライブは成功した。
ライブを終えて、片付けていると、女子高生が仁王立ちでこちらを見ている。
「えっと・・・何か?」
「あなた、これからも伸くんと歌う気?」
女子高生はぐっと距離を縮めてくる。
「まぁ・・一応」
「一応って何よ!?」
女子高生の目が吊り上がり、ため息をついた。
「亜由美、演奏は良かったろ?」
「・・まぁ伸くんの引き立て役にはなってた」
「ならいいだろ?」
伸之にそう言われても、亜由美はふくれっ面だ。
伸之は「まぁまぁ」と宥めながら、片づけをしている。
仲は良いようで、ただの客の様には見えない。
「あの、二人はどういう関係?」
美由紀は思い切って聞くと、二人は同時に答えた。
「私はファンだけど」
「俺のファンだけど」
「俺が初めてライブやった時に足を止めてくれて、その日から毎週来てくれてるんだよ」
「そう、私が1番のファンなの。1年以上応援してるんだから」
亜由美は、マウントを取るようにこちらを見て笑っている。
「まぁ仲良くな」
伸之がそう言うと、亜由美は勝ち誇った顔をして、「また来週ね」と伸之にだけ挨拶をして帰って行った。
「何なのよ、あの子」
「俺を一番最初に応援してくれた子だから大事にしてくれ」
伸之を一番最初に応援した子―。
私もちゃんと高校生だったあの頃に、伸之の歌を聞いて、夢を応援出来たら一番最初のファンになれたのだろうか。
考えても仕方のない事なのに頭によぎる。
美由紀はそんな考えをかき消すように、話題を変えた。
「今日は20人も来てくれたね」
美由紀はキーボードを片付けながら、そう言うと伸之は不服そうな顔をしている。
「むかつくけど、お前のおかげだな」
「むかつかないでよ」
「まぁ成功ってことで」
伸之が買い物袋から缶ビールを取り出してきた。
「いつの間に?」
「さっき買ってきた」
同時に缶を開ける。プッシュっといういい音が響く。
「初ライブ成功に」
「かんぱーい」
ビールのおいしさなんてずっとわからなかったけど、この時初めてビールを美味しいと感じた。
そこから数回ライブを重ねて、二人での演奏は問題なく出来るようになっていた。
ただお客さんは20人程度しか来ない。少ない時は10人弱の時だってある。
今後も続けて行こうと思うのなら、まずはもっとお客を増やすことを考えていかなければならない。
「あのさ、やっぱり新曲出すしかないんじゃないかな?」
美由紀がバイト帰りに伸之に提案すると、伸之は少し渋い顔をしていつもの小さなノートを取り出した。
「俺もそうは思うんだけど・・・」
「いい曲が思いつかない?」
「思いつかないというか、最近時間があまりとれてなくてさ」
「毎日バイト入ってるもんね。バイト少し減らしたら?」
「それは無理」
きっぱりとそう言うと、「また考える」と言って駅まで美由紀を送ると帰って行った。
お金に困っているのだろうか。
1人暮らしをしているみたいだから、お金がないのかもしれない。
ご飯もカフェのまかないで何とかしているようだし、服も殆ど着回しで痛んでいるものも多い。
実は伸之の家庭のことはよく知らない。
母親についての話は出てきたことはあるが、父親については聞いたことがない。
兄については、一度話に出たことがあるが、結構歳が離れているらしく、実家をでて独立しているようだ。
昔家族について一度だけ聞いたことがあるが、その時ははぐらかされて終わってしまった。
何かできることはないかと頭を巡らせるが、プライドの高い伸之を考えると下手なサポートは出来ない。
どうしたものかな、とため息が出る。
まだまだ暑いのに、夜になると秋の虫たちが鳴き始めている。
(夏が終わらなければいいのにな)
美由紀は空を見上げると、星たちが綺麗に輝いていた。
◇◆◇
美由紀がアルバイトに向かうと、珍しくマスターしかいない。
「マスター、のぶ…木下さんは?」
「体調不良で今日は休みだよ」
美由紀はどんな様子だったか聞こうとしたが、マスターはもうそれどころじゃないといった感じでフライパンを振っている。
普段は伸之がやっていたので、マスターは久々の料理に手間取っているようだ。
今日に限って土曜日なのでお客は多い。
美由紀は焦るマスターを見ながら、伸之が華麗にフライパンを振っていた姿が思い浮かべた。
「つまんないな」
伸之がいないことに、思わず呟いてしまった。
(いやいや、待て待て)
伸之がいないだけで、どうしてこんな気持ちになるんだと自分で自分に反論するが、鏡に映る自分の顔は真っ赤だ。
美由紀は頬を軽く両手で叩くと、気持ちを切り替えてホールに出た。




